第1回 「2025年の崖」なぜ日本企業はシステム投資に失敗するのか?

システム投資はIT部門や情報システム部門に任せておけばよい。
経営者として舵を取らなくても、餅は餅屋に任せておけばよいという発想で、自分事ではないと考えている経営者は、今すぐその意識を変えてほしい。
年々、事業環境は複雑化している。外を見れば、政治の変化や環境問題、内を見れば、物流や人材の問題など、経営の舵取りは困難を極めている。そのような中、システム投資について、経営者が理解しておく必要があるのか?答えはYESである。 本シリーズでは、過去の失敗事例やベンダーの実態を明らかにし、システム投資で失敗しないために経営者が理解すべきことを提示する。
工期、予算、品質が予定通りに進まない
昨今、さまざまな企業でシステムトラブルが相次いでいる。数カ月間製品が出荷停止に陥る事例や、訴訟に発展する事例など、テレビや新聞で見かけたことがあるだろう。実はメディアに取り上げられるのは氷山の一角で、表には出ないが、システム投資に問題を抱えている、もしくは投資に成功したとは言えない企業は多い。
BCGの調査によると、 500人月以上規模のシステム投資において、予定した工期・予算・品質(QCD)を実現できた企業は2割を切る状況で、この数字は年々悪化している(図表1 )。この背景には、そもそもプロジェクト成功の定義ができていない、あるいはシステム投資によって何を実現したいのかゴールを明確にできていない企業が非常に多いという現状がある。例えば、システムを標準化する(Fit to Standard)というのはあくまで手段(How)であって、データの見える化をする、コストを削減する、プロセスを事業横断で共通化してシンプルな意思決定を実現するなど、ゴールを決め切れていないケースや間違った効果を想定しているケースが多くみられるのだ。

また、その財務インパクトも深刻だ。ある産業機器メーカーでは、ERP(統合基幹業務システム)を導入したものの、IT部門とビジネス部門間で業務の標準化について連携できず、保守運用段階になって追加のシステム変更で200億~450億円もの追加投資を行わざるをえなくなった(図表2 )。この金額はほぼ外部ベンダーへの支払額であり、自社の人員投資やその期間の機会損失を考慮すると、その財務インパクトはさらに大きくなる。
これだけの金額を失い、失敗と判断せざるを得ない状況を経営課題ではないと言えないはずだ。

企業のビジネス関連のソフトウェアのなかで、失敗が多発しているのが基幹システムだ。昨今、 システムが老朽化し、レガシーシステムの更新、刷新が必要となっている。財務管理や販売管理、生産管理などの基幹システムは、営業日報管理や人材管理、コールセンター管理などの周辺システムに比べ、その管理対象が広く規模が大きくなりがちで、かつ複数の機能連携が必要となるため、調整が複雑化し、失敗につながるケースが多い。
システム投資失敗の理由① 基幹システムに効率性向上を期待してしまう
では、なぜ日本企業はシステム投資に失敗するのか。まずは、基幹システムに特徴的な問題がある。システム導入に際し、ついついオペレーションの「効率性向上」という期待をしがちである。しかし、基幹システムは、あくまでビジネスを実行する上での基本機能であり、効率を上げたり、品質を上げたりするものではない。企業活動をデータとして記録することが主目的であり、これをもとに成果を生み出すのはビジネス部門の役割で、基幹システムの役割ではない。これを理解せずに、システム導入をスタートすると悲惨なことになる。データを起点に考えることと、業務オペレーションを起点に考えるのでは、発想も導入の仕方も根本的に変わってくることを念頭に置いてほしい。
システム投資失敗の理由② システムが分かる経営者が少ない
企業の構造的な問題として、まず、経営者の理解不足に要因がある。システム導入の経験を持つ経営者はまだまだ少なく、経営戦略と基幹システムとのつながりを良く理解しないまま、「業務の標準化を目指そう」「データで業務全体をつなげよう」など抽象的な指針を掲げ、上位戦略と連結がなされないままプロジェクトを進めるケースが頻繁に見られる。このような場合、投資対効果が重視される傾向があり、本来、投資対効果が見えづらい基幹システム導入おいて、経営者の期待値とのギャップが生じ失敗につながることになる。
経営者の理解を促し、プロジェクトを成功に導いた事例も存在する。例えば、ある化学メーカーでは、ベンダーから提示された莫大な見積もりに対し、事業戦略や機能戦略の観点から重要不可欠な機能と、標準化しても問題ない機能を整理し、優先順位を付けた。加えて、各ビジネスの役員クラスに対して、システム導入の意味や難易度を投資余力などを踏まえて整理し、共有することで理解を深めた。この結果、当初のベンダー見積もりに比べて約半分、200億円以上のコスト削減に成功した。
システム投資失敗の理由③ ビジネスが分かるIT部門者が少ない
IT部門 の社内における地位が高くないことやIT部門出身の役員が少ないことなども失敗の要因として挙げられる。IT部門は、以前に比べて大きく改善されてきたものの、依然として社内での地位がそれほど高くないことが多く、IT部門出身者が取締役会メンバーに加わっていないケースが多いのも事実だ。その結果、IT部門がプロジェクトの主導権を握り、意思決定を行いながら進めることが難しい状況が頻発している。
IT部門とビジネス部門間の人事ローテーションを行い、相互連携を深めようとする企業も増えている。だが、その対象が主に担当者レベルに限られるケースが多く、ビジネスの責任や権限を持つ人材がIT部門に異動する例は少ない。このような背景から、IT部門とビジネス部門の連携が円滑に進まないという問題が生じている。

システム投資失敗の理由④ システム刷新の経験者がいない
そして、そもそもシステム導入やシステム刷新にくわしいIT部門の人材がいない、という要因もある。基幹システムの導入は、そう頻繁に起こらず、10年に1回、場合によっては30年変えない企業もあるほどで、システム部門の経験が深まらないのだ。
社内にいないのであれば、システム刷新にくわしい人材を中途で採用する、という手も考えられるが、海外に比べ日本ではまだそのような人材が労働市場に少なく、難しい状況だ。システム系の人材は、日本の人材市場の中でも流動性がまだまだ低い。
例えば、ある物流企業では、物流のオペレーションシステムの統合プロジェクトを始めたが、スタート段階で、既存のシステムの設計書がなかったため、ビジネス部門が要件や機能をピックアップし、その網羅性を担保しようとした。これが理由の1つになり、基本設計、要件定義、詳細設計、開発など各フェーズで遅延が生じ、最終的には1年以上遅れたにもかかわらず、求めるシステム品質を担保できず、最終的にシステム導入を断念した。
システム投資失敗の理由⑤ ベンダー側のサービスレベルが低下している
外部要因としては、システムベンダーのサービスレベルの低下が挙げられる。企業にシステムが活用され始めた50年以上前と比べると、システムの対象となる領域が広がり、ベンダーの数も増加し、規模もかなり大きくなっている。一方で、システムベンダーが対応すべき業務範囲も拡大し、それぞれの機能や役割が細分化されている。それにより投入人員の増加でプロジェクトマネジメントが難しくなっていること、プロジェクトの数が多くなり優秀な人材を配置できないことなどの要因で、ベンダーがリスクを負いながら最後まで責任を持って対応するケースが減少している。ユーザー企業側の認識とより一層大きいギャップが生まれており、課題が拡大している。
例えば、ある大手インフラ企業 ではシステムの更新を決めたが、プロジェクトが開始されると、ベンダーに業務を丸投げし、既存機能をほぼそのまま移管しようとする無謀な進め方が取られた。その結果、プロジェクトが混乱し、3年の年月と膨大な資金が投入されたが、最終的にシステムを使用しない判断が下された。これにより、200億円を超える減損が発生し、訴訟問題に発展した 。 IT担当にシステム刷新の経験が乏しかったことや、ベンダーのサービスレベルの低下が引き起こした失敗事例である。
“ITしくじり”の解決への道
多くの企業が老朽化したシステムの更新を迫られ、「2025年の崖」と呼ばれる困難に直面している。その要因として、経営層の理解不足や、システムがわかる経営者、ビジネスがわかるシステム部門者、そしてシステム刷新がわかるシステム部門者が少ないという問題がある。このような課題をどのように解決できるのか、次回以降でその考え方や方策を示していきたい。