チェンジモンスター退治の手法(前編)【BCGクラシックス・シリーズ】

日本企業のモンスターの本質的課題

企業改革を成功させるためには、自社のチェンジモンスターを理解し、うまく退治していく必要がある。モンスター退治は、その背後にある本質的課題に手を突っこまないと表面的なモンスター叩きに終わってしまい、「結局何も変わらなかった」ということになりかねない。

私どもの経験から、以下の4つの本質的課題に対して真剣に取組む必要がある。

課題①:経営の「モノサシ」が相対的で曖昧なため、改革発動が遅れる

これまで多くの日本企業経営者の主な評価基準、すなわち「モノサシ」は、業界大手並みの成績、配当維持、雇用確保、世間の評判、メインバンクと持ち合い株主からの支持などだった。業績評価のモノサシは、常に相対的ではっきりしていなかった。

モノサシの曖昧さは、さまざまな弊害をもたらしてきた。まず企業が飛び超えるべき成果のバーが本来あるべき位置より低く設定されている。たとえば、業界並みの成果が企業のモノサシなら、業界全体が悪ければ、許されてしまう。言い訳が大手をふってまかり通る。重厚長大企業の幹部は、よく「私どもは成熟産業だから、低収益・低成長でもしかたない。そこそこ利益が出ていれば上出来」という。欧米では、成熟業界でも戦い方を工夫して、高い成長と株主価値を実現している企業は多い。「成熟産業だから…」は、実は何の言い訳にもならない。

要は、モノサシの曖昧さが、ぬるま湯に浸っている「ゆで蛙」状態を生んでいる。本当に茹であがるまでは気がつかない。ぎりぎりの危機にならない限り、企業改革は発動されない。そして、「着手されたときはもはや手遅れ」というわけである。

課題②:改革へのコミットメント不足、覚悟不足

改革が成功するかどうかの最大の分かれ道は、長年放置されてきた「聖域」に手を突っこめるかどうかである。関係会社の整理、無用な顧問・相談役の一掃、赤字垂れ流しの創業事業からの撤退、人員整理、…等々。この覚悟がないと、掛け声倒れに終わってしまう。日本企業の改革では、こうした厳しい改革へのコミットメント、不退転の覚悟が不足しているリーダーが多い。

リーダーが、「対決は回避する」、「お互いに相手の縄張りには決して入らない」、といった組織風土の中で育まれてきた影響も大きい。また「おみこし経営者」、「OB順番制」の関係会社社長人事のような、これまでの無責任・無決断型経営者モデルも、それを助長している。さらに、経営者といっても給料もボーナスも欧米に比べて低く、「辞めては生活に困る」、「息子が大学を卒業するまで会社にもう少しお世話にならねば」といった「最後のしがみつき」も、経営者として勝負ができない臆病風の一因と言えよう。

課題③:改革のプロ、手法の不足

社内慣行や情に流されることなく改革を断行できる「改革のプロ」がきわめて少ない。これまでは、危機的状況に陥った時に「火事場の馬鹿力」を出せることこそが、改革スキルだと見なされてきた。それも確かに必要ではあるが、喉もとに迫った危機を組織改革のテコに使えるわけで、実はそれほど難しくはない。むしろ定常時あるいは業績好調時に、自己改革を組織に迫るためには、火事場の馬鹿力よりも、いつも組織を揺さぶり、敢えて波風を立て、健全な危機感を醸成できる「ジグラー(揺さぶり屋)」の能力がより重要かつ困難なスキルとしてリーダーに求められる。たとえば、企業の停滞の萌芽を感じ取り、未来の「あるべき姿」と現状とのギャップを客観的に提示するとか、潜在的な脅威を抽出して、先手をとった改革の必要性を説得力ある形で示すとか、等のスキルである。こうしたことのできる企業リーダーは数少ない。

課題④:改革へのインセンティブの欠如

改革を成功させることに対する十分な「ニンジン」が欠けている。外資ファンド等が買収した場合を除いて、日本では企業改革の成功に対し特別な報酬やインセンティブを与える例は、ほとんどない。通常、改革リーダーや改革チームメンバーは、通常業務の延長線上で改革作業に任命され、通常の人事評価の枠組みで評価・処遇されている。つまり、軋轢に屈せず、既得権益と対決し、人員削減の痛みをともなう改革プランを作り上げ実行するという、通常業務とは異質で、難度の高いことを求められながら、報奨は通常業務と何ら変わらない訳である。明らかに、「ハイリスク・ローリターン」状態なのである。これでは、改革チームへ任命されることは、「貧乏くじを引いた」ことになってしまう。

もちろん、「会社の将来を左右する重要な改革プログラムだから、君のような優秀な人材を投入したんだよ」という殺し文句を耳元にささやかれ、チーム入りする訳だが、冷静に自分にとってのリスク対リターンを考えると、「不退転の覚悟で改革を成功させる」というよりは、「いかに無難に勤めあげるか」と考えてしまっても無理はない。

こうした課題に対して、いかに改革を実現するのか。後編では、4つのポイントを紹介する。(後編は近日公開予定)

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著者(肩書は当時)
今村 英明 BCG東京事務所 ヴァイスプレジデント
森澤 篤 BCG東京事務所 ヴァイスプレジデント
宇佐美 潤佑 BCG東京事務所 プロジェクトマネジャー