生成AI時代に求められるリスキリング 成功のために対応すべき5つの変化
スキルの価値は5年未満で廃れる――一部のテクノロジー分野では2年半とさらに短い。生成AIが急激に進化し、人に求められるスキルが変化しつつあるこの時代を、組織そして従業員はいかにして生き抜くべきか。BCGはハーバード大学のデジタル・リスキリング・ラボと共同で、企業がリスキリングに成功するために取り組むべき5つの要素を提示する。その知見をまとめた「従業員のリスキリングを効果的に実践する方法――AI時代の5つの変化に対応する」(DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー)の一部を紹介する。
2023年はまさに生成AI元年だった。一般的に、個人でAIの実力を体験するには数十万円以上のAI向け半導体チップに加え、プログラミングをはじめとした情報工学の知識も必要なため、一般人には導入すら敷居が高い。しかし、ChatGPTはウェブで会話するように質問を入力すれば利用でき、英語はもちろん日本語でも明快な回答が返ってくる。さらには、画像をも一から自動で生成できるDALL·EやStableDiffusionなど、様々な生成AIが身近となり、誰もがAIによる生産性の向上を体験できる年となった。
その一方でAI技術は人の仕事の内容そしてスキルに対する需要を急激に変化させている。定型の繰り返し作業や手作業のタスクはもちろんのこと、生成AIは機械での自動化は不可能と考えられていたプログラムを書くことや執筆、データ分析など高度な知識に基づく仕事ですら対応しつつある。
従業員はすでにスキルアップだけでは不十分であり、新しい何かに生まれ変わって生きていくためのリスキリングが求められている。そのために企業は何をしなければならないのか。BCGのサガル・ゴエルとオルソリヤ コバチ=オンドレイコビッチは、ハーバード・ビジネス・スクールのデジタルリスキリング研究所と共同で、大規模なリスキリング・プログラムに投資している世界中の組織を対象に調査を行った。各組織のリーダーへのインタビューの結果、急激に進展するAIとオートメーションの時代において、企業がリスキリングを成功させるために対応すべき5つの変化が見えてきた。
1. リスキリングは戦略的に不可欠
昨今、労働人口の高齢化や新しい職種の出現などにより、労働市場はより競争が激しくなっている。スキル不足・人材不足に悩む企業は多い。しかし、市場ですぐに確保できないような人材を、社内で育成できさえすれば企業は戦略目標を達成できる。先進企業においてリスキリングは必要なスキルを持つ人材を確保する戦略的な手段となっているのだ。
たとえばボーダフォンは、必要なソフトウェア開発者の40%を社内人材のリスキリングにより確保しようと取り組んでいる。アマゾンは数千人の従業員を機械学習トレーニングのための「マシン・ラーニング・ユニバーシティ」を通じて、機械学習のエキスパートに転身させることに成功した。また、インドの大手銀行は通常は候補者としてみなされないような人も管理職として第一線で活躍できるよう、高等教育機関のような集中的プログラムの運用を始めた。世界の企業はすでにリスキリングを戦略の一部として取り組みはじめ、スキル不足・人材不足を克服して競争優位を確立している。
2. リスキリングは全リーダーとマネージャーの責任
従来、リスキリングは企業のHR(人事)部門が取り扱う一般的な研修とみなされ、限られた評価しかなされていなかった。BCGの過去の調査でも、自社戦略とリスキリングの関連を明確に示している企業はわずか24%だ。しかし、今回調査した多くの企業では、効果的なリスキリングのために、HR部門だけでなく、CEOやCOOのような上級リーダーがプログラムを支援している。経営陣全体でこれらの新しい取り組みを支える共通の責任を持し、尽力しているのだ。
たとえば、通信業界大手エリクソンは、電気通信分野のエキスパートをAIやデータサイエンス分野へ移行させるための長期戦略を策定した。経営幹部たちが四半期ごとに成果を確認することを目標に組み込んだ結果、わずか3年で1万5000人以上の従業員を、AIとオートメーション技術の専門家へとスキルアップさせることに成功している。また大手ヘルスケア企業では、トレーニングを事業戦略の柱に据えており、各事業のリーダーが従業員のリスキリング計画の設計および実施の責任者となっている。リスキリングを推進するリーダーの力量についても業績評価に織り込んでおり、リスキリングが重要な戦略目標となっている。
このような事例から明らかなように、リスキリングの取り組みが最高経営層からの強力な支援と明確な方針を受けることで、企業の持続的な成長と従業員のキャリア進展の両方を支える重要な戦略に変わりつつある。
3. リスキリングはチェンジマネジメントの取り組み
チェンジマネジメントとは組織の変化に対する抵抗や障害を排除し、成功に向けて効率的に推進するための手法だ。一般に、組織を変えようとする場合、慣れ親しんできた従来の方法に固執し、変革に対して異を唱える社員が少なからず出てくる。そのような社員に対し、経営トップが変革の意義や必要性を説き、意識を変えさせ、かつ変化に適応できるようにする取り組みが必要となる。この点において、リスキリングもチェンジマネジメントの取り組みといえる。
たとえば、ミドルマネージャーはリスキリングの計画に抵抗することが多い。その理由は、リスキリングによって直属の部下の通常業務がおろそかにならないか、そして、リスキリング後に部下が他部署や他社へ移ってしまわないかという懸念があるからだ。
この問題に対しては、人材育成がマネージャーとしての責務であることを明確にして対処している企業もある。インドのIT大手ウィプロは部下のトレーニングの参加実績に基づいて、マネージャーを評価している。また、アマゾンでリーダーの昇進検討時に考慮しているのが「どのようにチームを成長させてきたか」という業績評価だ。意欲的なリスキリングのプログラムを設計し実施するためには、従業員の訓練に留まらず、従業員や管理職の間に適切なマインドセットや言動を醸成させる取り組みが求められる。
4. 理にかなっていれば、従業員はリスキリングを望む
「従業員にリスキリングするよう説得することが最大の課題の一つである」と述べるリーダーも多い。従業員にとってリスキリングは多大な努力を要するが、結果は必ずしも保証されないからだ。OECDの報告では、一般的な研修プログラムに参加する労働者はごく一部で、しかもトレーニングが最も不要な人たちが多いという。
しかし、BCGのデータによると、労働者の68%は自分の専門分野で「創造的な破壊」が迫っていることを認識しており、従業員としての競争力を維持するためにリスキリングを望んでいることが明らかとなっている。
では、組織はどのようにすればリスキリングを成功できるのか。一つは、なぜリスキリング・プログラムを策定しているのかについて、率直かつ明確に伝え、早い段階から従業員を巻き込むことだ。リスキリングは組織の混乱や雇用の喪失、あるいは転職を伴うことも多い。リーダーはプログラムの根拠や、それがもたらす機会についてオープンに話すことを避けがちだが、なぜそのプログラムが実施されるのかを理解し、プログラム作成に一役買ったのであれば、従業員は参加しやすくなる。たとえば、ある大手自動車メーカーは業界をとりまく状況の変化に伴い、ディーゼルエンジンの設計技術というスキルは次第に需要が減っていくことを従業員に伝えた。その上で数年後、新しい仕事を確保し、雇用安定を図るための手段としてリスキリング・プログラムを提示している。
またリスキリングに適切な時間を使い、十分に配慮することも必要だ。時給制やシフト制で働いている業界では、スキル習得の時間や場を確保することが難しい。トレーニングの参加時間はすべて勤務時間とみなし、報酬も支払うことでこの問題を解決している企業もある。新しい分野での学位や資格の取得のために授業料を負担したり、1年にわたって学習に週2日費やすことを認めたりしている例もある。従業員にリスキリングの意義を伝えるとともに、従業員を大切にし、育成環境を整え、真剣にコミットすることがリスキリングの成功の一要因となっている。
5. リスキリングには様々な組織の協力が必要
企業はこれまで、リスキリングを自分たちだけで克服しなければならない課題だと考えがちだったかもしれない。しかし実際には様々なパートナーの支援を受けることが成功には欠かせない。
たとえば、国や自治体の補助金や公的プログラムの活用は、リスキリングの投資を後押してしてくれる。また業界団体との連携も一つの手だ。限られた人材プールを奪い合う競争相手として考えるのではなく、企業がチームを組んで共同でトレーニングに取り組むことで、人材不足の課題を解決できる余地がある。たとえば、銀行や保険会社、資産運用会社をすべて巻き込み、さまざまな段階でのスキル教育のノウハウを業界全体で蓄積することにより、金融サービス業界の人材需要に対応しているシンガポールの銀行金融協会の例もある。
大学や研修プロバイダーと提携することも有用だ。企業は、再スキルアップの取り組みにおいて、教育機関と提携することで多くのことを得ることができる。このようなパートナーシップの例としては、英国政府出資の技術研究所がある。この研究所は、カレッジと大手雇用主を結びつけ、技術的素養のない労働者に実践的な技術訓練を提供することで、企業が新技術に迅速に対応し、急速に進化するスキル・ニーズに対応できるようにしている。また、BMWはドイツ連邦雇用庁およびドイツ商工会議所協会と協力して、産業電気技師を対象とした再スキルアップ・プログラムで電気自動車への移行を支援している。
BCGのサガル・ゴエルとオルソリヤ コバチ=オンドレイコビッチが共著者として参加した「従業員のリスキリングを効果的に実践する方法――AI時代の5つの変化に対応する」(DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー)では、本調査で得られた企業の事例が多数紹介されている。