日本企業のチェンジマネジメントの“肝”

「人は変化を好まない」。よく言われることだが、その意味を痛感するのは自分自身が変革のリーダーになったときではないだろうか。

AIを導入して生産性を上げたい、営業スタイルを変えて新たな顧客を獲得したい、M&Aで一緒になった企業とシナジーを出していきたい…。どれも、変革の目的は明確。強い反対者がいるわけでもない。タウンホールなどのイベントやツール導入などの施策も行っている。だが、意図通りに「組織が変わっている」という実感は、どうも湧かない。これではとても成果につながるとは思えない…。

これまで話を聞いてきた多くの変革リーダーが口にしていた悩みである。このようなとき、BCGでは検討の切り口として下記3点を紹介している。

1. Who:変革の相手を把握し、それぞれの行動変容をシステマチックに管理すること
2. How:単発の施策を連発するのではなく、長い時間軸で変革のジャーニー(道のり)を描くこと
3. What:これまでの思い込みを捨て、真に効く働きかけを設計・実施すること

相談が急増する「チェンジマネジメント」

これらの切り口は、「チェンジマネジメント」と呼ばれる手法をベースにしている。人はなかなか変わらない、ということを前提に、変わるべき人が変わるための行動変容の流れをしっかり計画・実行し、変革の成果を最大化するという手法である。

日本ではこれまであまり焦点が当てられてこなかったが、時代の変化とともに相談が急増している。BCGはそういった相談に答えるなかで「日本企業ならではのチェンジマネジメント」を確立しつつある。今回はそのエッセンスも加えながら、チェンジマネジメントの“肝”について解説したい。

1.Who:変革の相手を把握し、それぞれの行動変容をシステマチックに管理すること

変革したい相手にはどのような人がいて、どうなってほしいのか。現状はどうで、何が課題になりそうか。組織図やリストを見ながら役員、部長、課長といった階層別にセグメンテーション(細分化)していく。階層別の分析から始めると、同じ階層でも部門や合併前の出身企業などによって「変革によって受ける影響」の度合いが異なることに気づく。

現状分析は、変革についてポジティブかネガティブか、その理由は何かを明らかにすることがメインになる。BCGではこの「理由」の分析にRWAというフレームワークを使っている。人はReady(変革の理由に納得している)、Willing(自分自身が動きたい理由がある)、Able(変わるためのスキル・条件が整っている)の3要素が整ったときに行動を変える、というものである(図表1)。

変革したい相手の現状を把握するRWAのフレームワーク。人はReady(変革の理由に納得している)、Willing(自分自身が動きたい理由がある)、Able(変わるためのスキル・条件が整っている)の3要素が整ったときに行動を変える、という考え方。

社内調査を活用してRWAの状態を可視化し、組織全体のヒートマップを描くというやり方も有効である(図表2)。全体を見ることで、はじめて優先順位を考えたり、どのくらい時間がかかりそうかの実感が持てたりする。

RWAを可視化したヒートマップの例。部長、課長という階層は同じでも本社系や営業系、製造系など所属によって、RWAの状況は異なる。

可視化して計画を立てるのは当たり前のことのはずだが、日本では「人」に関することを可視化したり管理したりすることに抵抗感があるのか、あまり行われてこなかった。漠然としている「変革の相手」の全体像を把握するだけでも安心できるし、このあと変容のための働きかけを行ってPDCAを回す際も必須になるので、まずは一度作ってみることをお勧めしたい。

2.How:単発の施策を連発するのではなく、長い時間軸で変革のジャーニー(道のり)を描くこと

変革の相手を可視化したら、次はそれぞれの相手に「現状(As Is)」から「ありたい姿(To Be)」にどのようなステップで変わってもらうか、という流れを考える。

ここで強調したいのが、作るべきは「施策のリスト」ではなく「意識・行動変容のジャーニー」である、ということである。多くの日本企業で「コミュニケーション計画」として作成されるものは、社長メッセージ、動画の公開、ワークショップなどのコミュニケーション施策が日付とともにリスト化されていることが多い。

これに対し、ジャーニーとは「まずこれをやって、するとこんな気分になるから、そこでこれを差し込んで…」という、施策と気持ちの変化の流れをストーリーとして語るものだ。1で作成したセグメントごとにAs IsとTo Beを置き、その間にジャーニーを設計する。

人の意識・行動の変遷には心理学や脳科学を踏まえたいくつかのフレームがあるが、大きくは「必要性を認識する→自分事化する→必要なスキルを身につける→実践して手ごたえを得る→継続・展開する」という順番になる。

3.What:これまでの思い込みを捨て、真に効く働きかけを設計・実施すること

最後に、ジャーニーの中に埋め込む社長メッセージやワークショップなど個別の働きかけについて考えたい。やってはいるものの効果が表れない、という場合、その働きかけ自体を見直す必要がある。

あるあるなのは、「こういう目的のワークショップをしよう」と単純に考えたあと、「リーダーのプレゼン+グループディスカッション+所信表明」のように、ありがちなフォーマットを踏襲してしまうケースである。やらないよりは良かったかもしれないが、結局何がどう良かったのか、足りなかったのかを判断できないうえに、次のアクションも見えてこない。

本来、こうした働きかけを設計する際には「何がどうなったら成功と言えるのか」という状態をしっかり定義しておくことが望ましい。

具体的には、2のジャーニーで設計した次のステップに行くためにはどのような刺激を与え、何を考えてもらい、どのような問いかけで、何に気づいてもらうべきか?といったポイントを、参加者側の視点に立ち徹底的に考えたい。先の例で言えば、そもそも「本当にワークショップでいいのか」というところから考え直すことになる場合も多い。

危機感で社員を疲弊させない

真に効果的な働きかけを検討する際の注意点として、日本企業にありがちな2つの思い込みを紹介したい。

思い込み① 社員を動かすために危機感を持たせるべきだ

世界で最も有名な変革の本の1つ、ジョン・コッター『企業変革力』の“Sense of Urgency”が「危機感」と訳された結果、日本では「社員に危機感を持たせるべきだ」という思い込みが広がってしまった。Urgencyは「危機」ではなく「切迫」。「今動かなければ」と思わせる、というのがコッターの意図であり、危機はあくまで切迫する理由のうちの1つであった。

日本で終身雇用が当たり前だった時代には、「このままでは将来、会社が立ち行かなくなる」「事業の撤退も考えざるを得ない」など会社の危機が社員個人の危機と同じだったため、これでも齟齬は生じなかった。しかし、多様な働き方が求められ転職も当たり前の今、このやり方では社員が不安になったり、逃げてしまったりということにつながってしまう。

重要なのは「現状はこのような危機だが」「こんな風に変わるチャンスだ」「そして変わった結果、社員にはこんな良いことがある」という、社員をEnergizeする(=励まし、やる気にさせる)ストーリーである。

危機を伝えるのが悪いわけではない。しかしそれだけでは社員は疲弊してしまう、というのはコッターをはじめ、多くの研究者や実践者が指摘している。

思い込み② 「双方向なコミュニケーション」とは、質疑応答やワークショップでの対話のことである

言葉の定義としては正しいが、ここで強調したいのは「それだけではまったく足りない」ということである。

変革をリードする側は壮大なビジョンや会社としてのあり方を説いて何とか「変革の意義」を理解させようとする。そのため、「説明、説得」に気を取られ、無意識のうちに不満や反対意見が出にくい方向に持っていきがちだ。

しかし、社員が本気で受け止めれば不満や困りごとが思い浮かぶのは当たり前。それらをしっかり出させて議論する姿勢と、それを受けた進捗状況を見せること、つまり「現場の声を受けて企画側も動くこと」を見せて、はじめて「本当にやるんだな」と思わせることができる。

現場の不満を全部拾えと言っているわけではない。しかし、臭いものに蓋をしたままでは現場は変わらない。現場が声をあげやすい場を作ること、聞く姿勢を見せること、出た声に対して真摯に対応すること。時間も手間もかかるが、本当に事を起こしたいなら欠かせないステップである。

以上、「人が動かない」ことでお悩みのリーダーのために、チェンジマネジメントについて解説した。人に関することは正解がないし、他社でうまくいったやり方が自社でうまくいくとは限らない。だからこそ、自社ならではの「なぜ今なのか」「どうなりたいのか」を考え尽くし、そのメッセージへの賛同や行動の変化が少しずつ表れてくる喜びは、他には代えがたいものがある。本稿が少しでも変革を目指すリーダーの思考を刺激し、Energizeするものであれば幸いである。