「真のインクルージョン」実現へのステップとは 【対談】勅使川原 真衣×木村 亮示 (後編)

異なる価値観を持つ人たちが協働するのは難しい。お互いの価値観を認め合い、真にインクルーシブな職場を実現するにはどのような行動が求められているのか。実現に向けてどのようなステップが必要か。BCGのアラムナイ(卒業生)であり組織開発の専門家として活動中の勅使川原 真衣氏と、BCGで人材チームのアジア太平洋地区 総責任者を務める木村 亮示が語る対談の後編。

木村 不透明、かつ変化の速い事業環境の下では多様性が重要になることは企業も理解している。一方で、多くの企業で組織はまだ人材の同質性を前提としたものになっている。異質な人材同士が協働するのは大きなチャレンジです。このチャレンジを乗り越えるためには互いの価値観を受け入れる、真のインクルージョンが必要になってくる、という話をしてきました。

異なる考えを持つ人たちが認め合うことは、実際の職場では本当に難しいことです。具体的にはどのようなことがポイントになりますか?

第一歩は、互いの合理性を受けとめ、コンテクストに想像をめぐらせること

勅使川原 相手の合理性、コンテクストをきちんと尋ね直し、一度受けとめることでしょうか。「何やってるんだ」と怒ったり、否定したりせず、「ああ、そうやったのね、なるほど面白いね」になれるかどうか。

木村 そうですね。誰かの発言をおかしいな、と感じたとき、「なぜそう思うのか」と聞くとすごく面白い新しい考え方が背後にあることも多い。

勅使川原 相手に尋ね直し、相手の合理性を一度受けとめる――なんて言うと、難しそうに聞こえるかもしれませんが、木村さんのおっしゃるように、聞き方を変える、つまりは問いを変えるということなんですよね。私はこの、問いを変えるという行為が異才の活躍を手助けするトレーニングになると思っています。「なぜできないの」を、「(あなたには)何が見えているの」「何を思ったの」に変えていくことでしょうか。

私の息子は漢字を覚えられなくて、学校の先生に「どうしてやる気がないの」「なんでこう不真面目なの」という問いをぶつけられてきた。でも、専門機関の先生が「この漢字は〇〇くんにはどう見えている?」と聞いてくれたとき、息子が「『豆』という漢字は白、『東』は青に見える。ただ、『質』には色がないから覚えられない」と答えたんです。それで初めて、ああ、大人が問いを間違えていたのだと気づかされました。大人の問い方の未熟さを、子どもの能力の問題に勝手に還元していたのだ、と。

問いを変えることは、初めからうまくいかなくても、訓練可能です。スキルとしてまず試行錯誤してみることが、どんな組織(2人以上の人間が目的をもって集まること = パートナーシップや親子も組織と考える)にも必要ですよね。


勅使川原 真衣(てしがわら・まい)

組織開発の専門家。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。2017年に組織開発を専門とする「おのみず株式会社」を設立。企業はじめ病院、学校などの組織開発を支援する。二児の母。2020年から乳がん闘病中。

はじめての著書、『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社 2023年)が大きな反響を呼ぶ。2024年、『働くということ 「能力主義」を超えて』(集英社新書)、『職場で傷つく職場で傷つく~リーダーのための「傷つき」から始める組織開発』(大和書房)を上梓。2024年12月には『「このくらいできないと困るのはきみだよ」?』(東洋館出版)、2025年1月に『格差の“格“ってなんですか? 無自覚な能力主義と特権性』(朝日新聞出版社)が刊行予定。論壇誌『Voice』(PHP研究所)などで連載中。


木村 私と同僚の木山聡さんとの共著『BCGの育つ力・育てる力』(日経文庫)でも、「なぜできないの」ではなく、「何をやっていたのか」だ、という話を書いています。みんなさぼっているわけではなく、「何か」をやっている。ないものの中には答えがない。実在しているのは「やったこと」であり、やらなかったことに原因を求めることはできません。「正しく問う」ことを当たり前にしていくにはトレーニングが必要で、スキル、カルチャーも含めて変えることが求められている。

勅使川原 おっしゃる通りです。加えて、何はともあれ本人からのアウトプットを引き出す、相手の口を途中でふさがない、という素朴なことも大事だと思います。

逆のパターンで言うと、部下も上司のコンテクストを想像できると変わってきます。上司は上司で、同質性を前提とした仕組み、それで評価されてきた経験などの「履き古した靴」を履き続けているのかもしれない、と思いめぐらすこと。そう思うと、上司は上司で靴擦れしたまま踏ん張っているのかもな、と思い至る。

木村 そうですね。上司と自分の意見が分かれた時に、自分にない引き出しや考え方、ものの見方があるはずだと考えることは、自分の引き出しを増やすことにつながる。賛成・反対ではなくて、背景や状況、自分がその立場になったときに違うことができるのかというところまで想像をめぐらせて向き合うのが大切です。

ただ、それはまだお互いにできてない。できているならこの本は話題になっていない(笑)。 経営側としては常にさまざまな意見を取り入れるのは難しいので、効率性に舵を切るべき時も多々ありますが、無意識にそうするのと、意識してそうするのとは大きな違いだと思います。

勅使川原 本では「ケア」という言葉で結んでいるのですが、他者の複雑なコンテクストへの想像力を働かせる前準備としては、傷ついたことを認めるとか、傷つけてしまったかもしれないことを認めあう瞬間があってもいい。

新しい取り組みを始めましょう、これから変わっていきましょう、のかけ声の前に、これまでの奮闘や努力を一度は受けとめるワークショップを挟み込むと、軌道に乗りやすいことが組織開発の中でもままあります。


木村 亮示(きむら・りょうじ)

ボストン コンサルティング グループ マネージング・ディレクター&シニア・パートナー。BCGアジア太平洋地区 人材チーム総責任者。国際協力銀行を経てBCGに入社。京都大学経済学部卒業。HEC経営大学院経営学修士。

共著に『BCG次の10年で勝つ経営』、『BCGが読む経営の論点 2024』(日本経済新聞出版)ほか。 2015年に刊行しロングセラーとなっている『BCGの特訓 成長し続ける人材を生む徒弟制』(BCGマネージング・ディレクター&シニア・パートナー木山 聡との共著、日本経済新聞出版)に増補改訂を加えた日経文庫『BCGの育つ力・育てる力』が2024年10月に刊行された。


評価の軸、頑張る矛先を明確にすることも重要

勅使川原 他者の合理性を考えるうえでは評価の軸も大切ですが、現状では組織のゴールを分解した個人の成果の定義が曖昧なことが多いです。その合意がなされないまま来ていることで、ひずみが生まれている。レゴの話で言えば、「何を作るから、あなたはどんなピースを目指してほしい」という合意がないまま、ひとたび失敗すると「それはだめ、あなたはできない人」「理解力が足りない」などと評価されてしまう。成果の定義、個人でいえば職務要件もそのひとつですが、もっと詰めた方がよい。

ただ、組織においては「みんな違ってみんないい」わけではない点は強調してもしすぎることはありません。私の本を読んだ人が、じゃあ頑張らなくていいってことですか、と飛躍して結論づけてしまうことがあるのですが、どうせ頑張るならば頑張る矛先をはっきりさせていこう、というイメージです。

木村 ゴールの定義に関しては、マクロの時代背景が影響しているのではないでしょうか。今日の延長線上に明日がある時代、かつ組織が比較的同質的な人材で構成されているときには、ゴールの定義はそれほどはっきりしていなくてもなんとかなる。でも、今、明日は今日の延長ではない。戦略も組織もオペレーションも全て変えなければいけない、とクライアントが私たちに相談している、つまりは、日本企業はそういう状況にある。

暗黙知としての正解が、実は気付かないうちに正解ではなくなっている、より正確にいうと、あるタイミングの誰かにとっての正解でしかなくなっている。それを前提に、組織のあり方や人と人の関係をつくり直さなければならないと思います。

インクルージョンの本質は多様な見方を「組み合わせる」こと

勅使川原 『BCGの育つ力・育てる力』の5章で、コンサルティングの「コンテンツ」と相手の「コンテクスト」の関係について書かれていたくだりを興味深く読みました。コンテンツが主、コンテクストが従、という主従関係ではなく動的な相互関係にあって、一般解として正しいプレゼンテーション資料でも、相手のコンテクスト次第では正解にならない、また逆も真、という。

木村  BCGはクライアントのコンテクストを理解した上で、どうしたらクライアント組織の中の傷ついている人たちに寄り添って一緒に変えていけるかを大切にしている。だから成功しているという面もあります。組織としての価値観にのっとった選択をせざるを得ない側面はあるが、会社としての選択はある文脈の中の選択にすぎない、だからそこに入らなかったものが正しくないわけでは決してない。そのバランスが大事だと思います。

『働くということ』 を読んでよいと思ったことのひとつが、不安定な状況が実は安定していると気づかせてくれたことです。人間、白か黒か、正誤や善悪でケリをつけることで安定したいと思う。実は今の時代は白か黒かのほうが不安定で、安定とはグレーなのではないかと。しかも揺らぎを持っている状態のほうが安定している。個人や組織の中に五重塔のような揺らぎを持てるか。

勅使川原 BCG在職中に、森健太郎さん(現シニア・アドバイザー)が日本経済新聞の「名著を読む」という連載で『木のいのち木のこころ』(西岡常一ほか、新潮文庫など)を紹介していたのを10年近く経つ今もよく覚えています。宮大工は木材の癖や性質を見て木組みを考える、という話があったのですが、組織開発をするなかでも、そのことへの確信は日に日に増すばかりです。

私の本の中でも、それぞれ異なる見方を持つ他者と「組み合わせる」ことで、組織全体の視野狭窄に待ったをかける、それが多様性であり、包摂であり、エンパワーメントの本質的な意味だ、と書きました。BCGが掲げている「多様性からの連帯」も、まさにその組み合わせに、組織や社会のさらなる成熟や発展の糸口を見出すという意味で、実に統合的な実践だと今日改めて感じました。