日本企業は人材ポートフォリオの見直しが急務――『経営の論点2024』から

企業の競争力を左右する要素は数多くあるが、すべては担い手となる人材の能力にかかっている。「人材ポートフォリオの充足と、その手段の1つとなる人材育成は、時代の要請に比してまだまだ日本企業の伸びしろが大きい」。BCG 組織・人材グループの日本リーダーを務める竹内 達也と、人材育成のエキスパートである折茂 美保はこう語る。

組織を支える人材をいかに確保するか。企業は人材戦略を、「人事」の枠を超えて、重要な経営課題にまで高めることが求められている。『BCGが読む経営の論点2024』(日本経済新聞出版)から、経営戦略の中核となる人材ポートフォリオの考え方について紹介する。

関心が高まる「人材ポートフォリオ」の考え方

海外の先進企業では早くから人材戦略を経営課題として捉え、人事と経営が密に連動しながら、包括的な施策に取り組んできた。日本企業は後れをとっていたが、ここ数年はBCGにも「人材戦略や人材ポートフォリオに課題がある。サポートしてほしい」という依頼が激増している。クライアント企業の人事部に加え、経営企画や事業企画部門などからも声がかかる。

では実際に、人材ポートフォリオを用いた戦略の立て方について確認していこう。

人材ポートフォリオ戦略の考え方。⓪前提となる事業戦略、組織戦略をインプットする。①事業・機能ごとに必要な人材要件を類型化する(人材クラスター)。②供給量を予測する。③需要を予測する。④人材クラスターごとに需給ギャップを判定する。⑤打ち手を具体化し、実行する。⑥戦略策定サイクルと連動した年間プロセスを設計し、経営層と事業部の協働の取り組みとして推進する。

出発点は、前提となる経営戦略、組織戦略、テクノロジーの活用方針を明確化することである(図表の⓪)。経営戦略については、目指す事業ポートフォリオや個別事業の方針を確認する。組織戦略については必要な機能を洗い出したうえで、どの機能を内製化し、どの機能を提携や外部委託で補うかを見極める。これは、自社固有のコアコンピタンス(競争優位の源泉)を突き詰めるうえでも重要な視点となる。

次に、製品やサービス、あるいは経営機能ごとに人材要件の類型(人材クラスター)を特定する(①)。このとき、必要なスキルセットも人材クラスターごとに定義しておく。クラスターをどこまで細かく分けるかは企業の特性によるが、数百種類の精緻なクラスターを定める場合もあれば(例:〇〇製造工程におけるDX専門家、△△新規事業のリスク管理担当)、数種類から数十種類の分類で大枠を定める場合もある(例:AIエンジニア)。

人材要件が固まれば、事業計画に沿って、採用、異動、退職などに伴う将来的な供給量(②)と、必要となるであろう人員数を人材クラスターごとにシミュレーションする(③)。

人材の可視化で需給ギャップを予測

ここまでで、いったん人材ポートフォリオの将来像を定義できたことになる。そこから現状とのギャップ分析に入る(④)。どの人材クラスターで、いつ、どの程度の人材の過不足が発生するか、言い換えれば経営として手を打つべき課題を見える化する工程である。

たとえば、EV(電気自動車)や再生可能エネルギーへの転換など、気候変動対応に伴う事業構造改革に必要な人材の不足、技術継承が途絶えうる現場人材、デジタル化により余剰となる人材などが数字とともに浮き彫りになる。この作業では、人材クラスターの定義や必要人員数に対して、社員側のデータを突き合わせて分析する。所属組織、職務経歴書、スキル評価などの既存データを収集・加工して可視化する場合もあれば、十分なデータベースや分析ツールが確保されていれば、より自動化された形でギャップの可視化を行うこともできる。

最後に、クラスターごとに不足する人材をどう確保するかという具体的な打ち手を紐づけ、実行する(⑤)。人材を確保するためには、「採用(新卒・中途)」「育成(リスキル・アップスキル)」「外部リソース活用(M&A・提携・アウトソーシングなど)」と大きく3つの視点が考えられる。

さらに、①~⑤の工程は1回実行したら終わりではなく、事業戦略を策定するごとに、それと連動させながら、年間を通して経営層と各事業部の協働の取り組みとして推進することが欠かせない(⑥)。

人員確保の打ち手としての人材育成

人材ポートフォリオ戦略の最終工程(⑤)では、人材クラスターごとに不足人員を確保する打ち手を紐づけることを確認した。しかし、必要な人材が新しい領域の人材であったり、注目分野の人材であったりすればするほど、そもそも労働市場には十分な能力のある人材が多く出回っておらず、獲得競争が熾烈になり、高いコストを費やすことになりがちである。

他方、企業の中には急速な事業ポートフォリオの転換に際し、既存の人材のリスキルを行うことで、比較的低コストで、かつ企業文化を維持しながら人材ポートフォリオを再構築している例が存在する。人材育成への積極的な取り組みを自社の成長につなげている企業は、いずれも人材育成を「投資」と捉え、継続的に資金を投入している。

その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、時代の変化を読むうえでカギとなる4つの論点と、今後新たな事業機会を見つけ変革を促すために重要な4つの経営能力に着目する。第8章「人材戦略――『人事』を超えた経営課題へ発想の転換を」では人材ポートフォリオの考え方を確認したうえで、それを支える人材育成について事例を交えながらポイントを解説している。そして、日本企業が押さえるべき3つの「発想の転換」を提示する(詳しくはこちら)。