人材の可視化と需給予測で日本企業の競争力を高める

まず、①の人材クラスター明確化に関する実現性の高い方法として、重要性や変化の大きい人材クラスターに絞り込んで検討するというやり方がある。

例えば、デジタルを活用したビジネス変革が戦略の柱だとするならば、デジタル戦略にかかわる人材クラスターに絞って検討を進める。実際、全社の業務を網羅的にカバーするようなクラスター設計は難度が高く手間もかかるため、まずは小さくスタートするのが現実的といえる。

実践のポイントは“粗い仮説”を置くこと

もう一つの方法として、精緻でなくとも構わないので仮説を置いて検討を進めることを提案したい。

冒頭のC社の場合で考えてみよう。

「海外での新事業の強化となると、事業基盤がしっかりして市場ニーズが明確なタイが候補になるな。タイにはすでにマーケティング部門と技術開発部門があるから、組織的には問題なさそうだ。市場調査の結果だと、Xタイプの製品の開発を20人体制で進める必要があるが、タイにはYタイプの技術者しかいない」

「開発期間が3年とすると、日本から最低15人を派遣しないと間に合わない。すると日本でXタイプの技術者が不足してしまう。対策としてZタイプの技術者をリスキリングしてXタイプの技術者として戦力化できるかもしれない。Zタイプの技術者の過不足状況はどうなっていたっけ……?」

という具合である。

ただし、この仮説を人事部門だけでひねり出すことは困難だ。事業部門や経営企画部門、財務部門等の関係者を巻き込んで検討を進めるなど、できる限り仮説の精度を高めることが求められる。

③の将来需要についても、社内からは「予測なんてできない」といった声が上がるかもしれない。だがこのステップを踏まないと、④の需給ギャップの判断やその後の人材強化施策の検討で、将来像を欠いた不十分なものになってしまう可能性がある。対応策としてはいくつかの方法が考えられるが、最も取り組みやすいのは、現状をベースに将来の状態を推計する方法だ。

売上や利益拡大を狙うのであれば、現在の販売部門の一人当たり売上や製品一台当たり利益を用いることで、将来必要となる人員数を推計できるだろう。DXによる効率化を見込む場合は、必要人員数を一定比率で削減できるかもしれない。

このように、何らかのロジックを用いて人材クラスター別の将来必要数やスキルの量を算定する努力が大切だ。ただし、ここでの目的はあくまでも将来需要を概要的に把握することである。過度に精緻さを求めることなく、粗いロジックで構わないので、まずは現状から考えてみることを勧めたい。

人材ポートフォリオ戦略を実践して、事業部門と人事部門の間にある2つの溝を解消できれば、事業戦略、人事戦略、そして人事施策が一貫性を持つことになる。それが、事業運営に必要な人材の早期確保につながる。人口減少による人手不足の顕在化や、働く人々の価値観の変化を受け、人材の採用や定着が一層難しくなっている今、この取り組みはすべての日本企業にとって必要不可欠と言ってよいだろう。