ジャズと交響楽に見るリーダーシップ【BCGクラシックス・シリーズ】

急速に変化する時代、さまざまな専門性を持つ社員の創造力を引き出すために、リーダーに必要なことは何か―。1990年にボストン コンサルティング グループ(BCG)が経営層向けに発表した「Jazz vs. Symphony」。交響楽団とジャズバンドの対比を例に、今日に通じるリーダーシップのあり方を解説している。

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創造力を持続的に引き出す新たなビジネスリーダー

最近、「リーダーシップの危機」という言葉を耳にする。21世紀に向けて組織を動機づけ、ひっぱってゆく強力なリーダーシップをもった人材が不足しているという声がよく聞かれる。しかし、見方を変えれば、従来とは異なるタイプのリーダーが求められていると考えることも可能ではないだろうか。

今日の企業においてきわめて重要な機能は創造機能である。変化のスピードがますます速くなるなかで、企業は自らの存在意義を常に再創造していかなければ生き残るのは難しい。ビジネスリーダーは、さまざまな分野の高い専門スキルをもった多くの人々の知識や思考力を活用して、こうした創造力を持続的に引き出していかなければならない。

多品種化、市場セグメントの精緻化、商品ライフサイクルの短命化への対応、新しい加工技術の活用、競合ポジショニングの再定義など、どんな課題に取り組むのであれ、経営者にとって最も重要なことは、今までにない独自の商品、プロセス、サービスを創造できるよう、自社組織をリードすることである。

定型的な仕事は、結局は単純な反復的作業に分解できる。実際、企業組織の原型は創造性をコントロールするためのモデルに源を発している。フォードの組立ラインの画期的な優位性は、個々の作業員が同一の仕事を、他との干渉なしに、集中して、毎回同じやり方で作業するという点であった。現代の組織も、マーケティング、生産、開発、財務といった専門機能別に編成され、組織の間に壁を設けるという形で、フォードの組立ラインと同様の設計思想に従っているといえよう。

こうした組織編成は、多くの従業員によく合っている。あらゆる専門組織に、専門性を深めることに専念し、自律性を重んじ、部門外からの指図や評価に抵抗するといった、共通した傾向がみられる。専門スタッフが目標を追求するのを奨励するあまり、顧客、他社、他部門が犠牲になってしまっている例も多く見られる。

つまり、現代のリーダーに最も求められているのは、急速に変化する環境のなかで全社的な目的を達成するために、さまざまな分野の専門性の高いスタッフをリードしていくことである。

それでは、どのようなリーダーであればこのようなことができるのだろうか。

多様なメンバーの共同作業で曲を創り上げる

クラシック音楽のなかでも交響楽(シンフォニー)は最も複雑な創作物だといわれている。それぞれの楽器で高い才能をもった多くの専門奏者を、ひとつにまとめあげる必要があるからだ。将来の経営者は偉大な指揮者のようになるだろうといわれたこともあった。

しかし、この喩えには一つ大きな欠点がある。それは、指揮者と違って経営者には、演奏する曲を与えてくれる人が誰もいないということである。一方で、アメリカ音楽は別の可能性を示唆している。

デューク・エリントンは作品の質・量ともに20世紀最高の作曲家の一人といわれている。しかし、演奏家としては飛び抜けて才能があったわけではなかったし、音楽理論家として優秀だったわけでもなかった。

それでは、彼の驚異的な創作力の源は何であったのだろうか。彼とともに働いていた人たちの話を総合すると、それは、ジャズ・グループの多様な個性をまとめて、ひとつの高度に創造的な音楽を創り上げていく方法にあったと考えられる。

エリントンがメンバーとの共同作業の中から曲を創り上げていく様を、彼のバンドのメンバーの一人は次のように語っている。まずエリントンが漠然とした断片的な曲のアイデアを投げかける。そして、プレイヤー同士がお互いに音をやりとりし合って、全員が納得できる曲を創り上げるのを待つ。

バンドのメンバーはみな優れた水準に達しているが、必ずしも比類のないプレイヤーというわけではなかった。エリントンはメンバー一人ひとりの欠点、才能、問題点を理解しており、彼らが自らの壁を越えられるよう勇気づけた。メンバーには入れ替わりもあったが、多くのメンバーが何年もエリントンのバンドに留まった。彼らはこのバンドの中で成長し、メンバー同士、互いに学びあった。とりわけ、このバンドに所属している年数が長くなるにつれ、イノベーションを起こす能力が伸びていった。

できあがった曲をジャズクラブの親密な雰囲気の中で演奏すると、メンバーは皆、観客の反応をじかに感じとり、さらに良くするための新たなアイデアを次々と思いついた。エリントン自身もピアノを演奏して、このプロセスに参加しており、打てば響くようなコミュニケーションが行われた。その結果生み出された音楽がすばらしいものであったことは言うまでもない。

リーダーシップをとるのは個々の能力を引き出せる人

そして、リーダーは離れたところから指揮するのではなく、流れのまっただ中にいなければならない。個人同士の競争ではなく、チームワークと連携が重視される。相互の協力的支援が不安を和らげ、リスクへの挑戦も後押しする。プロセス全体を見渡しつつ自身も貢献できる、知識豊富な他のメンバーから学べる、創造と成長のチャンスに恵まれている、といった魅力にひきつけられ、才能ある人材が集まってくる。

このような環境から育つリーダーは、従来型リーダーとは性質を異にすることになろう。必ずしも何か一つの専門で他より秀でているとは限らないし、全てのアイデアを自ら発案するわけでもない。また、独占的な意思決定権限や、他を圧倒する強力な個性、情報の占有により組織を統制するというわけにもいかない。

これからは、チームの目的のためにメンバー一人ひとりの能力を最大限引き出すことのできる人がリーダーシップをとるべきである。こうした新しいリーダーは、忠誠を要求するのではなく、創造力を発揮してメンバーの能力を引き出す。だからこそ、優秀な人材が彼らと働きたいと思うようになる。新しいリーダーはさまざまなタイプの人と効果的にコミュニケーションをとり、多様な考え方のぶつかりあいの中から新しい洞察を引き出す。新しいビジョンや価値観を示すことにより、人を動かす。そして、チームメンバーの中からリーダーを育てていく。

もはや定石の作戦など存在しない。作曲家、指揮者、演奏者の区別も意味をもたなくなってきている。新しいリーダーは私たちの周りのいたる所にいるはずだ。

原典: Jazz vs. Symphony (ジョン・クラークソン、1990年)