不透明な時代のリーダー:『戦争論』からの洞察【BCGクラシックス・シリーズ】

地政学リスクやエネルギー問題など解決すべき課題が山積し、先行きを見通しにくい時代に、企業は難しいかじ取りを迫られている。「不透明な時代のリーダーシップ」は、2001年9月11日の米同時多発テロの翌年に発表された。不確実な経営環境で組織を導く企業リーダーに向けて、ナポレオン戦争時のプロシア軍司令官カルル・フォン・クラウゼヴィッツが著した『戦争論』からの洞察を紹介している。

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2001年9月11日の同時テロ事件となかなか底が見えない景気後退を背景に、経営環境は、経営者が思考停止に陥るほど不確実になっている。冒頭の言葉は、170年近く前にプロシア軍司令官、カルル・フォン・クラウゼヴィッツが著した「戦争論(On War)」からの一節であるが、この本は、不確実な環境下で組織を導くリーダーシップについての優れた洞察に満ちている。

クラウゼヴィッツは、フランス革命に始まりナポレオン戦争でヨーロッパ中に広がった前代未聞の社会・政治の大変動の時代を生き、その体験をとおして、典型的な「不確実性の世界」としての戦争に対する哲学を築き上げた。彼は、ナポレオンの存在に深く影響されて、はなはだしく不透明な時代には偉大なリーダーが登場すると考えた。

この本で、クラウゼヴィッツは、不透明な時代のリーダーシップに求められる三つの根本的要件について説いている。これらは軍事・政治分野のリーダーのみならず、現代の経営幹部にもあてはまる。以下、そのエッセンスをご紹介したい。

霧の中を見通す

一つ目は、不透明な霧の中でも『わかりうること』は見通しておく癖を磨くという知的要件である。多くの企業幹部は明確な解決策の上に現在の地位を築いてきた。したがって、正解やロジックを導き出す分析を重視する。こういう企業幹部が不透明な環境に直面すると、膨大すぎる可能性の範囲を絞り込み、迅速に結論に到達しようとしてしまいがちである。クラウゼヴィッツは、その全く正反対のことを主張している。不確実性は、障害となるのではなく、まさにビジネスを変換させる原動力であり、新しい機会を提供し続ける源泉であると。

したがって、不確実性に守りの姿勢で対応するのではなく、考慮すべき選択肢や可能性、シナリオの幅を抜本的に拡大して考えてみようと提唱している。クラウゼヴィッツの言葉でいうところの「両極端」(polarity)で考えてみる、言い換えれば、矛盾した複数の計画案を系統的に探求してみようというのである。

「両極端」を探求する目的は、統合や妥協、正解に到達するためではない。解決策を求めるのをあえて避け、徹底的に極端なオプションを探るためである。根本的に異なる結果を導く要因の『幅』を系統的に検討することにより、不透明な現実を観察する能力を磨くことができる。その中のある程度は、関連するデータの範囲を広げて考えたり、従来は考慮に入れなかった情報も検討するといった、データのレベルの問題でもある。しかし、最も大きいのは判断の問題である。同じデータをもう一度見て、さまざまな異なる見方や対立する考え方に基づいて考え直してみるのである。

「両極端」を探求することにより、クラウゼヴィッツの言う「無数の事象や関係の中から、何が最も重要で決定的なことかを識別するスキル」を築くことができる。これは行動を起こすために不可欠の準備である。偉大なリーダーが行動を起こすとき、その行動は外からは唐突、あるいは気紛れにさえ見えるものだ。しかし実際には、想定されるオプションや結果についての直観的な理解―クラウゼヴィッツの言う「凡庸な精神の持ち主には全く見えない真実を素早く認識する能力」―に基づいた行動なのである。

勇気をもって行動する

全ての情報が入手できない場合でも、「両極端」を探求することにより、行動を起こす準備をすることができる。しかし最終的には、知的な理解だけで、断固たる行動が起こせるものではない。それは勇気の産物であり、個人の意志の働きなのである。クラウゼヴィッツも書いているように、リーダーは「深い自信」をもっていなければ、のしかかるプレッシャーに負けてしまう。

知的側面で優れていても、躊躇や優柔不断にとらわれてしまうことも往々にしてある。クラウゼヴィッツが、「意思決定する必要性を認識している一方で、誤った意思決定に潜む危険性もわかっているため、せっかくの知性の力を生かせずに、リーダーとして何も決められない」と描写する状態に陥るのである。

こういうときこそ、個人の勇気が前面に出てこなければいけない。洞察が勇気と合体したとき、クラウゼヴィッツの言う「不確かな状況の中を勝ち抜く決断」が生まれる。真のリーダーは、「躊躇や手遅れになることを何よりも恐れる」のである。

現場に通じる

クラウゼヴィッツは書く。「戦争では全てが単純だが、往々にして、最も単純なものほど、その内部に難しさをはらんでいるものだ。一見小さなできごとが数多く生じ、それらが重なりあって効率が低下し、大幅な目標未達に終わることがある」

リーダーシップの要件の三つ目は、知的側面や心理的側面ではなく、実践的側面である。不確実性の中、複雑な組織内のさまざまな人間による多種多様な活動にわたって、どうやって施策や行動を統合化するかという課題である。

これはまさに、経営幹部が業務執行(execution)と呼ぶ領域である。不確実な時代には、効果的な業務執行は、それ自体リーダーシップの要件である。最も小さいディテールが最も大きな違いにつながることもある。だからこそ、リーダーは、細部に通じ、前線の人間と接触し、組織が直面している複雑性を充分理解していなければならない。ワールドトレードセンター撃破後の復興にあたった元ニューヨーク市長、ルドルフ・ジュリアーニ氏のように、リーダーはあちこちの現場に自ら姿を見せなければならない。

業務執行の細部に通じることは、まずいことになりそうな「無数の小さなできごと」を避けるためではなく、「無数の小さなできごと」が起きたときに迅速に適応するためにこそ、不可欠なのである。クラウゼヴィッツは次のように書いている。「思ったように物事が進まない。同じものなのに、近くで見るときと遠くで見るときとではまるで違ったものに見える。そういった現象が頻繁に生じる状況は、戦争をおいて他にない」。こういう状況でも、リーダーが業務執行の細部に通じていれば、思いもかけない結果に迅速に対応し、その場で新しい事実に即して軌道修正することができる。

このようなリーダーのコミットメントは、組織全体のエネルギーを引き出すためにも重要な方策である。クラウゼヴィッツによれば、フランス革命の力はフランス国民を動員する能力―フランスがヨーロッパを支配できるほど徹底的に人と資源を動員できたこと―によりもたらされた。同様に、組織のもつエネルギーを開放し士気を高めるリーダーの能力は、不確実性と変化に対応していかなければならない組織にとって強力な武器となる。

戦略の源泉

「両極端」のオプションを探求する知的想像力、不完全な情報しか入手できない状況でも断固とした行動をとれる勇気、組織のエネルギーを引き出すことにつながる業務執行の細部への実践的コミットメント―この不透明な時代に求められるリーダーシップの3要素は、同時に戦略の重要な3要素でもある。戦争が「不確実性の世界」だとしたら、不確実性は戦略の源泉である。

1カ月後、読者の会社の真のリーダーが、マネジャーや社員の集団の中から生まれるかもしれない。真のリーダーを認める戦略をもつべきである。もちろん、あなた自身も真のリーダーとなりうる一人になるべきである。

原典:  Leadership in a Time of Uncertainty(ボルコ・フォン・アーティンガー、2002年)