世界M&A市場は引き続き減速、金利上昇や地政学的緊張で ただし日本は増加
コロナ危機の収束直後、経済活動の回復とともに急伸した世界のM&A市場。しかし、景気後退への懸念が続くなか、2023年の取引量は昨年に続き減少していることが分かった。ただそのなかでも日本は、アジア太平洋の主要経済圏の中で2023年上半期に唯一、案件数と取引総額が増加した。世界と日本のM&A市場を、1990年1月~2023年8月に公表された88万件以上のデータに基づいて分析したBCGの「2023 M&A Report」から解説する。
コロナ危機後はM&A取引量が急増、2022年途中からは減速
コロナ危機後の2021 年から2022年初頭にかけて世界のM&A取引量は急増したが、2022年途中からM&A市場は減速している。さらに2023年も減速が続き、年初から8月までのM&A市場は、案件数は前年比14%減少、取引総額ベースでは前年比41%減の約1兆1,800億ドル(図表)。金利上昇や地政学的緊張、景気後退への懸念がその背景にある。
M&A市場の低迷は世界中すべての地域においてみられた。ただし地域により差があり、インド、台湾、イタリア、ルーマニアは回復を示した一方で、米国、カナダ、フランス、ドイツはより大きな打撃を受けた。2022年に最も活発にM&Aが行われた業界は、エネルギー、電力、および資源業界だった。
また、特に強固な財務基盤を持つ大胆な買収側企業のなかには、市場が活発だった2年前には買収が難しかった「掘り出し物」を求めて、市場が低迷した状況をうまく利用した企業もあった。ESGや、AIを含むデジタル化に関する主導権を握るためにM&Aを活用した企業も多かった。
2024年にはM&A市場は回復の兆し
2024年の見通しについては、資金調達コストの上昇や地政学的緊張、独占禁止法等の規制の変化など、M&A市場を取り巻く環境は引き続き厳しいものの、これらは2023年に底を打ち、回復する兆しを見せているとBCGは分析している。その要因は4つある。
①潤沢なドライパウダー(投資先未定の待機資金): 政府系ファンド、プライベート・エクイティ、ベンチャー・キャピタル、一部の大企業が保有する豊富な資金が、短期的にはM&Aの大きな支えとなるだろう。
②値付けに影響を与える要因(インフレ、資金調達コスト)の安定化: この1年間、売り手と買い手の間の事業価値あるいは企業価値評価をめぐる期待値の差が、取引成立の妨げとなってきた。しかし、インフレ水準、資金調達コスト、不確実性など、取引価額に影響を与える多くの要因は安定しつつある。売り手が今後数カ月の間にこの新たな状況を徐々に受け入れることで、売り手と買い手の期待値のギャップは縮小すると予想される。
③規制と政策の変化: 規制や政策の変化がM&A活動に影響を与えるケースが増えている。伝統的な独占禁止法は、特に大手テクノロジー企業にとって、大規模な買収を複雑にしている。買収側企業は、海外直接投資規制、国家安全保障への配慮、制裁に関するハードルも乗り越えなければならない。その一方で、独占禁止法の監視下で行われる取引は、こうした懸念に対応するために事業の分離に拍車をかけることも多い。
④サプライチェーンの強靭化: ニアショアリング(サプライチェーンを自国内に移す)、フレンドショアリング(友好国に移す)を含む地域化戦略など、サプライチェーンのレジリエンスを強化するための取り組みに、M&Aが資する可能性がある。
さらに、企業はESGとデジタル化の課題に向き合うためにM&Aを利用し続けると考えられる。成長分野での買収や、M&A・売却を通じた事業ポートフォリオの再編など、自社の変革を目的とした取引に集中する企業もあるだろう。
日本のM&A市場は堅調に推移、今後も成長すると予想
日本のM&A市場は、低調だった世界全体とは違った傾向を示した。アジア太平洋の主要経済圏の中で唯一、2023年上半期にM&A案件数と取引総額が増加した。テクノロジー業界とヘルスケア業界が日本のM&A市場をけん引した。低金利や株主からの圧力、経済成長の鈍化が、引き続きM&A市場を促進するとBCGは分析している。
レポートの共著者で、BCG東京オフィスでM&A分野を主導するマネージング・ディレクター&パートナー、横瀧 崇は「2022年の日本のM&A件数は過去最高を記録した。日本企業による海外企業の買収が前年比で大きく増加し、コロナ禍による減少から回復を見せている。グローバルは低調だった2023年においても、日本市場は堅調に推移している。成熟した市場を主戦場とする日本企業にとって、M&Aが有益な経営ツールとして定着してきたといえるだろう」とコメントしている。
日本経済の成長が鈍化するなか、さらなる海外ビジネスの拡大、新規事業の開発、中核事業のビジネスモデル転換等に加え、デジタル、サステナビリティと外部から組織能力を獲得することが必要な経営上の課題は多い。横瀧は、「M&Aを最大限活用することが求められる重要な課題が増える一方で、マルチプル(EV/EBITDA倍率。EV=企業価値がEBITDAの何倍になっているかを表す指標1)は年々上昇を続け、M&Aによるリターンを得ることは容易ではない。M&Aによって自社の企業価値を高めるには、これまでよりも大きなシナジーを早く生み出すことが必要な状況だ。また、成長原資を捻出するための事業売却も並行して行うことで、資本効率を高めた成長を実現できる」と解説している。
M&A成功に向けた10の必須要件
これからの日本企業の成長を考えたときに、M&Aの組織能力をいかに高めるかはカギとなる。BCGは、M&Aレポートが今年20周年を迎えたことを機に、M&Aの成功に向けた要件をまとめ、特別レポートを公開した。「タイミングを操れるようにする」「メガディールに誘惑されてはならない」「より多く支払う、ただしキャッシュで」など10の必須要件については、「M&Aを成功させる10の必須要件――BCG M&Aレポート発刊20周年に寄せて」をご参照いただきたい。
調査レポート: 「2023 M&A Report」
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- 企業の買収に必要な時価総額と、買収後の純負債の返済に必要な金額を、EBITDAの何年分で賄えるかを表す ↩︎