渋滞ゼロ、事故ゼロ、排出ゼロを目指す都市交通の解決策
世界中の都市交通が、交通渋滞、事故、排出ガスなどの課題に直面している。たとえばロンドンでは、ラッシュ時の10キロの移動に平均37分かかり、運転手1人あたり年間148時間もの時間を無駄にしている。交通事故による死者数は世界中で年間130万人を超え、特に新興都市では死亡率が高い。また、世界の都市人口の90%以上がWHOの健康基準を満たさない環境で生活しており、自動車中心の都市では排出ガスが日常的に基準値の5倍を超える場所もある。
こうした問題は、都市化と自動車の増加によって今後さらに悪化するだろう。都市人口は2050年までに20億人増加、都市化率は約70%に達し、自動車の台数も現在の約15億台から約24億台に増加する見込みだ。特に新興国では通行量の増加が顕著で、道路のキャパシティ不足が一層深刻化するだろう。
多くの都市では長期的な戦略的計画を立てられず、状況の改善に苦しんでいる。米国の都市部では道路網を拡張してきたが、短期的には渋滞を緩和できても、長期的に見ると、自動車通勤者が1年で失う移動時間が過去30年で約3.7倍に増加するなど逆効果になっている。このような課題に対処するため、BCGが過去10年間にわたり行ってきた数多くの都市モビリティプロジェクトを基に、個人の自動車移動を公共交通機関や徒歩、自転車といったアクティブな移動手段に移行させるための現実的かつ段階的な戦略を提案する。
①現状を把握し、未来のビジョンを描く
まずはその都市の交通手段別の利用率や渋滞、事故、排出ガス量などを分析して現状の課題を把握することが重要だ。交通手段別のシェアについて、世界全体の平均値では、自家用車やバイクが約39%、公共交通機関が約32%、電動スクーターなどのマイクロモビリティと徒歩が約29%と、各交通手段が同じくらいの割合で利用されている(図表1)。
しかし、これらの数値は都市の特性や開発段階によって大きく異なる。たとえば米国では、シカゴをはじめ多くの都市で交通手段の70%以上を自家用車・バイクが占めているが、東京やシンガポールなどアジアの多くの都市では公共交通機関の利用割合が圧倒的に高い。
改善策を立てるには、交通手段別の利用率だけでなく、渋滞などの指標も考慮する必要がある(図表2)。たとえば、アムステルダムは渋滞に関しては損失時間が年間平均でわずか17時間と優れているが、安全性については改善の余地がある。各都市の違いを踏まえて分析することで、どのように交通課題に取り組むべきか考えるための仮説を立てられる。
また、効果的な都市交通システムを実現するためには、明確なビジョンを持つことが大切だ。そのためには、次の条件を満たす必要がある。
- 環境サステナビリティや住民の生活の質に影響を与える、渋滞、事故、排出ガスといった主要な交通課題に対処すること
- 交通手段のシェアを5%移行するには通常5年以上かかるため、5~10年の長期的な視点で計画を立てること
- 財政的な制約や資源を考慮し、実現可能な交通システムを選ぶこと
②解決策を整理し優先順位付けをする
現状と将来のビジョンを比較して浮かんだギャップをどう埋めるべきか。交通手段別のシェアは、公共交通機関のキャパシティを増やすか、自家用車の利用を減らすなどの施策により、バランスの取れた移行を実現することが重要だ。
BCGでは、100を超える潜在的な施策案を3つの主要カテゴリーに分け、解決策の選択肢を整理した(図表3)。しかし、これらの案がそれぞれ同程度の影響力を持つわけではなく、すべての都市に適しているわけでもない。例えば、新興都市では基本的なインフラ整備に重点を置く必要がある一方、発展した都市では、住民が日常生活で必要とする基本的なサービスや施設に徒歩または自転車で15分以内にアクセスできるよう設計された「15分都市」などの先進的な計画を検討できる。
まず、リストの中から最も効果的であろう15~20の案に絞り込むことから着手すべきだ。このステップは極めて重要で、少数の施策が大部分の効果を生み出すことが多い。最近のプロジェクトでは、自家用車に関する13の施策のうち5つが、全体の移動削減効果の95%以上を達成した。効果的な順序付けを行うには、各施策案の純粋な影響を評価するだけでなく、需給バランスやコスト、導入時間といった要因も考慮する必要がある。
こうして分類した「即効性のある施策」は、低コストで高い効果、最小限の干渉、迅速に実施できることが特徴で、優先的かつ即座に実施すべきだ。「中長期にわたる優先事項」については、さらなる評価が必要だ。評価は、仮想空間で都市モデルを再現するデジタルツインを使用したシミュレーションを使えば、各施策案のコストや労力、効果を徹底的に推計できる。
③即効性のある施策から始める
都市の変革プロジェクトは長期にわたり、費用もかさむため、理想は6~9カ月以内に目に見える成果を出すことだ。これにより市民の支持とプロジェクトの勢いを生み出せる。主要交差点でのバス優先レーンの設置や有料駐車区域の導入、自転車レーンの設置、ダイヤの改善などの施策は、公共交通機関や自転車、徒歩移動の効率性と利便性を向上させる。
④中長期の取り組みを計画に統合する
中長期的な取り組みは、都市交通システムの変革の大部分(通常、75~80%)を占め、インフラ建設など多額の資本支出を伴うプロジェクトが含まれる。将来が不確実な中で最も効率的に資本を配分するには、複数の長期的なシナリオを評価し、その影響を十分に理解することが不可欠だ。
状況はさまざまだが、同様の変革を成功させた他の都市を調査することで貴重な洞察が得られる。たとえばシンガポールは、市民が交通渋滞で失う時間はわずか年間26時間と、渋滞を克服した都市として知られる。これは、体系的な道路課金制度の導入や発達した公共交通機関によるものだ。
東京は「世界で最も安全なメガシティ」であり、公共交通機関への大規模な投資と歩行者の安全対策により、人口10万人当たりの交通事故死亡者数が1人未満となっている。コペンハーゲンはサステナビリティへの取り組みで先駆的であり、自転車専用道路の整備により、マイクロモビリティや徒歩のシェアが40%を超えている。こうした成功事例からは、どの取り組みが効果的か、それらをどのように順序立て、より広範な交通計画に統合していくかの理解を深められる。
⑤デジタルツインを活用する
現実の建物や地形を仮想空間に再現するデジタルツインを使うことで、実際の移動パターンを明らかにし、緊急対応が必要な問題点を特定できる。問題に対処するためのさまざまな解決策を提案し、シミュレーションするのにも役立つ。また、人口増加や交通手段の変化など、状況の変化を継続的にモニタリングし、必要に応じて戦略をリアルタイムで再評価し調整できる。
⑥組織を調整し、市民とコミュニケーションする
データに基づく意思決定を支えるには、テクノロジー専門部門を含む強固な組織構造が必要である。テクノロジー部門は、デジタルツインの管理だけでなく、施策の成果の追跡や、需要の変化などの最新データに基づく調整を行う上でも極めて重要だ。たとえば、ロンドンでは乗客の行動の変化に対応するために、毎年バス路線の約20%を見直している。これは、交通サービスを常に機敏かつ効率的に保つために必要なアプローチだ。
交通システムの変化の過程で市民を中心に据えることも大切だ。計画された施策について透明性をもって伝え、フィードバックの手段を提供することで、市民の信頼を得られる。ロンドン交通局では、バス路線の調整案や自転車専用レーンの計画案をオンラインで公開し、市民からの意見や提案を募集し、苦情の受付窓口も設けている。
都市交通の変革は複雑な課題だが、適切に取り組めば大きな成果を上げることができる。時には混乱が生じることもあるが、成功を収めるためには、バランスの取れた包括的なアプローチ、長期的な視点、データの重視といった基本的な原則を守ることが重要だ。
都市モビリティの変革は、究極的にはそれ自体が目的ではなく、活気ある持続可能な都市を構築するための手段だ。何百万人もの人々の移動は、何十億ドルもの価値を生む。そこに至る道筋は困難を伴うが、正しいビジョンと実行力があれば、都市は効率的で安全、かつ持続可能な交通システムを構築し、次世代に向けてより明るい未来を切り開くことができるだろう。
調査レポート:Moving Millions: A Recipe to Make Urban Mobility Work(2024年10月)