プライシングの組織能力構築で戦略的値付けを実現する――『BCGが読む経営の論点2025』から
近年、原価高騰などを背景に多くの企業が値上げに踏み切る一方、値上げを一過性のイベントであるかのようにとらえ、戦略的な値付けに至っていない企業も多い。日本企業は長年、コスト競争力に主眼を置いて成長してきた傾向があり、組織的なプライシングの仕組みを整備している企業は少ない。売上・利益向上の重要な手段としてプライシング能力を鍛え続けてきたグローバル企業に比し、後れをとっている。
『BCGが読む経営の論点2025』(日本経済新聞出版)では、マーケティング・営業・プライシンググループの日本共同リーダー、阿川 大と同グループの紀平 啓子が、日本企業が構築すべきプライシングの組織能力について解説している。その一部を紹介する。
プライシングの成熟度が高い企業は収益性も高い
プライシングの組織能力とは、価格の意思決定をすることに加えて、適切でない値引きや販促をさせない仕組みと規律も構築し、全社的にそれを徹底し、実際に適切な価格と価値を実現して収益を確保する技と力を意味している。
BCGの世界各国での経験によれば、価格設定のやり方には4つのステージがある(図)。プライシング成熟度が高い段階にある企業は、収益性も高いことがわかっている。多くの日本企業のプライシング成熟度は初期段階にとどまっている。
各段階の特徴を見ていこう。
ステージ1 受動的プライシング
たとえるならば、個人経営の商店で、仕入れ価格が上がり立ち行かなくなってきたので、とりあえず少し値上げしてみようかというようなやり方だ。燃料費や原材料費の上昇を受けて原価に少し上乗せする、競合企業の値上げに追随して自社も同様に変更する、などもこの段階にあたる。
基本的に経験や勘、あるいは社長の大号令などで値段を決めている。単発イベントとして意思決定するので継続性や再現性に乏しく、価格設定の最適化や価格変更後のパフォーマンスの可視化は行われていない。
ステージ2 基礎的プライシング
この段階では、コスト管理や需要予測を行い、一定の理由づけをして価格を決定している。担当者がエクセルなどを用いて、価格変更の販売数量や利益への影響についての簡単なシミュレーションを行っていることが多い。
ただし、原価ベースや自社の利益水準の確保が主眼であり、顧客から見た価値を基に検討できているわけではない。また、プライシング特有の理論や本格的なシステムは導入しておらず、各社の予算策定などに用いているロジックやモデルを基に担当者が各々考え計算している。プライシングを検討するのも専門の部署ではなく、商品部門内の担当者や経営企画部の予算策定部門が対応していることが多い。
ステージ3 分析的プライシング
この段階では、プライシング用のツールで一定の規律をもって、科学的に価格を把握、分析し、設定できる状態になる。原価に起因した値付けではなく、顧客のWTP(Wilingness to Pay:支払意向額)、つまり顧客から見た価値を把握し、それに応じてプライシングを行う考え方に変化する。
たとえば、ある企業では毎年決まった新商品を出す時期に、プライシングを見直している。自社専用のプライシング・ツールを活用して新商品と既存商品のWTPを分析し、結果を見て既存品の価格も調整するサイクルを回していく。科学的プライシングを行うには、WTPをはじめ、自社商品や競合についてのいくつかの情報を企業独自で収集し、分析することが必要になる。さらに、分析結果から適切な価格を割り出すために考慮すべき要素を特定し、企業の戦略や方針と整合させる手法が確立できて初めて価格設定の再現性が生まれる。
このように、各企業独自の考え方に基づく価格設定の枠組みが構築され、プライシングが競争力の源泉になる形が整い始める。プライシングの担当部門や実質的な担当者が決まってくるのもこの段階である。
ステージ4 戦略的プライシング
この段階では、複数商品やカテゴリー横断で適切なツールを活用し、長期的視点で戦略性や一貫性をもってプライシングを実践できるようになる。
たとえば、コンビニやスーパーのような多くのカテゴリーの食品を扱う店舗の場合、科学的手法を用いて、おにぎりの中でこれは値上げし、これは値下げするというように、カテゴリー内で最適価格を考えるのが第3段階。第4段階では、カテゴリーや店舗を横断してその商品や店舗の役割・位置づけを考え、包括的な戦略に基づいて値決めを行う。店舗ごとに価格を変える、クーポンを出して天候や時間帯などにより実質的に複数の価格を使い分ける、など、より高度な形で一物多価を実現している例もある。
この段階の企業は、通常、全社横断でプライシングを管轄する専任者や戦略策定者を置いている。価格変更の頻度が高く、ダイナミック・プライシングも導入している航空会社や海外のホテルチェーンによく見られるレベニューマネジメント・チームはその一例である。
第4段階の中でも高度なプライシングを行うには、複雑な処理や効果の検証のために本格的なプライシングのシステムの実装が求められる。AIを活用した価格感応度や価格弾力性の分析、価格設定のパフォーマンスをほぼリアルタイムで監視し分析するためのツールであるデジタル・ダッシュボードなども有効となる。
本来、プライシングは企業が継続的に収益を上げ続けるために必要な組織能力のひとつだ。2024年までが多くの日本企業にとって「値上げ元年」だったとすれば、2025年は戦略性や継続性を持ったプライシングの組織能力構築を目指してギアを一段引き上げる年にしてほしい。
その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、日本企業が今後10年超にわたって持続的な成長を実現していくうえで経営者が優先的に考えるべき10の重要論点を提示する。第7章「プライシングを進化させる――世界標準の値付け力の獲得に向けて」では、プライシングの組織能力構築に加えて、価格戦略の高度化、公平性の考え方、戦略性と継続性を持った最適なプライシングについて解説している(詳しくはこちら)。