米国の対中EV関税引き上げが与えるグローバル市場への影響は

米国政府は2024年5月、中国製のEVへの関税を現状の25%から4倍の100%に引き上げるなど、中国からの輸入品に対する制裁関税を大幅に引き上げると発表した。それに伴い、米国のEV市場は現在、新たな変化の波に直面している。

BCGでEV分野のグローバルリーダーを務めるネイサン・ニースは「米国による今回の措置は予防的かつ受動的なものだ。短期間で考えると直接的な影響は比較的小さいが、今後数年間で市場に大きな変化をもたらす可能性がある」と述べている。この関税引き上げはEV市場にどのような影響を与えるのか。

中国製EVの関税は100%に、関連部品も大幅引き上げ

今回の米国による対中関税引き上げでは、2024年中にEVに対する関税が25%から100%に、リチウムイオン電池とその部品への関税も7.5%から25%に引き上げられる。さらに2026年末までには、バッテリーに使われる天然黒鉛などの重要な原料鉱物に加え、半導体、電気モーターに使用されるレアアース(希土類)磁石、鉄鋼やアルミニウムについても関税が引き上げられる予定だ。

米国ではこれまでも25%の制裁関税を課しており、中国の自動車メーカー(OEM)が自国で製造したEVはほとんど販売されていない。それでも、中国には世界の市場リーダーとしての優位性があり、中国本社の自動車メーカーの中には、米国を含む新たな輸出市場をターゲットとする企業も出てきている。実際に、米国が中国から輸入するバッテリーとその部品の総額は2023年だけで約130億ドルに上る。

米国の自動車市場は、顧客の嗜好や法規制、自動車メーカーの計画などの変化により、過去1年間ですでに部分的に変遷を遂げている。ニースは「この関税措置によって市場の不安定感はいっそう増しており、これが沈静化するのは、政府と業界関係者の間でさまざまな協議や取り組みが行われた後になるだろう」とコメントしている。

世界に与えるさまざまな影響

米国による新関税は、次のような影響を世界に与えるだろう。

●世界貿易:EUでは現在、中国のEVに対して関税を課すかどうかを決定する前に、中国のEVメーカーへの政府の補助金が公正かどうかを調査している。米国が関税引き上げを発表したことで、EUが動く可能性とスピードが高まった。これに対し、中国商務省は「自国の利益を守るための措置を講じる」との声明を出しており、自動車分野だけでなく、ほかの戦略的産業にも影響を及ぼす可能性がある。

米国の消費者:米国の消費者にとって、本来低価格であるはずの中国EVが新関税の影響でより割高になる。次世代の低価格EVがいつどこで登場するか不透明となり、米国でのEVの販売価格や普及率に影響を与えそうだ。BCGの調査によると、米国の消費者の70%がEVの購入を検討しているが、実際に購入に至るには価格の低下と性能・充電容量の向上の両方が求められる。

中国のEV・バッテリーメーカー:中国の自動車メーカーとバッテリーメーカーの規模や競争力を考えると、海外市場における成長の余地は十分にある。欧州や米国に持つ施設の規模をさらに拡大できる企業もあるし、ライセンス契約を拡大できる現地パートナーを得ている企業もある。

中国の自動車メーカーには、東南アジアや中東などの新興EV市場に注力する選択肢がある。また、中南米市場に参入し、北米市場にも間接的にサービスを提供できるようメキシコに製造拠点を設立する企業もある。ただ、これらの動きは、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)の通商政策の対応を招く可能性がある。

米国の自動車メーカー:新関税が発動されると、中国からの輸入車に対し、北米で生産されるEVのコスト競争力が高まる。しかし、米国のOEMは従来通りのビジネスを続けるべきでなく、ネットワーク戦略の再構築や戦略的パートナーシップを見直すほか、部品のコスト目標を刷新する必要がある。

新関税は短期的には米国の自動車産業を守るが、長期的に見ると逆効果になるかもしれない。守られた環境は、中国のOEMやサプライヤーがもつ迅速な製品開発能力の導入を阻むリスクがある。ニースは「米国の従来の自動車産業がEVへと移行できることを証明し、世界の舞台でこれ以上遅れをとらないようにする必要がある」としている。

より広範なサプライチェーン:今回の保護主義的な政策は、「誰が資本を提供するのか」「どこで投資が行われるのか」「どのような投資収益が上げられるのか」など、投資の手法を再構築することになる。米国の産業界は、バッテリーのサプライチェーンを多様化するための取り組みを強化しているが、国内および友好国からの供給能力が十分に確立される前に新関税が導入されてしまった。EUも同様のシナリオに直面している。

これにより、米国企業がこれまで輸入していた硫酸ニッケルなどの加工材料や黒鉛アノードのようなバッテリーのセル部品のコストは上昇するとみられる。これまで中国がコスト面で有利な面もあったが、今回の対中関税引き上げにより、米国における日本や韓国、オーストラリアの製品の需要は再び高まると考えられる。