“出世ルート”的人事運営からの脱却とタレントプールの可視化が鍵

「あの有名企業が経営危機に陥っている」「噂された大型M&Aが遅々として進んでいない」――。そんな様子を見たときに「経営陣の能力不足なのでは?」と思ったことがあるのではないだろうか。

現に経営人材(経営者=CEOをはじめとするCxO、意思決定にかかわる経営層)の育成は、多くの企業にとって重要でありながら解決が難しい問題と捉えられている。日本を含む世界各国6,900人を対象にしたBCGの調査でも、人材関連の課題を「将来的な重要度」と「現状の充足度」の観点で評価してもらったところ、リーダーの育成や経営人材のマネジメントが優先度の高い課題として特定された(図表1)。どの企業にとっても、経営人材の育成は他人事ではない。

BCGは日本を含む世界各国6900人を対象にした調査を実施し、人材にかかわる32項目について、企業が取り組むべき優先順位を特定した。「リーダーの育成」は1位、「経営人材マネジメント」は5位と、優先度の高い課題になっている。

日本式の社内育成モデルは破綻しつつある

そもそも、経営人材の育成はどのように行われるのだろうか。その方式は歴史的に、英国・米国・日本で異なる。

英国は士業型で、会計士(Chartered Accountant)としての教育と経験を経て経営者となる傾向がある。米国はビジネススクール型で、経営能力の育成は教育機関で行われ、大学やMBAを出た幹部候補と一般社員が区別され、経営人材は能力に見合うポジションに転職しながらキャリアを積んでいく。

一方の日本は社内育成型で、古くは丁稚奉公から番頭になるように、新人の頃から1つの会社に勤め、社内での出世を通じて経営人材に育っていく。

日本の社内育成モデルは、会社にロイヤルティ(忠誠心)を持って勤める終身雇用を前提に成立してきた。有能な社員は長く会社に在籍しているため、現任者が多くの候補者の中から、パーソナリティや“派閥”といった関係性も考慮しながら選ぶことができた。

しかし、近年は事業環境や人材市場が変化し、このモデルは破綻しつつある。かつては“35歳転職限界説”などといわれ、中堅以上の有能な社員は転職しないことが前提だった。ところが、新規事業展開のために有力な中途採用社員がどんどん入社してきたり、有能な社員ほど社外にもチャンスを見つけて退職したりといった事態が当たり前になってきている。結果的に、いざ経営人材を選定しようと思っても、望ましい人材は社外に流出していたり、社歴が浅いために目に留まりにくかったりする。

経営人材には意思決定力が求められる時代

さらに、経営人材に求められる資質の変化についても着目したい。安定した国内市場で継続的に事業を行う分には、社内で順当に経験を積んできた中間層に対して、経営者が「良きにはからえ」と決断を任せることも可能だった。経営層に求められるのは、経験に基づく長期的な展望やチームワークの促進、社内や業界内に「顔が利く」といった資質だった。

しかし、国内市場が停滞する中で海外市場や新規事業に打って出るには、経営レベルの大きな決断が求められる。特に海外企業と渡り合う必要のあるM&Aや提携においては、経営陣の意思決定のスピード・質が非常に重要になる。

かつての日本式では通用しなくなっている今、だからといって米国式や英国式を真似することも現実的ではない。日本企業の特徴に合った形で最適な方法を模索することが、継続的な経営人材の育成につながる。

“出世ルート”ではなく“キャリアパス”を構築する

この状況を踏まえた対応策として、「①タレントプールの管理」「②優秀な人材を育てるキャリアパスの構築」を両輪で実行することを提案したい。

①タレントプールの管理
図表2はタレントプール管理の一例だ。重要ポストについている人材ごとに「年齢」「後継候補者」などの情報を管理する。後継候補者については、「即時昇進可能」「追加1年/2年の経験が必要」といったステータスを連動させておく。12カ月以内のリタイア・交代が予定されているポストの後継候補者に「即時昇進可能」が1人もいない場合、対応の緊急性が高くなる。

経営人材のタレントプール管理の一例。重要ポストについている人材ごとに「年齢」「後継候補者」などの情報を管理する。後継候補者については「即時昇進可能」「追加1年/2年の経験が必要」といったステータスを連動させておく。

タレントプールをこのように可視化しておくことで、人材不足に早めに気づくことができ、いざ経営陣を交代するときに候補者がいないという最悪の事態を避けることができる。

②優秀な人材を育てるキャリアパスの構築
十分な質と量のタレントプールを持つためには、それに特化したキャリアパスの構築が欠かせない。人材の流動性が以前より高まったとはいえ、日本企業の強みはやはり自社で育成した経営者である。

ただし、計画的に構築したキャリアパスと、「経営陣は営業出身が多い」「人事部門の経験者を経営層に上げる」といったいわゆる“出世ルート”は全く異なることに留意する必要がある。出世ルートの難点は、経営人材が「社員ファミリーの中でも、似たような特性を持つ出来の良い子」に偏ってしまうことだ。また、これまで良かれとされてきたルートでの経験だけでは、変化の激しい経営環境に対応する力を養いにくい。

例えば、従来はポテンシャルの高い候補人材には企画力や社内調整力をつけさせることを重視して、人事や経営企画などの本社コーポレート機能に配属させる考え方が根強かった。今後は、新規事業の立ち上げなどに積極的にチャレンジさせ、既存の枠におさまらない能力をつけさせることが求められる(図表3)。

経営人材の計画的なタレントマネジメントでは、人材の伸びしろを考えたチャレンジングな配置や、会社全体にとっての最適を考えた戦略的ローテーションで人材を育てていき、5%以下に選抜して候補を絞っていく。

キャリアパスの方向性、つまりどのような資質をどのパスで育てるかは、各社の目指す経営人材のあり方から逆算して構築することになる。設けられるパスとしては一般的に、外部の視点から自社を見るという意図で「アウェイの経験(グループ会社、買収先、海外拠点、留学等)をさせる」、経営の基礎知識を持たせる意図で「企業運営の素養が身に付く経験(財務経理、子会社経営等)をさせる」などがある。

成長意欲のある優秀な社員にとって、良い経験ができるキャリアパスはモチベーションやロイヤルティの向上にもつながり、結果的に優秀な人材がタレントプールに残ることにも貢献する。

経営人材の育成には時間がかかり、先を見据えて人を選抜しなければいけないうえ、せっかく育てた人が退職することもあり、心理的な負担も大きい。しかし、国内の労働人口の減少が明らかな中で、優秀な人材の獲得競争はますます熾烈になる。早期に取り組まなければ企業の競争力は維持できない。各部署が現業を磨き上げ、経営者が「良きにはからえ」と任せていられる古き良き環境は戻ってはこない。

経営人材の育成は企業の根幹に触れる取り組みであり、単に人事の問題ではなく、自社の未来を占う重要な経営課題である。まずは自社の目指す姿を見定め、そのための人材確保に向けた手立てを決断する力こそ、いまの世代の経営陣に求められている資質といえよう。