どう成長するか 必要なのは「事業開発力」――『経営の論点2024』から
2023年、経営者の方々との議論で最も多く話題に上ったのが「どう成長するか」というシンプルな問いだ。デジタルトランスフォーメーション、コスト削減など社内的な施策については、これまでの取り組みにより一定の成果は上がっているものの、結局企業としての長期の成長に向けた道筋をつけられていないという問題意識である。
しかし、現在の事業環境下では現状の延長線上に成長戦略を描くことが難しい。既存事業のビジネスモデル変革、あるいは周辺や飛び地への参入など、広い意味での「事業開発」が成長戦略の中核に位置付けられつつある。
ところが、日本の大企業における事業開発は一筋縄ではいかない。『BCGが読む経営の論点2024』(日本経済新聞出版)では、コーポレートファイナンス&ストラテジーグループの前グローバルリーダー、木村 亮示と同日本共同リーダーの横瀧 崇が、この課題を乗り越えるうえで重要な視点を提示している。その一端をご紹介しよう。
事業開発を阻む3つの「壁」
日本の大企業の事業開発はなぜうまくいかないのか。実際、多くの経営者から「いろいろと着手しているが、全社の成長への貢献は数字上ほとんどない」との相談をいただく。また、ネットのウェビナーなどに華々しく登壇している新規事業立ち上げの功労者の方々からも、「実態は外向きに話をしているほど明るいものではない」という裏話を聞く。
理由は各社各様だが、根底にはどの業界にも共通の事象があるというのが私たちの見立てだ。個々の企業は、自社の新規事業の経験や能力の不足に原因を求めることが多いが、実際には、事業開発の「壁」として立ちふさがる日本企業固有の歴史的、構造的課題に経営レベルで対応しなくてはこの状況は打破できない。具体的には、戦略、オペレーティングモデル、組織がその3つの壁だ(図表)。
「足し合わせ型」企業戦略
1つめは多くの日本企業にとって断ちがたい悪癖といえる、事業戦略の「足し合わせ」、つまりボトムアップアプローチでの企業戦略策定だ。もちろん、かつてはこのやり方が合理的だった。既存事業の深掘りや既存アセットを生かした成長機会の探索が戦略の中核だった時代には、事業をよく知る現場の主導で成長戦略を策定し、本社はそれをまとめれば問題はなかったためだ。経済全体が成長局面にあれば、事業部の中で資金を回すこともできる。資本配分という観点でも本社が果たす役割は限定的だった。
しかし、かつて稼ぎ頭だった既存事業の多くは競争環境の変化に直面し、「手なり」での成長を期待できなくなっている。多角化が成長戦略の中心になると、現場主導に依存せずに事業開発(既存事業のビジネスモデル変革と新規事業の創造の双方)を遂行しなければならなくなる。これはつまり全社の成長戦略を組み立てる方程式に、従来の新たな成長の種を「創る」ことに加え、既存事業の変革という「造り替える」、さらには、資金の捻出、マネジメントの複雑性を解消する観点で事業の売却および撤退という「手放す」も織り込む必要があるということだ。
なお、メインバンクによるバンクガバナンスの影響が弱まり、資本市場からの圧力が高まる中で、当然のことながら株主は企業にポートフォリオ全体の最適資本効率の追求を求めている。多角化が数字の足し上げと受け取られれば、資本市場の納得を得られないため、説得力のある戦略ストーリーが不可欠であることはいうまでもない。
既存事業に最適化されたオペレーティングモデル
仮に、戦略ストーリーとしての全社成長、特定領域での事業開発の絵が描けたとしても、その「実行のHow」が実装できないという課題がたちはだかる。新規の事業領域への進出は、新たな商品・サービスの開発とは異なりバリューチェーン全体の再設計を暗黙の前提としている。ところが既存の会社組織、特に大企業においては現在の事業を効率的に回すために長年かけて磨き上げてきたバリューチェーン、それを支えるオペレーション、人事・評価制度、ITインフラが存在する。社内の管理職の多くはそれらの現行の仕組みを改善した経験はあっても、仕組みの全体像を新たに作り直したことはない。また業務プロセスを安定的に回すためのさまざまな社内ルールが新規事業担当者の行く手を阻む見えない壁となる。さらには、経営層レベルでも既存事業しか経験してきていないことが多く、新規事業に対する理解が進まず、結果、案件が前に進まないという悩みもよく聞く。
本来であれば、大企業はその人材の厚み、アセットと資金力を武器に、事業開発においても圧倒的に有利な位置につけているはずなのに、新興企業との競争で有利に立てないことが多い。強みを強みとして生かせるアプローチが必要となっている。
流動性が低い労働市場に起因する同質化組織
もう一つの課題は、人材流動性の低さによる組織の同質化だ。同じ釜の飯を食ってきた、共通の企業文化、価値観、知識、そして共通言語を有するチームは、コミュニケーションコストが低く、ある局面においては非常に効率的に業務を遂行することができる。
ところが、事業開発に必要な着想は、異質なものの化学反応から生まれることが多い。また、新規事業を推進する上で、事業そのものについての顧客の評価は高いのに、社内の常識に無意識にとらわれた同僚を説得するのに多大な労力と時間がかかるというような話もよく聞く。さらには、既存事業の変革を期待して、三顧の礼をもって迎え入れた中途採用のエースが、既存組織に埋もれて鳴かず飛ばずのまま数年後に退職してしまったという例はどこの会社でも経験があるだろう。
しかし、事業開発における課題感を起点に全社の風土を変えられるかというと、ことはそう単純でもない。足元での稼ぎ頭は既存事業であり、従業員の過半はこれまで通りの業務を今後も当面継続していくことになるケースが多いからだ。
新たな成長に向けた事業開発 切り札はM&A
これら3つの「壁」を乗り越え、「多角化」を軸とした事業開発を全社としての成長に結びつけていく切り札としてまず考えられるのがM&Aの活用だ。「創る」「造り替える」「手放す」、それぞれの実行手段としてM&Aや事業売却を活用してうまく進めれば、オペレーティングモデルや同質化組織の壁を比較的短い時間軸で乗り越えられる可能性がある。さらに、足し合わせ型戦略から脱却するためには、それぞれの打ち手をバラバラではなく有機的・戦略的に組み合わせて推進することが重要になる。近年いくつかの好例も見られるものの、日本企業の多くは、こうした目的でM&Aを活用することを視野に入れているとはいいがたい。経営が、M&Aを活用した事業開発に本気で取り組まなければならない時代が来ている。
その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、時代の変化を読むうえでカギとなる4つの論点と、今後新たな事業機会を見つけ変革を促すために重要な4つの経営能力に着目する。第5章「事業開発力――新たな成長に向けM&Aをどう活用していくか」では、「創る」「造り替える」「手放す」、またそれらを有機的に組み合わせて事業開発を進めるにあたってどのような視点を持つべきか論じている(詳しくはこちら)。