多様性から価値を生む「真のインクルージョン」 【対談】勅使川原 真衣×木村 亮示 (前編)

先が見えない環境下では、多様な能力や経験を持つ人々が協力して新しい価値を生み出すことがますます重要となる。そのことを認識する一方で、企業は同質的な人材を前提とした組織運営や、優秀なジェネラリストが課題を解決していく、という「スーパーマン幻想」から抜け切れていない。職場での新しい関係性をつくり、多様性を通じて価値を生み出すには何が必要か。BCGのアラムナイ(卒業生)であり組織開発の専門家として活動中の勅使川原 真衣氏と、BCGで人材チームのアジア太平洋地区 総責任者を務める木村 亮示が語る対談の前編

木村 昨年出版された勅使川原さんの1作目、『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)は、大きな話題を呼びました。個人の物語とアカデミックな議論という、つながらないものがつながっている面白さや、学術的な深みを常に背景に置く論調、生活者の目線がユニークで、興味深く読みました。どんな経緯で執筆したのですか?

勅使川原 組織開発のコンサルタントとして長く活動してきましたが、コロナ禍が始まった2020年の4月に、予定されていた仕事が全部キャンセルになって時間がぽっかりあいてしまった。そこで、「そういえば胸にしこりがあるな」と病院に行ったら、当時ステージⅢCの進行性乳がんと診断されたんです。

もう馬力を出して頑張ることができなくなってしまった、とか、医学は私という主体を尊重してくれていない、などと友人である人類学者の磯野真穂さんに泣きついて話したら、その話、本に書いたら面白いと思うと言ってくださった。

今の自分のつらさは、世の中に一元的な「正解」があると信じてもがいてきた私の中の「能力主義」が根っこにあるのかもしれない、と気づかせてもらい、執筆しました。能力主義に窒息しかけていた多くの人の支持を得て、以来、教育社会学と組織開発にからめて組織や個人の在り方について模索・発信をする人、という感じになって現在に至ります。


勅使川原 真衣(てしがわら・まい)

組織開発の専門家。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。2017年に組織開発を専門とする「おのみず株式会社」を設立。企業はじめ病院、学校などの組織開発を支援する。二児の母。2020年から乳がん闘病中。

はじめての著書、『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社 2023年)が大きな反響を呼ぶ。2024年、『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)、『職場で傷つく職場で傷つく~リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)を上梓。2024年12月には『「このくらいできないと困るのはきみだよ」?』(東洋館出版)、2025年1月に『格差の“格“ってなんですか? 無自覚な能力主義と特権性』(朝日新聞出版社)が刊行予定。論壇誌『Voice』(PHP研究所)などで連載中。


木村 今年6月に出された『働くということ』(集英社新書)は、人材チームの責任者という私の現在の役割を果たすうえで、自分の考えの背景にある言語化しきれていなかった問題意識を教育社会学というフレームワークで整理してもらったようなかたちで、私の中でスパンとはまりました。

勅使川原 うれしいです。ちなみに具体的にはどのあたりが木村さんの考えと重なりましたか?

スーパーマン型からアベンジャーズ型へ 組織モデルの大きな変化が起こっている

木村 いろいろありますが、第一には、組織の多様性が高まるなかで、どう他者と働くかというところです。BCGでは「多様性からの連帯」という言葉をずっと大切にしてきましたが、昔はある意味では同質的な組織でした。ところがいま、これまでのコンサルタントとは全く異なるバックグラウンドを有する、さまざまな分野の専門人材に仲間として来てもらって、真の意味で多様性の高い組織に移行しようとしています。

というのも、BCGでも案件の専門性と複雑性の高まりにともなって、ジェネラリストが何でもカバーするモデルから、役割分担をしつつ、ダイナミックなフォーメーションを築き、そして入れ替えていくようになってきたためです。一人のスーパーマンがすべての課題を解けるはず、というスーパーマン幻想は捨てる必要がある。さまざまなとがった人材がチームを組んで戦う、言ってみればスーパーヒーローが多数登場するハリウッド映画「アベンジャーズ」の時代になってきていると感じます。


木村 亮示(きむら・りょうじ)

ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナー。BCGアジア太平洋地区 人材チーム総責任者。国際協力銀行を経てBCGに入社。京都大学経済学部卒業。HEC経営大学院経営学修士。

共著に『BCG次の10年で勝つ経営』、『BCGが読む経営の論点 2024』(日本経済新聞出版)ほか。 2015年に刊行しロングセラーとなっている『BCGの特訓 成長し続ける人材を生む徒弟制』(BCGマネージング・ディレクター&シニア・パートナー木山 聡との共著、日本経済新聞出版)に増補改訂を加えた日経文庫『BCGの育つ力・育てる力』が2024年10月に刊行された。


勅使川原  私のお客さんからも、それこそスーパーマン・スーパーウーマンのような候補者を求めて200人も面接をして、それでも「いい人」が見つからなくて……という話も聞きます。BCGで起こっていることは、程度や範囲は違えど、どんな企業でも起こっていることなのではないでしょうか。「優秀」な人が「優秀」な組織をつくっているとは限らないことに多くの人が気づいている。多様なタレントの組み合わせが肝要だともわかっている。けれど、具体的にどう人と人や、人とタスクを組み合わせていいのか、てんでわからない、というのが現在地だと思うんです。

そんなとき私はよく、レゴブロックに例えます。レゴは、色や形の多様なパーツを組み合わせることで、変幻自在なオブジェクトをつくりあげられる。お城を作るのに、小さな1つのパーツに「すてきなお城になれ」と願っても仕方がないですよね。凸凹していて、大きさや形、色の異なるパーツを組み合わせて、壮大な何かを作る。お城で言えば、真っ赤なパーツよりは、グレーや白が必要かもしれない。パーツも角ばったものばかりではなく、装飾用に円筒形のものもほしい、といった具合です。大事なのはこの場合、赤とグレーに優劣がない点です。今作ろうとしているものに対して、必要かどうか(合目的的かどうか)なのです。

鍵は真のインクルージョン

木村 さまざまなタイプの人の力を借りないと達成できないゴールを追いかけているということですね。組み合わせなしで城が作れるブロックであることを追求するのが仮にある種の能力主義だとするならば、そういうブロックはもちろん大事だが、それだけではできるものの幅が広がらない。

左『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)
右 『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社)

でも、実際には多様な人材が共に働くことは痛みをともないます。全く違うバックグラウンドを持つ人たちの間では、会話すらかみ合わないこともあるし、効率性は下がる。ただ、痛みを乗り越えて作り上げたものはこれまでの常識を超えたものにもなりえます。多様性があるからこそより大きな価値を生める、そこに一人ひとりの成長の機会もある。

そこに到達するには、自分にない何かを持っている人の力を信じて、信念をもって進まなくてはなりません。それぞれの人がお互いを認め合って、相手に価値があることを前提に貢献しあうという、インクルージョン(包摂)を本当の意味で根付かせなければできないことです。

勅使川原 私たちは幼い頃から社会分配原理としての能力主義に疑問を持たずに生きてきました。能力主義とは早い話が、多様な事物に対して「良し悪し」を決め、序列づけ、それに則して分け合いを決める社会システムです。しかし、真に包摂を目指すのなら、多元的な人間に対して一元的なものさしをつきつけるのではなく、「これはいいけど、あれはダメ」という考えから、「これもいいし、あれもいいね」と、認め合うことが不可欠だと思っています。

木村 認め合う、というのはシンプルなことですが、職場という環境では、言うは易し、という部分もありますね。

勅使川原 そうなんです。しごく単純な話に聞こえるのですが、実は他者を認めると自身への承認が減ってしまうと思っている人にしばしば遭遇します。包摂は決してゼロサムゲームではありません。ダイバーシティ&インクルージョン、という言葉は経営上のキーワードにもなっていて、形式や指標を追い求めてしまうケースも見られます。しかし、本当の包摂への入口は「お互い認めあう」というシンプルなことなのだと思います。

*後編では、互いに認め合い、真のインクルージョンを実現するためにどのような行動が必要かについて対話します。

勅使川原氏と木村は、勅使川原氏のBCG在籍中、ともに採用に携わって協働していた。