EV化だけでない100年に一度の自動車産業の大変化――『BCGが読む経営の論点2025』から
EV(電気自動車)について、市場の減速・停滞がさまざまなメディアで報じられている。ただ、これは一時的なもので、EV普及に向けた大きな流れは変わらないだろう。一方で、EV化以外にも、自動車業界の将来を考えるうえで重要な変化やトレンドが、ここ数年でより明確に見えてきた。
『BCGが読む経営の論点2025』(日本経済新聞出版)では、BCG自動車グループの日本リーダーを務める滝澤 琢と、同グループの込山 努が、100年に1度の自動車産業の大変化の中で、日本企業に必要な中長期の戦略について解説している。その一部を紹介する。
EV化の減速は一時的なもの
ここ数年の自動車産業の大きなトレンドといえばEVへのシフトだが、足元では2024年に入ってからEVシフトの減速・停滞が顕在化している。
こうした減速・停滞の要因はいくつか挙げられる。たとえば、車両価格がそれほど下がらない一方、補助金の終了で価格面のメリットがなくなり、市場の購買意欲が低下したこと。また、充電インフラの整備が進まないことに対する懸念、充電時間や航続距離など性能自体に劇的な伸長が見られないことへの不満もあるだろう。
これは、日系完成車メーカー(OEM)にとっては比較的好ましい状況といえるだろう。事実、EV普及の減速によって、ハイブリッド車の需要が米国を中心に伸びている。EVへの対応が遅れていた日系OEMにとっては好都合だ。さらに歴史的な円安も相まって足元の財務状況はよい方向にある。
しかし、日系OEMにとって、数年の猶予はできたものの、本質的な課題は変わっていないととらえるべきだ。BCGの予測では、2030年の世界新車販売に占めるEVの比率は39%、2035年は63%となる。減速は一時的なもので、EV普及は着実に進行する。当初の予測よりは3~5年程度遅れることにはなるだろうが、長期的に見ればEV普及の大きな流れは変わらないだろう。
理由はいくつかある。まず、EVの車体価格は下がるだろうということ。EVがガソリン車などに比べて高いのは、主にバッテリーの価格が高いからだが、今後、生産量が増え、技術開発が進むことで次第に下がることが予想される。また、バッテリーの中古価値を高めるビジネスモデルの構築も期待できる。EVに使用される高性能バッテリーは、中古になっても再生可能エネルギー(再エネ)で発電した電気を蓄える調整電源用など幅広い活用が想定される。こうしたビジネスモデルが構築されれば、EVの普及は加速すると考えられる。
さらに、各国・地域の政府による普及支援も期待できる。新たな補助金の拡充や、ガソリン車など内燃エンジン車の廃止に向けた何らかのペナルティなど、行政が脱炭素に向けた取り組みを強化する限り、EV普及には追い風になる。
数年後に再びEV普及が加速したときに、市場で十分な競争力を持つことができるのか。中国系を含めた新興OEMに対して、製品・価格で勝つことができるのか。これは日系OEMに限らず、自動車部品のサプライヤーにとっても、依然として危機感を持って臨むべき課題である。
100年に一度の変化はEV以外にも起きている
このようにEVシフトが大きなトレンドであり課題であることに変わりはないが、実はそれと同様に自動車業界の将来に大きな影響を与える重要なトレンドがある。これを理解せずして、自動車業界のプレーヤーが中長期的に勝ち残ることはできない。
●世界の新車市場はピークアウトへ
自動車業界はこれまで100年の歴史のなかで、多少のアップダウンはあったものの基本的には右肩上がりで成長を続けてきた(図表)。しかし、BCGの予測では、いよいよピークアウトに向かうタイミングが来ている。これまで市場を牽引してきた先進国や中国の成長が停滞することが予想され、新興国市場の拡大が自動車市場全体の成長を担うことになるが、過去の先進国や中国のような急拡大は望めない。世界の新車販売台数は現在約1億台だが、早ければ2030年代後半あたりから成長が止まり、横ばい、あるいは下落に転じる可能性があるだろう。
自動車業界はこれまで、市場の成長を前提としてきたため、基本的には「伸びる市場に投資する」ことが戦略として重要だった。しかし、これからはそう単純にはいかない。EVは自動車業界における100年に一度の変化といわれるが、実は市場も100年に一度の変化を迎えているのである。市場全体のピークアウトは、いままでに経験したことがない重大な転換点となる可能性がある。
●OEMの勢力図が塗り変わる
この20年あまり、OEMの勢力図が大きく変わることはなかった。韓国OEMの台頭のほか、M&A(合併・買収)や資本・業務提携を軸とした合従連衡の進行など、多少の変化はあったものの、まったく新しいプレーヤーが参入してプレゼンスを確立するということはほとんど起きなかった。
しかし、いまEVを契機にテスラや中国のBYDなど新興OEMが台頭してきている。特に中国系OEMについては、生産台数が中国国内の販売台数を上回っており、市場の飽和を示している。そのため、BYDは輸出を強化するだけでなく、タイ、トルコ、インド、ブラジルなど海外での工場建設も進めている。
グローバルの競争環境はすでに変化しはじめている。特に東南アジアは、長らく日系OEMの“裏庭”であったが、中国系OEMが攻勢を強め、その中心であるタイにおいて、BYDが新車販売市場シェアを4.5%まで伸ばしている。日本のOEMにとっては、競争相手がこれまでの日欧米の伝統的OEMから新興OEMへとシフトすることを意味し、まったく異なる戦い方を強いられることになるだろう。
●自動運転が進展する
自動運転(および運転支援システム)は着実に開発・実装が進んでいる。すでに条件付き自動運転については市場投入が始まっており、今後の台数増加に伴いコストが下がることで、より普及が加速していくだろう。特定条件下における完全自動運転は、技術的にはまだ実証実験の段階で、本格的な普及には時間がかかるとみられる。しかし、米国ではすでに自動運転タクシー(ロボタクシー)の実証実験が開始されており、テスラも自動運転タクシー車両を発表するなど、自動運転技術は着実に進化している。
シナリオプランニングと「問い」が戦略策定に不可欠
このように、市場の大転換をはじめ考慮すべきトレンドは複数ある。企業が事業戦略を構築する際、多数あるトレンドを分析しながら自社が「勝つ」戦略を考えるには、シナリオプランニングが有効な手法だ。
自動車業界において、たとえば2030年に向けた中期戦略を検討するのであれば、2035~2040年の長期目線での環境変化を想定し、さかのぼって戦略を構築するアプローチが有効と考える。多くの企業が2030年前後を見据えた中期戦略を策定しているが、現在から2030年を予測すると、往々にして現状の延長線上で考えてしまいかねない。
ただ、シナリオから自動的に戦略が導き出されるわけではない。重要なのは、自社の目指す姿や中長期的な戦略を考えるうえで、何に対して答えを出さなければいけないのか、という「問い」を適切に設定することだ。
自動車業界に関わる日本企業にとって、この先の事業環境の変化は大きなものになるだろう。中長期の戦略検討において、これまでの視点・考え方の延長線上ではもはや通用しないと認識すべきだ。2025年は、自社にとっての「問い」を適切に設定したうえで、戦略の検討と実行を進めることが求められる。
その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、日本企業が今後10年超にわたって持続的な成長を実現していくうえで経営者が優先的に考えるべき10の重要論点を提示する。第2章「自動車――EV以外にも考慮すべき100年に一度の大変化」では、2040年における自動車業界について、経営者が現段階で想定しておくべき3つのシナリオを提示し、戦略を策定するうえで考えるべきことについて論じている(詳しくはこちら)。