米国の関税が自動車業界に与える影響とは? 3つのシナリオと企業戦略の立て方

変動する貿易規制と関税は自動車業界にどのような影響を与えるのか。それは消費者需要にどのような変化をもたらすのか。完成車メーカー(OEM)は混乱に対処できるのか? 

こうした問いは、自動車業界の経営リーダーにとって、いま最も重要な関心事となっている。新たな関税が導入されたり、既存の関税が撤回・調整されたりする可能性がある中で、正確な答えを出すことは困難だ。そうした中、BCGは需給の動向を独自のモデルで分析し、今後のシナリオと自動車業界への影響を明らかにした。米国における今後数年間の自動車販売の見通しについても洞察する。

BCGの分析では、米国への主な自動車輸出国に課される関税水準に基づき、3つのシナリオを想定した。現在の貿易動向と関税の推移に基づく最も可能性が高い「基本シナリオ」と、それより「低関税」・「高関税」のシナリオだ。自動車業界の経営陣はこれらを参考に、効果的なシナリオ・プランニングに取り組むことができるだろう。

3つのシナリオ

米国と各国での二国間交渉が進められている中、米国の貿易政策は極めて流動的だ。これらのシナリオはあくまで方向性を示すものであり、今後、新たな合意や規制の変更によって変わる可能性がある。

①現在の流れを踏まえた基本シナリオ

貿易政策がこれまで通り(2025年5月上旬時点)の流れで進展していく場合、自動車業界の経営リーダーは、地域や部品ごとに、より一層広範で複雑な関税体系への対応を迫られるだろう。

中国に対しては引き続き最も高い関税が課されるとみられ、場合によっては税率が70%近くに達する可能性もある。一方、その他の国については、既存の条約への準拠状況、米国の通商拡大法232条の対象指定の有無など、さまざまな要因によって関税水準が異なる見通しだ(図表1)。このシナリオが最も現実的であると考えられ、企業の経営リーダーはこの関税幅をシナリオ・プランニングに組み込むのが良いだろう。

自動車業界の経営リーダーが想定すべき3つの関税シナリオを並べた図表。地域・国別に、シナリオごとに想定した関税水準を示している。

②関税が緩和される「低関税」シナリオ

今後の貿易交渉によっては関税水準が緩和される可能性がある。それに基づき、このシナリオでは、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に準拠した自動車と部品に対する関税は10%未満にとどまると予測している。USMCAに準拠しない部品についても、最恵国待遇(MFN)に基づく税率+10%が上限となる想定だ。欧州、日本、韓国から輸入される自動車と主な部品については、現行のMFN税率を最大10%上回る程度にとどまる可能性が高い。周辺部品についても、関税率は10%を超えない想定だ。このシナリオでは、中国への関税も20%程度に抑えられる可能性もある。

③関税がさらに引き上げられる「高関税」シナリオ

自動車業界の経営リーダーは、多くの貿易相手国に対して最低でも20%の関税が課される可能性があることを念頭に、高関税時代を見据えた対応を考えておくべきだ。このシナリオでは、欧州、日本、韓国に対し、自動車や主な部品への関税が大幅に引き上げられる可能性を想定している。

貿易をめぐる規制が厳しくなる局面では、USMCAに準拠した部品への優遇措置も、もはや意味がなくなる可能性がある。中国からの完成車に対しては、関税が最大で200%に達することもありえる。

自動車販売の未来

基本シナリオの場合、2025年の米国における乗用車の販売台数が1510万台になると予測される。2026年には約7%減の1400万台まで落ち込む見込みだが、2027年には持ち直す見通しだ(図表2)。

低関税シナリオの場合、2026年の減少幅は小さくなり、翌年には一段と力強い回復が期待される。
貿易交渉が進展し、関税の全体像が明らかになれば、価格は比較的速いペースで上昇し、その後、半年から1年で安定する見込みだ。

自動車業界では中古車価格や、自社のラインアップ内や競合他社との価格バランスを考慮する必要があるため、ほかの業界と比べて価格の調整時期は遅れる傾向がある。ただ、一度価格が変動すると、サプライチェーンの再調整や関税の見直しがあっても元に戻りにくい。

米国における年換算の新車販売台数を表したグラフ。自動車販売台数は2025年と2026年には減少する可能性が高いが、2027年には回復する見込み。

売上に大きく影響するのは、米国のGDP成長率に加え、メキシコ、カナダ、日本、韓国に対する関税水準だ(図表3)。いずれのシナリオでも、中国から米国への自動車輸出は現在の減少傾向が今後も続くとみられる。自動車業界の経営リーダーは、今後成長が期待される市場や、すでに確立された輸出市場の動向を注視し、競争環境やサプライチェーンへの幅広い影響に備える必要がある。

基本シナリオに基づく米国の需要の影響度を示した図表。自動車需要は主に関税水準とGDPによって変動する

自動車メーカーとサプライヤーへの影響

関税をめぐる状況が今後どのように変化したとしても、短期的と長期的の両面で混乱に対応し、事業の持続力確保に向けた戦略を立てなければならない。まずは、以下の点に注力すべきだ。

・リスクの可視化と短期的なシナリオの策定

コスト上昇に対する自社と競合他社の脆弱性を評価することが重要で、スピードが鍵となる。現在取引しているサプライヤーや代替サプライヤーと迅速に連携し、生産における余力を確保する必要がある。また、生産拠点の移転や新設のための設備投資を積極的に検討することが求められる。

・リスクが高い領域の在庫管理

初期段階の分析に基づき、規制や外部要因の変化に対応する準備期間を確保するため、戦略的に予備の在庫を増やす必要がある。これにより、製造における不確実性を最小限に抑えられる。

・市場進出戦略(Go to Market戦略)の見直し

価格設定と製品ラインアップを見直し、利益率の維持、販売数の確保、顧客との関係性のバランスを取る必要がある。競合他社の価格動向を常時モニタリングし、自社の戦略に組み込む仕組みを構築することが重要だ。サプライチェーンの再構築によって自社のコスト構造が改善される場合は、短期的な過剰反応(拙速な値上げ)を避け、長期的な市場シェアを損なわないようにすべきである。

不確実な貿易環境が長引く中、自動車業界の経営リーダーは、短期的な視点にとどまらず新たな成長機会を見出し、戦略を再考する必要がある。販売数が減少する現実的なリスクに直面する状況でも、企業は新たな事業機会を逃さず、さらなる外的ショックにも耐えうる強固な体制を整えておかなければならない。

そのためには、生産や調達計画を見直すとともに、USMCAに準拠しているかなどを確認することが重要だ。米国のOEMと協力して生産能力を管理するか、フォードとフォルクスワーゲンのように共有プラットフォームを開発するなど、パートナーシップも見直す必要がある。

調査レポート:「Tariffs and the Outlook for US Automotive Demand」(2025年5月)

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