日本の半導体産業基盤を再構築する――『BCGが読む経営の論点2025』から

かつて“半導体立国”として世界の先頭を走っていた日本。だが、グローバル競争のなかで勢いを失い、世界で戦える企業は減ってしまった。生成AIの普及やDX(デジタルトランスフォーメーション)の必要に伴い半導体の重要性が高まる中、日本は再び半導体の製造・供給体制を強化し、産業として発展させることができるのか。

BCGが読む経営の論点2025』(日本経済新聞出版)では、BCG産業材グループの日本共同リーダーを務める小柴 優一と、テクノロジー・メディア・通信グループで半導体に詳しい繁田 健が、日本の半導体産業のレジリエンスを強化するうえで企業が取り組むべきポイントについて解説している。その一部を紹介する。

半導体の重要性がさらに高まっている

日本国内で半導体関連の投資が活発化している。半導体が産業のコメといわれて久しいが、今後の自動車の電動化や自動運転、生成AIの普及でますます欠かせなくなる。一方、新型コロナウイルス禍で顕在化した世界的な半導体不足で、需要側企業も半導体はいつでも買えるものではないことがわかった。幸い日本は半導体関連の素材や装置メーカーなどに競争力があり、半導体のサプライチェーンやバリューチェーンを再構築することは可能なはずだ。

半導体は、先端産業を形成するうえでのコア部品だ。生成AIやITを活用して電力の需給をコントロールするスマートグリッド、量子コンピューティング、宇宙開発など、今後成長が期待される先端領域では膨大なデータとその処理が必須で、その中核を担う半導体の重要性が高まっている。

網目のように複雑なサプライチェーン

半導体のサプライチェーンは、素材、製造・検査装置、回路設計ツールなどの複数技術が組み合わさっており、上流から下流まで網目のように複雑に絡まっている。幅広い業界構造に加え、常に技術革新が求められる分野であるため、R&D(研究開発)への継続的な投資が不可欠となる。

人材面でも、多岐にわたる専門家同士の協業が求められる。専門的な技術者を含む質の高い労働力もサプライチェーンの重要な要素だ。このように一国では完結できない複雑なサプライチェーンであるため、半導体業界は早くからグローバルな水平分業が成立している(図表)。

半導体のサプライチェーンが世界の国地域に複雑にまたがることを示す世界地図の図表

「自律性」と「不可欠性」を確立する

これらを踏まえると、日本にとって半導体バリューチェーン全域にわたって自国だけで競争力を高めることは現実的ではなく、「自律性」と「不可欠性」の視点を持って戦略的に強化するポイントを見極めていく必要がある。

自律性とは、自国や同盟国内において、サプライチェーン上のリスクを極力小さくして、半導体が供給できない事態を招かない体制を構築することだ。最近の世界の動向を見ても、水平分業的なグローバルサプライチェーンから、北米、欧州、中国など各地域単位での地域主導に移行する動きが見られる。

不可欠性は、バリューチェーンにおいて日本が「他国にとって不可欠なもの」を提供し、自国のポジションを確固たるものにすることである。業界内で日本の地位が低下したとはいえ、半導体関連企業の世界売上高ランキングのトップ10には、半導体製造装置の東京エレクトロン、検査装置のアドバンテスト、洗浄装置のSCREEN、製造装置のKOKUSAI ELECTRICの4社が入っており、重要なポジションを占めるプレーヤーは依然、数多く存在する。

また、シリコンウェハーやフォトレジスト(感光性樹脂)をはじめとした上流の材料・素材メーカーや、前工程の製造装置、後工程で使われる機械加工の装置などでも存在感がある。さらに、フォトレジストの原材料となるモノマー(単量体)や光酸発生剤といった材料分野でも、高品質の原材料を提供しているニッチ(隙間)プレーヤーは多い。特に上流工程では、小粒ながら半導体製造に必要不可欠なプレーヤーが多く、サプライチェーンのいわば毛細血管の役割を担っている。

そうした上流のより源流に相当する領域まで含めると、重要な役割を果たすプレーヤーはさらに増え、日本は毛細血管にあたる領域で強いといえる。毛細血管が弱まると体全体が不調に陥り、脳に至っては脳梗塞を引き起こすように、半導体のサプライチェーンにおいて、こうした毛細血管まで含めた全体を見渡した産業の競争力強化が必要だ。

ゲームのルールが変わった

一方で、巨額な設備投資が必要とされる領域では存在感が薄い。製造装置でも露光装置やエッチング装置ではグローバルでの競争力が強くない。その理由に、半導体やそれを使う製品・サービス市場において、巨大な資本力とソフトウェア領域での統合が重要になってきていることが挙げられる。

つまり、半導体業界のゲームのルールが変わってきているといえる。日本は、下流のアプリケーション(最終製品やサービス)の視点から見ると、自動車・産業機器のプレゼンスはまだ高いもののAI、クラウドなどの成長産業での競争力は弱い。資本力やある種の独占的地位を持つソフトウェアが牽引する領域は、日本はグローバル競争から出遅れている。

顧客企業と半導体メーカーが協業を深化させる

昨今の生成AI向けの半導体市場の活況は、生成AIがさまざまな産業でアプリケーションの革新を促進し、労働生産性を飛躍的に高めるという期待に基づいている。生成AIが中長期的に伸長していくことによる果実を得るには、高付加価値のデジタルサービスの市場創造に積極的に関わることが重要であり、それをすべて海外プレーヤーに委ねていては、日本はいつまでたっても半導体を含む先端産業で主導的な地位の一角を占めることはできない。そうした流れをある程度反転させることも含めて、半導体産業の活性化を考えていく必要がある。

これからは日本が強みを持つロボティクスや宇宙産業などにおいてもAI活用が前提となり、高性能の半導体が必要になる。半導体の性能が最終製品の性能を決める重要な要因になるなかで、半導体を使う顧客企業と半導体メーカーが、設計開発工程において連携していくことが重要だ。

最終製品・サービスを提供する企業と半導体メーカーが協業することによって、より高効率で高性能の半導体を設計して製品に搭載できれば、ロボティクスや宇宙産業の競争力を高められるだろう。このような取り組みが進めば、日本の産業全体の競争力が高まるとともに、半導体産業自体も国際的な競争力を強化し、グローバル市場での優位性を確立する道が開ける。

その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、日本企業が今後10年超にわたって持続的な成長を実現していくうえで経営者が優先的に考えるべき10の重要論点を提示する。第3章「半導体――国内の産業基盤を再構築する」では、半導体関連企業が競争力を高めるために、今後どのような戦略を立てるべきかを具体的に論じている(詳しくはこちら)。