ソフトウェア開発はAIの進化によって大きな転換点を迎えている。米国では企業がエンジニア採用を大幅に絞り込んだ。開発者の情報交換の場として機能してきた情報技術系コミュニティサイトでは、アクセスや質問数が大幅に減少し、これは開発・プログラミングという行為が「人が担うべき仕事」から「AIが担う仕事」へと大きく移行したことを端的に示している。
日本企業もこの変化と無縁ではない。要件定義、設計、開発、テスト、移行という一連の業務設計・システム開発に、多くの企業が毎年多額の投資をしている。長年にわたり、これらの工程は人が担うことを前提に最適化されてきたが、AIの急速な進化はその前提を根底から問い直しつつある。
もちろん、AIが開発・プログラミング工程を代替可能だからといって、すべてを一夜にして変えることは現実的ではない。しかし、AIがもたらす変化の本質を正確に把握し、どの工程を、いつ、どのように変革できるかを戦略的に捉えて実行に移せる企業は、コスト構造と開発スピードの両面で決定的な違いを実現し、結果として競争優位性を手にできる。
AIはシステム開発をどう変えるか
ソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)とは、質の高いソフトウェアを効率よく構築・提供するための体系的なプロセスだ。要件定義から設計、開発、テスト、受け入れテスト(UAT)、移行まで、業務設計・システム開発にわたるバリューチェーンを指す。AIはこのSDLCを変革するが、一足飛びに全工程をAIに置き換えるものではなく、段階的な進展があると理解すべきである。5段階(図表1)のうち、現時点でも、開発・テスト工程をAI中心にシフトする「レベル2」がすでに実現可能な水準にある。AIが作業した後に人間のレビューが必要であり、要件定義・設計・受け入れテストは人間中心に行われる段階だが、一般的な企業でも、30〜50%の工数削減が実現可能だとBCGではみている。
さらに積極的に変革を推進した場合、今後半年から1年以内に「レベル5」の到達が技術的には実現可能となる。レベル5とは、設計からテストに至るモノづくり工程の大部分の作業をAIが遂行し、人間はAIに対する指示を与えることと、アウトプットを見極めることに集中するという形態である。この段階が実現すれば、外部委託費の30〜90%を削減し、開発リードタイムを50〜90%短縮する可能性があるとみている。
AIを最大限活用するために取るべき対応
AIを最大限に活用するためのアプローチは、工程別に異なる。打ち手を曖昧にしたまま部分的にAIを導入しても、期待される成果を得ることは難しい。
要件定義の工程では、過去の仕様書やノウハウをAIに学習させることにより、要件定義書のドラフト作成がすでに代替可能な水準に達している。さらに、AIが処理しやすい形式で要件定義書を作成することで、後続の設計・開発工程における自動化の精度を飛躍的に高めることができる。
設計・開発工程は、短期的にはこの工程をこれまで通り外部のSIer(システムインテグレーター)が担うことを前提に、契約形態・成果物定義・品質基準を含めてパートナーシップのあり方を見直す必要がある。そのうえで、中長期的には事業会社が内製化することが現実的な姿となる。
変革を実現するためには、3つの要件を同時に満たすことが不可欠だ。第一に、要件定義から移行に至る一連の工程のプロセスとアウトプット形式を、AI活用を前提として抜本的に再設計すること。第二に、業務とITの双方を俯瞰できる目利き人材と、AIの出力を継続的にモニタリング・監査できる人材を戦略的に確保すること。第三に、ユーザー企業と外部開発パートナーとの間で責任分担・役割・契約形態を再考し、新たな協働モデルを構築すること。これら3つは相互に連関しており、いずれか一つを欠いても変革の持続性は担保されない。
変革を実現した企業が得られる経営インパクト
AI主導のSDLC変革が実現した際の経営インパクトは、単年度のコスト削減にとどまるものではない。先行企業の動向から、新規のシステム投資を約70%削減、外部委託費を約75%削減という数字が既に射程圏に入りつつあると、BCGでは考えている(図表2)。システム開発コストの半減を明確なターゲットとして設定し、組織を挙げて取り組んでいる企業も現れ始めている。こうした変革の成果は、構造的な競争優位性として継続的に享受できる。
コスト削減によって生まれた経営資源をいかに再配分するかは、すでにCEOレベルの重要な経営課題となっている。成長領域への人材シフト、内製機能の戦略的強化、そして新規事業への積極投資。AIがもたらすコスト構造の変革は、経営の選択肢そのものを広げる。人材面では、熟練者がAIの「育成者・品質監査者」として価値を発揮し、若手はリスキリングを通じて新たな領域へとシフトしていくことが見込まれる。
この変革は、事業会社とSIerの双方にとってビジネスモデルの根幹を問い直す転換点でもある。事業会社にとっては、業務設計・システム開発を一気通貫で内製化することによって中核業務のコントローラビリティ(制御可能性)を高め、事業展開のスピードを飛躍的に向上できる。これまでリソース不足を理由に着手できなかった案件への投資が可能になる点も見逃せない。この変革を経営判断として正面から捉えるか否かが、数年後の競争の優劣を左右するといっても過言ではない。一方、SIerにとっては、ユーザー企業の内製化シフトに伴い、従来の「開発請負モデル」から脱却し、現場業務に深く入り込む、いわゆる「フォワード・デプロイド・エンジニア(FDE)型」のビジネスモデルに移行することも選択肢になる。伴走型の変革パートナーとしてポジションを確立することも検討すべき重要なテーマとなる。
事業会社が変革を実現するための3ステップ
変革を絵に描いた餅に終わらせないためには、明確なステップを踏んで実行に移すことが不可欠である。
ステップ1:目指す成果の定義
まず「何のためにAIを活用するのか」を経営レベルで明確に定義することが出発点となる。成果の方向性は主に3軸に分類できる。第一は「コストの適正化」であり、業務要件定義・受け入れテストの内製化、開発・テストの委託先におけるAI活用を通じ、コスト削減の余地を特定することである。第二は「システム開発のスループット(処理能力)改善」であり、本来着手すべきでありながらリソース不足から手を付けられていないシステム化案件を洗い出し、優先順位を付けることである。第三は「中核業務の内製化と機動性向上」であり、競争力の源泉となる業務・システムを外部依存することで失っている機動性を特定し、自社の管理下に取り戻すことである。
ステップ2:最初に手をつけるテーマの特定
変革の全体像を描きながらも、小さく始めることが肝要である。短期間で成果を出せるテーマを見極め、組織の変革への意識と実行能力を醸成することが先決だ。最初の成功体験が変革のエネルギーを生み出し、より大きな推進力となる。
ステップ3:中長期の変革ロードマップの策定
ツールの選定・導入にとどまらず、組織・人材・プロセス・アウトプット形式・外部パートナーとの契約形態に至るまで、一体的に変革するロードマップを描くことが求められる。テクノロジーは急速に変化するため、ロードマップは定期的な見直しを前提に策定するべきである。BCGはこうした構造変革を、戦略立案から実行・定着まで一気通貫で支援してきた。AI主導のSDLC変革においても、日本企業にとって信頼できるパートナーとして役割を果たしていきたいと考えている。
AIによるSDLC変革は、テクノロジーの課題ではなく、経営戦略の課題である。この変化を静観するのか、戦略的機会として先手を打つのか。その判断の差が、3〜5年後の競争力の差となって顕在化する。変革の第一歩は、自社の現状を直視し、目指すべき成果を経営レベルで合意することから始まる。