物流危機をテクノロジーで乗り越える――『BCGが読む経営の論点2025』から
物が当たり前には届かない時代が、すぐそこまで来ている。「2024年問題」然り、物流の問題は数年前から議論されてきた。危機感が高まる一方で、99%が中小企業で構成される日本の物流業界は、労働集約型の業務運営から脱却できていない。打開の鍵を握るのはテクノロジーと自動化。どうすれば進展するのだろうか。
『BCGが読む経営の論点2025』(日本経済新聞出版)では、BCGオペレーション・グループの日本共同リーダーを務める北川 寛樹と、BCGテクノロジー&デジタルアドバンテッジ・グループの日本リーダーを務める豊島 一清が、日本の物流業界がはらむ特殊性を明らかにしながら、現在の苦境を乗り越えて目指すべき新たなアプローチを提示している。
日本の物流業界が抱える特殊事情
物流事業者は世界各国にさまざま存在するが、なかでも日本の物流業界は極めて特殊であり、それが課題を複雑にしている。その事情とは次のようなものだ。
①顧客が求める品質も、現場が追求する品質も高い
日本の物流は、高度な顧客要求に対応することで鍛えられてきた。それはさながら、日本観光に来た外国人が驚くほどの正確さで動く電車のダイヤに匹敵する。当日受注、当日・翌日配送、そのための入荷、在庫管理、出荷管理は当然のこと、配送時の梱包品質まで高い。それが当たり前になっているので、少しでもそこから外れると品質が低いとみなされ、クレームに結び付く。
最近はto C(消費者向け)を中心に、制服を着用せず軽車両を使って配達するカジュアルな配送事業者も増えてはいるが、ドライバーを含む従事者の能力と使命感は基本的に高く、仕事も丁寧で細やかなためミスが少ない。互いに調整もしあっているので、担当が決まっていないタスクが放置されることもほとんどない。
つまり、最初から付加価値がついた状態でサービスが提供されている。そして、そのレベルは事業者の努力によって上がることはあっても、下げることは考えられてこなかった。
②荷主との関係
物流会社は荷主の都合、タイミングやリードタイム、ボリュームなどに合わせて荷物を運ぶことを要求される。これは海外でも同様だ。日本が異なるのは、「どこまでの精度で実行するか」という点である。
日本の物流会社は、荷主の指示をそのまま遂行することが仕事であると考えている。荷主は物流会社に対して、この曜日に配送できるか、できないか、などといちいち確認してこなかったし、物流会社も「その地域には何曜日に配達できない」「他の荷主と足並みをそろえてほしい」などとは言いづらい環境だった(最近は、徐々に交渉できる環境になりつつある)。
一方の荷主も、物流会社を自社の荷物に付加価値をつけるパートナーではなく、要望すればその通りに対応してくれる機能とみなしている。荷主企業は、商品設計、販売戦略、製造品質の担保などは戦略機能と位置づけるのに対し、保管する、運ぶという物流の機能については物流会社が顧客の要求に応えて当たり前と考えている。自社物流であっても外部委託であっても、物流としての戦略企画を持つこと自体が、EC(電子商取引)や家電量販のように物流を競争優位性の根本に置く企業以外、稀有である。
③物流業界の気質
物流企業も「物流でビジネスの価値を創出する」などのメッセージを掲げ、荷主企業からトランスフォーメーションパートナーとして見てもらいたいという意思は示しているものの、②の事情ゆえになかなかそのようには見てもらえていない。
実際には、物流会社は荷主にとってバリューチェーンのハブであり、そう認識する重要性も頭ではわかっているものの、実行に移せていないのが現状である。したがって、荷主の依頼には絶対に応える一方で、提供している価値に見合った値上げを要求することはほとんどなかった。
これには長く続いたデフレも影響しているとみられる。国土交通省は2020年、物流会社が荷主との運賃交渉をする際の参考指標として「標準的運賃」制度を創設した。2024年には、燃料費高騰分や高速道路料金なども適正に転嫁できるように運賃水準を引き上げ、荷待ちや荷役といった輸送以外のサービス対価の標準的水準、下請けに発注する際の手数料などの多様な運賃・料金を設定した新たな「標準的運賃」を告示しているが、荷主が物流会社に支払う費用が「昭和60(1985)年に決められたまま変わっていない」というケースもある(この通達を全物流企業が認識できていないことも問題なのであるが)。
④中小企業が多い
物流企業は日本に約6万5000社超あり、そのほとんどを中小企業が占め、特定地域の特定顧客向けのサービスを提供している。また、規模が小さければ小さいほど2次請け、3次請けの割合が高い。業界団体や国も物流各社の得意領域、保有アセット、稼働率、実質単価、後継者問題等々の実態を把握しきれていない。
これに対してはBCGも、実態を把握し具体的施策と投資余力を捻出するための対応策について関係各所と議論をしながら、課題解決にあたっている。現時点では旧態依然とした労働集約型に変化は見られず、汗を流す現場人材の頑張りでどうにかしのがざるを得ない状況であり、IT化やDX(デジタルトランスフォーメーション)にも手が回っていない。
「企画優先、事業単位、未来志向、データ思考」を求める荷主
これら4つの特徴を、荷主であるメーカーや小売などの事業会社と、物流会社の経営観点の違いとして整理し直すと、次のようになる。
a. 戦略企画優先か、現場での実行優先か
荷主である事業会社は、大きな戦略企画にもとづいて個別のビジネスを展開していく。一方、物流会社で最も優先されるのは荷主の荷物を受け取り、運び、届ける現場である。もちろん戦略企画も存在するが、顧客の要求を優先するためにどうしても現場側の意向が重視される。また、顧客側も物流会社に企画機能や戦略機能をあまり期待していないこともあり、機能が拡張される状況にない。
b. 事業単位化、支店・地域単位か
荷主である事業会社では、ビジネスをつかさどる事業部門もしくは機能部門が経営の優先事項を決定する発言力を有することが多い。一方、物流会社では顧客との接点を持つ地域支店に発言力がある。もちろん、荷主の物流業務全体、もしくは一部を請け負うフォワーダー(仲介業者)やコントラクトロジスティクスという事業単位も存在するが、支店の力が強い企業が多く見受けられる。そのため、事業・コーポレート観点での戦略構築や投資の検討が難しい。
c. 未来志向か、今日明日志向か
荷主である事業会社は中長期の計画にもとづいてビジネスや商品・サービスについて考える。一方の物流会社は、5年先や10年先のビジネスを考えることよりも、荷主から預かった目の前の荷物を運びきることを優先せざるを得ないという実態がある。
d. データ思考か、現物思考か
荷主である事業会社の多くはデータを軸としたオペレーション改革やデータにもとづいて判断を行う経営に取り組んでおり、その発想を物流会社にも求めがちだ。しかし、これまで述べたような理由から、物流会社は目の前の荷物をどうするかという短期的な視点で動いている。時間のかかるデータへの投資よりも、現物を運ぶ人間の勘と経験を優先してきたため、データをベースとしたオペレーションや経営への投資に遅れが出ていることは否めない。
物流の危機に直面し、多くの荷主はいま、物流企業に変革を求めている。しかし、そのプロセスを「企画優先で、事業単位で、未来志向で、データ思考で」というように事業会社の流儀で求めるのではなく、共同で構築していくというアプローチが重要だ。両者は事業の焦点も、企業としての性質も異なる。荷主が物流会社に対して持続可能な体制への移行を求めるのであれば、物流会社の背景を十分に理解する必要がある。
日本企業は2025年に何をすべきか
物流の2024年問題を経た2025年、日本企業は物流を経営アジェンダとしてとらえるべきだ。
そのために必要な取り組みとして、まずはコーポレート戦略を出発点とし、事業戦略を確認してから、物流オペレーションを見直すというステップを踏む必要がある(図表)。
もし、いきなり各事業部門で物流オペレーションを見直そうとすると、どの業務を自動化するか、それによってどの程度の効果が得られるか、予算はいくらかといった小さな視点でしか議論が進まない。しかし、たとえば化学品メーカーの場合、現在は石油由来製品が事業の大きな割合を占めていたとしても、近い将来、その比率は大きく減っていく可能性が高い。
そうであればコーポレート視点に立ち、今後はこの分野の物流に大規模な投資をすべきではないという判断もあるだろう。また、コーポレート戦略を念頭に置くことで、従来は事業ごとに確保してきた物流のアセットを共有できる可能性なども見いだせるはずだ。
その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、日本企業が今後10年超にわたって持続的な成長を実現していくうえで経営者が優先的に考えるべき10の重要論点を提示する。第6章「物流を変革する――テクノロジーで危機を乗り越える」では、テクノロジー導入で後れをとっている日本の物流業界の現状を踏まえ、海外の先進事例も紹介しながら、物流オペレーションを見直すために日本企業がとるべきステップや方法を解説している(詳しくはこちら)。