ウクライナ、イスラエル、日本のアーティストが語る文化資源の可能性――大阪・関西万博「テーマウィーク」講演レポート

2025年4月に大阪市の夢洲(ゆめしま)で開幕した日本国際博覧会(大阪・関西万博)。ボストン コンサルティング グループ(BCG)は、地球的規模の課題解決に向けて対話を行う「テーマウィーク」に全体協賛として参画している。テーマウィークでは「未来への文化共創」「未来のコミュニティとモビリティ」「食と暮らしの未来」など8つのテーマを設定し、テーマに関連の深い参加者が解決策について話し合うトークセッションが開催されている。
5月5日、第1弾となる「未来への文化共創」を議題とした3つのトークセッションが万博会場内のテーマウィークスタジオで行われた。そのなかから、早稲田大学特命教授で日本文学研究者のロバート・キャンベルさんがモデレーターを務めたプログラム「歴史文化の継承と発展」の様子をレポートする。
紛争、戦争、自然災害という社会の根底を揺るがす出来事が起きた国で活動する、世界的に注目される3人のアーティストがパネリストとして登壇。ウクライナの詩人 オスタップ・スリヴィンスキーさん、イスラエルのビデオアーティスト ルース・パティルさん、群馬県を拠点に活動する現代美術家・竹村 京さんが、それぞれの創作活動について紹介しながら、「文化資源によって過去と現在をいかにつなぎあわせ、未来へと継承するか」という共通の課題意識について語り合った。
語る力をコミュニティに取り戻す「言語的金継ぎ」
キャンベルさんはまず、スリヴィンスキーさんが2023年に上梓した証言集『戦争語彙集』(岩波書店刊)から一編のストーリーを紹介した。

その夜わたしは、戦争が始まって以来最も大きな爆発音を繰り返し耳にしながら、毛布やら枕やらをめいっぱい放り込んだ浴槽の中で眠りにつこうとしていました。
その昔、わたしは燃えるような恋をしました。初めてカルパティア山脈にある山小屋に二人で出かけていくと、秋はもう深まっています。浴槽と大して変わらないほど寝心地の悪い屋根裏部屋のベッドの上で二人一緒にうとうとしながら、わたしは耳を傾けていました。庭中の林檎の木から、果実が一個また一個、地面に落ちてきます。熟みきった大きな林檎が夜通し、測ったような感覚で、とすっ、とすっ、と落ちてきます。わたしは幸せでした。
そして現在、わたしは爆発の音を聞きながら眠りにつこうとして、林檎の音を聞いたのです。庭の林檎の実だけがわたしたち皆のもとに落ちてくればいいのに、と心から思います。
――「林檎」 アンナ/キーウ在住
スリヴィンスキーさんはロシアによるウクライナ侵攻が勃発した当時、避難者が殺到する西部の都市リヴィウで生活情報の提供役として支援にあたっていた。その体験のなかで人々が語った言葉にまつわるストーリーをウクライナ語のA~Zの順にまとめたのが『戦争語彙集』である。8カ国語に翻訳され、日本語版はキャンベルさんによって翻訳された。キャンベルさんは「人々の記憶の中にある生活の具体的な証拠――たとえば“リンゴ”という言葉が、戦禍においてどのように意味を変化させるのかを記録している作品」と紹介した。
「私がやっていることはいわば“言語的金継ぎ”だ」とスリヴィンスキーさんは表現する。「感覚すらも失うほどのストレスにさらされ、私たちは言葉を失いそうになっていた。情報支援テントで避難者を出迎えると、食べ物・飲み物・寝る場所以上に『語りたい』と、人々は物語から始めることを望んでいた。自分の役割は、聞き手として断片をまとめることだと感じた」
スリヴィンスキーさんは続けて「世界を語ること、理解すること、伝えようとすることをやめてしまえば、そのコミュニティは抵抗する力を失う。それはコミュニティにとっての危機であり、語ることこそが抵抗力になる。戦争によってバラバラになった現実を一つにしなければならない。『戦争語彙集』は、意味論的抵抗。私が著者なのではなく、語り手たちのストーリーが流れ込んで一つの河となった社会的プロジェクトだ」と語った。

虫の命と引き換えに、壊れたものに光を与える
現代美術家の竹村さんは、絹糸を使って壊れた器などの日用品を縫い直す立体作品を手掛けている。東京藝術大学在学中、1300年前につくられた日本最古の刺繍『天寿国繍帳(てんじゅこくしゅうちょう)』に出合ったことをきっかけに絹糸をつかった作品制作を始めた。卒業後はドイツ・ベルリンに住み、前の居住者によって壊されたアパートの一室を修復した経験などを通して「バラバラに壊れたものを絹糸でつなぎあわせる」というスタイルを構築していった。
キャンベルさんと共に能登半島地震の被災地を訪問した時のことを振り返り、「一つの器が落ちてしまったことに対しては責任をとれると思っていた。しかし街どころか半島全体が崩れてしまったところに、アーティストとして何ができるのか考えさせられた」と吐露した。

竹村さんは近年、オワンクラゲの蛍光タンパク質をカイコの遺伝子に組み込むことで生み出された「蛍光シルク」という素材と向き合っている。「蛍光シルクはブルーライトを当てることで光るのだが、時間が経つと光は失われていく、つまり“生きている”とも言える。絹糸が虫の命と引き換えに生み出されるものであることを忘れずに、壊れたものに光を与えていきたい」と語る。
古代と現代の女性をつなぎ、「性と生殖に関する権利」を問う
パティルさんはイスラエルを拠点に、ドキュメンタリーとCGを融合させた映像作品に取り組んでいる。2024年に開催された現代美術の国際的祭典「第60回ヴェネツィア・ビエンナーレ」でイスラエルの代表出展者に選ばれたが、「(ガザ地区を実効支配するハマスとの間で)停戦と人質の解放が合意されるまでパビリオンは開かない」という声明を発表し、会期を通して展示館を閉鎖した。キャンベルさんは「アーティストとしての使命感に則った行動に、大きく胸を打たれた」と回想した。パティルさんは「今はアートの時期ではない、状況が変われば再開するという意味だったが、責任者にはうまく伝わらなかった。いまだに戦争が続いているということが信じられない」と話す。

パティルさんが発表した作品「(M)otherland」は、イスラエルで出土した古代の女性の彫像に、モーションキャプチャ技術で自身の動きを投影したビデオドキュメンタリーだ。物語は、パティルさんががんリスクを高めるBRCA2遺伝子変異と診断され、卵子凍結を行った経験に着想を得ている。「イスラエルでは子供を産むということが他国以上に大きな意味を持ち、女性のアイデンティティに重くのしかかっている。卵子凍結が国家的に推奨されており、費用も安い」と言う。
古代の女性の置物をアバター(分身)とすることで、時代を超えた普遍的な女性の苦悩が表現されている。パティルさんは「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)が国家政策にどうつながっているのか、女性がたとえ母親にならなくても自分を認めることができるのか、問いかけたかった」と語る。
文化資源を未来へつなげる意義とは?