「AIは良質なアニメを作り続けるカギ」KADOKAWAアニメプロデューサー×BCG X高柳(後編)

(左からKADOKAWAの田村 淳一郎氏、田中 翔氏、BCG Xの高柳 慎一)
アニメ制作におけるAIの活用が注目されている。最前線で活躍するプロフェッショナルはどう見ているのか。KADOKAWAのアニメ事業局を率いる田中 翔氏とグループ内スタジオの運営を統括する田村 淳一郎氏に、業界を取り巻く環境の変化や展望を、BCG XのAIエキスパート高柳 慎一が聞いた。(前編はこちら)
「日本のアニメはすごい」を伝播させるために
高柳 アニメの視聴プラットフォームはここ数年で一変しました。米国の大手動画配信サービスを通じて、瞬く間に世界的人気を博す作品もある。日本産アニメにとってはチャンスのように思えます。
田中 いろいろな考えがあると思うのですが、日本で活躍するクリエイターは必ずしも、世界的配信サービスでの再生数をモチベーションに働いているわけではありません。それよりもSNSでバズったり、多くのフォロワーを獲得したり、国内において日常的な話題になったりするほうが強い動機になります。結局のところ、そういった動きがマーチャンダイジング(販売活動)につながり、キャラクターのグッズが街中で売られ、そのグッズを身に着けた人や持っている人を見かけるようになる。それこそが人気の象徴であり、求められていることだと思います。
日本のアニメ産業は、実は巨大な輸出業。アニメは日本の放送コンテンツ輸出の8割以上を占めていて 、輸出額も年々増加しています。海外でのアニメ人気を背景に、グッズ販売やゲーム化など多角的な二次展開が可能という点でIP(知的財産権)ビジネスとして注目され、アニメを作りたい企業は国内外問わず増え続けています。

田中 翔
KADOKAWA
メディアミックス事業グループ担当執行役員
アニメ事業局 局長
新卒入社した企業で、洋画やアニメ製作を経験。2011年、メディアファクトリー(現KADOKAWA)に中途入社し、アニメのプロデュースに関わる。手掛けた作品は『Re:ゼロから始める異世界生活』『オーバーロード』『幼女戦記』『ノーゲーム・ノーライフ』『月刊少女野崎くん』『宇宙よりも遠い場所』など。
アニメは、国ごとに受け入れられるか否かの差がドラマや音楽より大きく、“ガラパゴス”と言ってもよい状況です。たとえば、韓国発の縦読みデジタル漫画「ウェブトゥーン」で伝説的な人気を誇り、世界的な大ヒットを記録し続けている『俺だけレベルアップな件』は日本のスタジオがアニメ化を手掛け、多くの国で見られていますが、日本よりも海外のファンのほうが熱狂的で、その数も桁違いです。
田村 そもそもそのアニメがヒットするかどうかは、いかに統計データを駆使しようが、AIで予測しようが分からない。海外受けを狙った作品を作っても全くの空振りに終わることもあります。
田村 淳一郎
KADOKAWA スタジオ事業局
スタジオ制作Division General Manager
漫画雑誌『ガンダムエース』などの編集者を経て、アニメ企画・制作部門に異動。アニメのプロデュースに携わり、現在はグループ内スタジオの運営をとりまとめる。手掛けた作品に『盾の勇者の成り上がり』『文豪ストレイドッグス』などがある。

田中 例えば、これまでの経験上、日本でしか流行らないだろうな、と思っていた作品が突然中国でバズったこともありました。巨額の制作費を投入する海外プラットフォーマーや、海外輸出を見越した商社系のメーカーが参入してきているなか、海外向けのアニメが量産され輸出が加速していくと、「海外ではヒットしたが、日本国内ではあまり話題にならない」といった乖離が、これからますます顕著になっていくかもしれません。
これは個人的な願望でもありますが、日本のアニメカルチャーの在り方として、作品がまず日本国内で話題になり、多くの人に見られた結果、評判が伝って海外でも人気を博していくという流れがやはり一番望ましいと考えています。日本人なら誰もが知っている『美少女戦士セーラームーン』や『ドラゴンボール』が世界中で愛されているように、それが「日本のアニメってすごい」の原動力になると思うからです。そのために、日本国内で多くの人に親しまれる作品を作り続けていかねばならないという使命感を多少なりとも持っています。
高騰する制作費
高柳 日本での人気を起点として作品が世界に広がっていく流れが一昔前はあったが、状況が変わってきている……。どういった背景があるのでしょうか?
田中 大きな理由は、制作コストの上昇ですね。国内市場の売上だけではとてもペイできなくなった。わかりやすい例をあげるなら、今までの3〜5倍くらいの制作費で発注する海外の動画配信プラットフォーマーなどが現れ、これに準じて制作費を上げないといい人材が集まらないといったとんでもない価格競争が起きているわけです。コストの上昇原因はそれだけはありませんが、どちらにしても海外での売上を含め、ビジネスとして“売れる”作品を作らなければ莫大な制作費を回収できないというジレンマがあります。
海外資本の場合、単発では高額な制作費を投じてくれるかもしれませんが、求められる方向性やクオリティといった面で必ずしも日本のスタジオと折り合いがつくとは限りません。一つ作っておしまいというわけにはいかないので、持続可能な形で良い作品を生み出し続けていくためにはどうしたらいいのか、悩みは尽きません。
持続可能性のカギとなるAI
高柳 一般的には、アニメーターは過酷な労働条件・環境にあると言われがちですよね。家にいる時間がほとんどなく職場に泊まり込んでいるイメージがあり、心配になります……。
高柳 慎一
ボストン コンサルティング グループ(BCG)
BCG X プリンシパル
北海道大学理学部卒業。同大学大学院理学研究科修了。総合研究大学院大学複合科学研究科統計科学専攻博士課程修了(統計科学)。リクルートコミュニケーションズ、LINEなどを経て現在に至る。デジタル専門組織BCG Xにおける、生成AIを含むAIと統計科学のエキスパート。

田中 これについては誤解されている部分も多いです。アニメ需要が高まっている昨今は、アニメーターは売り手市場でもある。腕さえあればどんな仕事だって選べますし、多額の報酬を得ることも可能です。SNSを使って自らをプロデュースし、個人で活躍する方もいれば、スタジオの正社員として朝出勤し、夕方には仕事を終えて帰宅する方もいたりと、働き方もさまざまです。
最近は、卓越した技術をもつ若手のアニメーターを中心としたコミュニティが作品単位で渡り歩くようなケースも増えてきています。そのため、主力のアニメーターが他へ移った途端にアニメスタジオの戦闘力が激減する、といった話も多いです。スタジオがアニメーターの腕前に依存する部分も大きいので、そのバランスを上手くとっていくことが今は求められているのかもしれません。
田村 100点、120点を出せる“超能力者”のようなアニメーターは確かに存在します。しかしアニメ制作は彼らだけでは成り立たない。
田中 手掛けるタイトルが全てスーパーアニメになれば良いですが、そんなことはありえないわけです。天才的な技術を持つアニメーターがいる一方で、技術的には80点くらいだけれどとにかく堅実に向き合ってくれる方や、事情により短時間しか働くことができない方などもいる。いろいろな人たちが集まるスタジオにおいて、質の高いアニメーションをいかに効率よく、持続的に生み出していけるのか。AIはその点を補完をしてくれるツールになっていくのではないかと思っています。
現在KADOKAWAグループにはアニメーションスタジオが7社あり、それぞれが協働し助け合いながら、持続的な環境を生み出すためにどんなことをしてく必要があるのか、日々検討を重ねています。AIの活用はその一つに含まれているので、今後も考え続けていきたいですね。
