通信業界TSRランキングはインド勢が上位 次世代アーキテクチャやAI活用が成長の鍵

ボストン コンサルティング グループ(BCG)は、スペイン・バルセロナで3月3~6日に開催される世界最大のモバイル関連見本市「モバイル・ワールド・コングレス(MWC)」にあわせ、通信業界における企業価値創造について解説したレポート「2025 Telecommunications Value Creators Report:Returns May Be Declining, but Opportunity Is Calling」を発表した。
本レポートは、TSR(Total Shareholder Return:株主総利回り)の分析を基にしている。TSRは一定期間における「キャピタルゲイン」(株価の値上がり益)と「インカムゲイン」(配当等のキャッシュフロー)を株価(投資額)で割った比率で表され、株主にとっての最終的なリターンを示す指標だ。
通信業界のTSRは33業界中31位
調査対象となった通信事業者の過去5年(2020~2024年)のTSR中央値は約4%と、2019~2023年の6%から低下した。この値はS&P 1200指数の過去5年のTSR(12%)を大きく下回り、BCGが追跡する33業界のうち31位だ。
その一因は、グローバル展開している通信事業者の過去5年のTSRが大幅に低下したことにある。グローバル大手企業は、国ごとの規制の違いなどにより本来得られるはずの相乗効果が享受できておらず、スケールメリットを十分に活かせていない。
通信業界のTSRは、株式市場が好調なときには低迷し、たとえば2022年など不況時には市場全体を上回る傾向があり(図表1)、ほかの社会インフラや生活必需品に関する企業と同様、景気が後退しても業績・株価が悪化しづらい傾向があるといえる。

TSRトップはタタ・コミュニケーションズ(インド)
企業別の過去5年のTSRをみると、1位はタタ・コミュニケーションズ、2位はバーティ・エアテルとインド勢が続いた。3位はTモバイルUS。上位10社のうち6社がアジア勢だ。
上位20社には日本のKDDI(11位)、ソフトバンク(12位)、NTT(17位)がランクインしている(図表2)。

長期的に価値を創出するための4つの重点領域と先進事例
通信事業者が長期的に価値を創出するために、4つの領域が重要となる。先進企業の事例とあわせて紹介する。
コスト・設備投資の削減: 共有インフラの活用やクラウドベースのソリューションによりコストを削減するとともに、設備投資の再配分を検討する。特に先進国市場では5Gの展開や光ファイバーの整備がほぼ完了しつつあるため、投資に回していた資金をAIなど成長分野への投資に回すことが重要だ。
米AT&Tは、レガシー技術の廃止、AI活用、拠点統廃合を組み合わせることで、大幅なコスト削減と効率化を実現している。2029年までに古い銅線の電話回線を段階的に廃止することで、年間60億ドルのコスト削減を実現する見込みだ。2027年までに1,300拠点(全体の25%)を閉鎖するなどして30億ドルのコスト削減を目指すとともに、AI活用によりコールセンターの対応件数を30%削減するなど業務効率化を進めている。
重要資産の最適化と事業の簡素化: 中核ではない資産の売却や事業モデルの簡素化、選択的なM&Aの実施により、より高いリターンを実現する。たとえば最近では、固定回線電話網のスピンオフ(分離)がひとつのトレンドになっている。
テレコム・イタリアは2024年、固定電話網部門を切り離し、米投資会社KKRに200億ドル超で売却した。これにより、財務を示すネットデット/EBITDA倍率が3.8倍から約2倍に改善し、業界平均水準に近づいた。通信事業者から「サービスプラットフォーム企業」への移行を目指し、ブランドとデータを活用することで、メディア、金融、ヘルスケア分野のサービスを展開している。
次世代アーキテクチャへの移行: 先進企業は、次世代アーキテクチャの導入を加速している。モバイル分野では、複数メーカーの機器を組み合わせることで通信インフラを低コストで構築する「オープン RAN」の導入が進み、特定のベンダーへの依存を減らしながら競争を促進することで、価格の引き下げにつながっている。また、 エッジコンピューティング(データの処理をクラウドに集中させるのではなく端末に近い場所に分散させる技術)を活用することで、IoTアプリケーション、LEO(低軌道)衛星などの新たな収益機会が生まれている。

特にLEO衛星は、従来のネットワークを補完する革新的な技術として注目されている。米スペースXの衛星通信網スターリンクは、携帯電話と直接接続できる技術(Direct-to-Cell)を開発中だ。衛星が軌道上のモバイル基地局の役割を果たすことで、通常のスマートフォンでも通信が可能になり、農村部、海上、紛争地域など、従来の通信インフラが届きにくい地域への解決策となり得る。
スターリンクとパートナーシップを結ぶKDDIは2024年10月に沖縄県久米島で実証実験を実施。通常使われているスマートフォンで衛星と通信し、テキストメッセージの送受信に成功した。TモバイルUSも2025年にテストを予定している。
営業・マーケティング・製品戦略の強化: 企業向け市場において、高度なデータ分析やAIを活用することで、新たな収益機会を生み出し、法人顧客との関係を強化することができる。これにより、通信事業者は将来に向けたソリューションを提供する、信頼できるパートナーとしての地位を確立することが可能となる。
シンガポールの通信大手シングテルは、エヌビディアと提携し、東南アジア全域にエネルギー効率の高いデータセンターを構築している。これらのデータセンターは、各国の機密データを国内で処理できる「ソブリンAI(国家独自のAI)ファクトリー」として機能し、企業や政府が生成AIを活用しながらデータ主権を維持できるようにする。このような動きにより、通信事業者は、データの安全性や管理が求められる業界において、信頼できるパートナーとしての役割を果たし、新たな収益源を獲得する機会を得ることができる。
これらの戦略は、特定の企業に限られたニッチ(隙間)な施策ではなく、多くの通信事業者がそれぞれの課題に適応しながら実行可能だ。戦略を組み合わせ、AIを適切に活用することで、(業界としては標準の)低調なリターンから脱却し、成長するための道筋を示すことができる。こうした企業は、従来の公共インフラ型の通信事業者から、デジタル社会をけん引するテクノロジーリーダーへと変革を遂げるだろう。
調査レポート:2025 Telecommunications Value Creators Report:Returns May Be Declining, but Opportunity Is Calling(2025年2月)