代替タンパク質産業が電気自動車(EV)業界から学ぶ3つのヒント
植物由来タンパク質や細胞培養肉などの代替タンパク質産業は、地球温暖化対策や食糧安全保障において重要な役割を果たすが、消費者の支持や資金調達において課題に直面している。この状況は、かつてEV産業が直面したものと類似しており、両者はともに既存の市場での強力な競争相手に挑戦しつつ、持続可能な生産を目指している点で共通する。このレポートでは、EV産業が成功を収めた経験から、代替タンパク質の普及を加速させるための3つの重要なポイントを示す。
代替タンパク質産業への民間投資はEVのおよそ8分の1
EV産業と代替タンパク質産業の類似性は際立っている。どちらも、消費者の価値観やライフスタイルに強く結びついた製品を扱っている既存企業に対し、新たな技術で挑戦するものだ。加えて、どちらも世界の温室効果ガス排出量の削減に大きく貢献する可能性を秘めている(旅客自動車輸送は10%、畜産は15~20%)。そのため、EVと代替タンパク質は、気候変動を緩和するための最も有意義な解決策の2つとして位置づけられているが、どちらも消費者の信頼を得るための課題が多い。EVは、バッテリーの発火、航続距離の短さへの懸念、充電インフラの不足、原材料の採掘と加工が招く環境負荷や倫理的問題などで批判されてきた。代替タンパク質も、植物由来の代替タンパク質の製造における過度な加工が批判を集めている。
しかしながら、投資額の面では大きな差がある。国際エネルギー機関(IEA)によると、2022年に世界各国政府が消費者に提供したEVの購入補助金は約400億ドルに上る。これは、同年に代替タンパク質産業が受けた政府支援の総額6億3,500万ドルを大幅に上回るものだ。2017年から2023年にかけて、代替タンパク質企業が民間資金から調達した額はEV産業の8分の1にとどまった(図表1)。
EVに対する長年の公的支援が過去7年間の民間投資を大きく刺激したことで、世界の新車販売台数におけるEVの割合は2012年の0.2%未満から2023年には18%まで成長した。代替タンパク質産業も同じように成長するためには、各国政府が支援を強化する必要がある。政府と代替タンパク質企業は、EV産業が飛躍的に成長した教訓から学ぶことができる。
EV企業から学べる3つの教訓
教訓① 動物性タンパク質と同等の品質を目指す
ガソリン車に対抗するため、EVメーカーは官民の投資を受け、品質とコストの革新に取り組んできた。
- 消費者のニーズに応える:最も成功しているEVメーカーは、価格、航続距離、モデル選択においてガソリン車に対する競争力を持たせることで、消費者に選択肢を与え、製品の品質に対する信頼を築いてきた。代替タンパク質も「味、食感、価格、利便性」において動物性タンパク質に匹敵するようにならない限り、消費者への普及が軌道に乗ることはないだろう
- 従来のタンパク質を凌駕する製品の開発:成功したEVメーカーは、従来の自動車にはあまり見られない革新的な機能(自動運転技術・高度なソフトウェア・優れた加速性能など)を備えた優れた自動車を提供することに注力してきた。同様に、代替タンパク質企業も革新的な技術で既存の食品会社を超えることが求められる。将来的には、消費者の個別のニーズに応じた製品の開発が期待される
教訓② 公的支援を強化する
斬新なテクノロジーの成長には公的部門の支援が欠かせない。EV産業も同様で、政府の補助金や優遇措置の恩恵を受けて、研究開発や全国的な充電ステーション網の拡大などのコストを賄ってきた。
米国のインフレ抑制法(IRA)やインフラ投資・雇用法、中国の新エネルギー車に対するダブルクレジット規制などの政策がEVの普及を加速させた。これらはいずれも、共通する4段階のフレームワークに則って進展している(図表2)。
- 野心的な目標設定:EUでは、新車の平均CO2排出量を2030年までに1990年比で55%削減し、2035年時点で排出量をゼロにすることが求められている。代替タンパク質産業でも、食糧システムにおけるCO2排出量削減について野心的な目標を設定する必要がある
- 供給の活性化:中国がEVを生産するきっかけとなったのは、EV割当量を達成した自動車メーカーに金銭的報酬を与えるダブルクレジット規制であった。各国政府は、代替タンパク質企業に対して、国内市場の開拓や培養・発酵食品のインフラを支援するための資金も提供しているが、あらゆるタイプの代替タンパク質の研究開発や生産規模を拡大するには、さらに多くの資金が必要である
- 需要の喚起:中国では新型コロナウイルスが流行している際に、EV購入者に対し国や地方レベルで手厚い優遇政策を行った。例えば、購入者への補助金の交付や、大都市で渋滞対策のために実施していたナンバープレート発給規制の緩和などだ。多くの代替タンパク質企業はまだ市場参入への道を模索している状況だが、産業が成長し市場認可の申請が増えるにつれ、政府は代替製品の評価基準を整えなければならない。代替タンパク質の研究の大半は、味、価格、食感の改善に焦点が当てられている。健康への配慮や種類の豊富さといった、消費者が食品を選択する上でプラスになるような要素を含め、さらなる研究が必要である
- 規模拡大に向けた課題解決:新興産業にとって主要課題のひとつは、製品の普及を支援するために必要となる公共インフラを整備することである。2023年初頭、米国の政策立案者は、EV充電ステーションを増やすために最大75億ドルの公的資金を提供し、EV産業を後押しした。中国政府はEVメーカーに必要なスキルを持つ労働者が不足している問題を解消するために、職業教育システムを整備して支援した。代替タンパク質産業も、新興企業がより多くの研究所を建設し、実証規模の生産能力を持てるように支援する必要がある。EUは、ベルギーにある「Bio Base Europe」という試験的な製造施設に資金を提供することで、その一歩を踏み出した。このような積極的な対策は、代替タンパク質の普及において国際的な競争力となる
シンガポールは、特に研究開発やインフラ整備において代替タンパク質産業への公的支援を強化している。同国の代替タンパク質に関する政策は、前述した4段階のフレームワークにあてはめることができる。
- 野心的な目標設定:代替タンパク質は、シンガポールが掲げる「30 by 30」目標(2030年までに国内で少なくとも30%の栄養需要を満たす)を達成し、食糧供給体制をより強固にするための一助となる可能性がある
- 供給の活性化:シンガポールは国内で生産される植物由来タンパク質の栄養価、味、食感を改善するためのプロジェクトを含め、代替タンパク質の研究開発に1億7000万ドルをあてている
- 需要の喚起:シンガポール食品庁(SFA)は培養肉や微生物由来の肉に関する規制の枠組みを先駆けて整備した
- 規模拡大に向けた課題解決:シンガポールはスタートアップ企業が共同で使える研究施設や生産工場を建設するための資金を提供し、国内の生産力を高めている
教訓③ 投資を促進する
EVメーカーが成功するために、製造設備、ソフトウェア開発、新興のバッテリー技術に多額の投資を必要としたように、代替タンパク質メーカーも、細胞培養や精密発酵を含む新しい食品技術の研究を続けるための資金が必要だ。
- バリューチェーン全体への投資:持続可能なサプライチェーンを構築するには、企業はバリューチェーンの端から端まで投資する必要がある。初期研究、インフラ支援から原料の調達、消費者販売に至るまでのあらゆる活動を支援することで、製品のコスト削減にもつながり代替タンパク質をより多くの人々が利用できるようになる(図表3)
- 研究開発を飛躍させる資金提供:リスクの高い初期段階の研究を行うために、公的資金と民間資金の両方を確保することが重要である。中国政府は2009年から2022年までに控除や減税に290億ドルを投入したことで、黎明期のEV産業を発展させることができた。官民一体となった資金調達は、代替タンパク質市場の信頼を築くことにも役立つだろう
持続可能な食料システムを目指すために
気候変動の脅威は高まりつつあり、農業部門のCO2排出量を削減し環境への影響を抑えることはこれまで以上に重要性を増している。世界の人口が増加するにつれて食肉消費量が増えるなか、代替タンパク質産業が堅調に推移すれば、各国の食糧安全保障も強化される可能性がある。
BCGのマネージング・ディレクター & パートナーであり、本レポートの共著者であるエルフルン・フォン・ケラー氏は、「代替タンパク質の普及拡大を実現することは、排出量削減と気候変動対策を推進する上で見逃すことのできないチャンスだ。業界だけでなく、政府や規制当局も、成功したEV産業から多くの教訓を得られる。民間企業、政府、投資家が協力することで、より持続可能でより安全な食料システムの基盤を築くことができるだろう」と述べている。
■ 調査レポート
「What the Alternative Protein Industry Can Learn from EV Companies」
※本レポートは、BCGがThe Good Food Institute、Synthesis Capitalと共同で執筆したレポートです。