スタートアップとの協働をイノベーションの起爆剤に――『BCGが読む経営の論点2025』から

日本企業の事業環境は厳しさを増し、イノベーションは将来の成長には不可欠だといえる。しかし、伝統的大企業では特に、革新的な製品・サービスは生まれにくいという現状がある。この課題を打破する鍵のひとつとして考えられるのがスタートアップとの協業だ。事業面のシナジーを生み出すだけでなく、硬直化した組織を活性化させる触媒となる可能性がある。しかし、組織の規模やカルチャーが大きく異なる大企業とスタートアップの協働には障壁も少なくない。
『BCGが読む経営の論点2025』(日本経済新聞出版)では、BCGのデジタル組織 BCG X 北東アジア地区リーダーの平井 陽一朗と、福島 広造が、大企業がどのようにスタートアップと関わり、イノベーションの起爆剤としていくべきかを考察している。その内容の一部を紹介する。
日本ではスタートアップをうまく活用できている大企業は限定的
スタートアップと大企業の関係について考えると、多くの人が思い浮かべるのは、GAFAMなどの大手テクノロジー企業がAI関連をはじめとする有望なスタートアップを買収し、自社のコアビジネスの進化を加速させていることではないだろうか。しかし、米国と日本の現状には大きな隔たりがある。
まず、国内のスタートアップの現状は、米国には量、質ともに大きく水をあけられている。日本におけるスタートアップへの投資額は8,500億円規模と着実に拡大してはいるものの、米国の30分の1にすぎない。質の面では、ユニコーン(創業10年以内で10億ドル以上の評価額)の輩出数では100倍近い差がついている。
また、米国ではスタートアップのエグジット手段としてはIPO(株式公開)よりもM&Aのほうが主流で、その割合は8割を超えている。買い手となるのは、GAFAMなどの大手テクノロジー企業、金融機関など大企業から他のスタートアップまで非常に幅広い。一方、日本のスタートアップのエグジットではIPOが主流で、M&Aは3割程度にとどまる。スタートアップの買収に積極的に取り組み、成果をあげている企業は楽天、ソフトバンク、LINEヤフーなど国内大手ベンチャーやKDDIなどごく一部にすぎない。

大企業にとってのハードル
大企業がスタートアップの買収に踏み切れない時の理由の一つは、適正価格の判断がつかないことだ。通常の企業価値の算定に使うDCF法(ディスカウントキャッシュフロー、将来のキャッシュフローから現在価値を推計する手法)では、今後の成長ポテンシャルを十分に織り込むことができない。資産も適切に評価できないので、赤字の中小企業と同じ評価となり、社内の承認を得られることはまずないだろう。
日本の大企業がスタートアップへの投資やM&Aを検討する際には、CVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル、事業会社がベンチャー企業に投資するため設立したファンド)などから案件が持ち上がり、ファイナンスの観点から将来成長性を評価することが多い。その後投資や買収に至っても、戦略上、自社のコア事業にどう組み込むかまで明確に描ききれていないことがほとんどだ。一方、GAFAMがスタートアップを買収するときは、大方の場合CEOの決定事項ととらえられ、事業戦略の一環として行われる。こうした戦略上の位置づけも、買収後にスタートアップを活かせるかどうかの差につながっている。
買収まで至らずとも、スタートアップとの連携やエコシステムの構築を検討する企業も多いだろう。両者の協業にはメリットがあるが、スピード感の違いが障害となる。大企業は意思決定に時間がかかり、スタートアップが求める即時性とズレが生じる。文化や働き方の違いも大きな課題だ。大企業は明確な役割分担のもと事業を進めるが、スタートアップでは柔軟に役割を超えて動くことが多い。
これらを打破するために、大企業は、なぜスタートアップを活用する必要があるのか、そこで何を得るのかを今一度、明確にしておくことが大切だ。「自社の事業とのシナジー創出を目指す」と漠然と掲げるだけではうまくいかない。例えば、エネルギーに溢れるスタートアップは、現状を維持しようとする力が働きやすい大企業の組織に揺らぎや非連続性をもたらし、変革のきっかけになりうる。あるいは、コア事業に不可欠なミッシングピースの獲得が目的になる可能性もある。EV(電気自動車)であれば、電池、GPS(全地球測位システム)、半導体チップ、充電設備用の土地など発想を広げて、何が競争優位に結びつくのかを考えてみることだ。
大企業×スタートアップの組み方パターン
スタートアップとの連携やエコシステムの構築を検討するときに、買収以外にCVCなどインキュベーションの機能を通じて少額を出資して支援する、事業開発的にパートナーシップを組み、PoCを行う、などの選択肢を想起する企業も多い。しかし、実際はそれら以外にもさまざまな組み方が考えられる。ニーズや狙い、時間軸に応じて使い分けていくことが重要だ。
図表は両者の組み方のパターンを幅広く紹介したものだ。①②のように、大企業の機能の一部をスタートアップに担ってもらう取り組みも始まっている。業界横断のパターンもあれば、個社同士の組み合わせも考えられる。

日本企業にとっておそらく最も使いやすいのが、③のジョイントベンチャーの形式だろう。大企業同士が共同出資してスタートアップを設立したり、大企業とスタートアップが組むためにJVをつくる方法だ。親会社と切り離して活動ができ、人材を出向させる形も取れる。
⑤の社内ベンチャーなどをスピンオフさせる形式も、大企業にはなじみやすい。完全なスピンアウトと異なり、親会社との関係は維持される。特に注目されるのが、親会社を退職せずにスタートアップを立ち上げる出向起業制度だ。東レのモデルプロジェクト、ムーンレイカーズがこれにあたる。出向扱いで親会社に戻れるチケットがあるので、起業に関心を持つ社員が安心してアイデア創出や挑戦をしてみることができる。
自社を進化させるパートナー
スタートアップの間では、真っ先に動くファーストペンギンは尊敬の対象となるが、大企業では最初に捕食される無謀な挑戦者とみなされがちだ。しかし、誰かが1つでも成功例をつくれば、ほかの企業も追随しやすくなり、新たな試みが増えていくだろう。
大企業にとってスタートアップの活用は数ある選択肢の1つにすぎないが、慣性の法則を打ち破り、かつて持っていたイノベーションの力を取り戻すための起爆剤となりうる。ハードルを乗り越え、それを実現するには大企業側が変わる必要があろう。 その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、日本企業が今後10年超にわたって持続的な成長を実現していくうえで経営者が優先的に考えるべき10の重要論点を提示する。第9章「スタートアップとの協働――企業のイノベーションの起爆剤に」では、大企業はスタートアップとどう向きあうべきか、さまざまな角度から考察している(詳しくはこちら)。