BCGエキスパートが語る 日本企業が脱炭素と競争力を両立させる戦略

世界中で脱炭素に向けた動きが加速している。水素や洋上風力といった次世代エネルギー競争の激化が見込まれるなか、日本の企業が脱炭素と競争力強化の二兎を追うためには、どのような戦略性を備えておくべきか。ボストン コンサルティング グループ(BCG)で気候変動・サステナビリティ領域およびエネルギー領域のコアメンバーを務める平 慎次と、エネルギートランジションや脱炭素領域を専門とするシュノッツ・ダニエル・慎偉に聞いた。

世界全体で「脱炭素インフラ大構築時代」に突入

 再生可能エネルギーや化石燃料の代替エネルギー源の可能性を考える計画段階から、具体的にどの場所、どのような設備を造るかという実行段階へと移りつつある。世界では人口増加や経済発展に伴い、エネルギー需要も増えている。CO2排出量を抑えながら需要に対応するため、世界中でさまざまな技術開発が行われている。エネルギー関連にとどまらず、EVや蓄電池など、多種多様な領域で「脱炭素インフラ大構築時代」に突入していると言える。企業にとっては、この波に乗っていかに自社事業の成長戦略を描けるかが重要なポイントだ。

平 慎次

BCGマネージング・ディレクター&パートナー

京都大学工学部卒業。東京電力ホールディングス(旧東京電力)を経て現在に至る。
BCG気候変動・サステナビリティグループ、エネルギーグループのコアメンバー。
共著書に『BCGが読む経営の論点2025』『BCGが読む経営の論点2024』(日本経済新聞出版)。

シュノッツ 脱炭素はコストがかかる分、実証実験が終わっていざ実装という段階に入ると、政府も企業も計画をシビアに見直す。部分的に止まったり中止したりするケースもあるが、これは脱炭素が停滞しているのではなく、良い案件が生き残るために必要な、ごく自然なプロセスだと思う。世界的に見ても、どこも同じようにアクセルとブレーキを繰り返しながら実装段階という新たなフェーズに歩みを進めている印象だ。

 日本では東日本大震災以降、電力やエネルギーの需要が下がっていく見立てだった。それが今、DX(デジタルトランスフォーメーション)やAIの普及に伴うデータセンターの建設などの影響で逆に伸びていく方向に変わり、大きな転換期がきている。企業もエネルギーを増やすならGX(グリーントランスフォーメーション)にも取り組むべきだという考えになっている。ただ、日本は国土が狭いうえ、地下資源は乏しく、太陽光や風力などの自然エネルギーを活用できる場所も限定的だ。島国なので他国と送電線で電力を融通し合えず、脱炭素には不利な条件ばかりだ。そのため、欧州や米国のやり方に倣うのではなく、多様な手段を組み合わせながら、日本にとって最適な脱炭素のあり方を形成していくことが大切だ。

シュノッツ 日本の脱炭素を実現するための“基本レシピ”は、再エネによる電化と、電化では対応できない高熱が必要とされる製鉄において核となる水素やアンモニアだと思う。日本はGXとして脱炭素と成長戦略を掛け合わせた方針を打ち出してきたので、次世代エネルギーにおける新技術の開発には力を入れているが、一方で、洋上風力などの従来から取り組んできた再エネも本格導入するという組み合わせとバランスが重要だ。つまり、「いつか来る」新技術だけでなく、足元で取り組めるものを後回しにしないことも大事。

脱炭素の「見える化」で企業戦略を立てる

シュノッツ 企業はいま、政策や技術面など、脱炭素におけるさまざまな軸の不確実性と向き合っている。このように将来が不確実な状況では、戦略の柔軟性が求められる。自社がどこで・どのくらいCO2を排出していて、その各排出量に対してどれくらいのコストでどの程度削減できるか、という「見える化」は必要不可欠だ。今後、カーボンプライシングが導入されたら、見える化は対策を考えるうえでより肝になる。その一つのツールとして、「限界削減コストカーブ」(MACカーブ)が役立つ。

「限界削減コストカーブ」とは、削減ポテンシャル(各対策で想定される削減効果)と削減コスト(CO2を1トン削減するのに必要なコスト)を分析し、削減コストが小さい順に並べたもの。縦軸がコストを表し、横軸は各技術による削減ポテンシャルの累積を示している。

限界削減コストカーブのイメージ図。電化やモビリティ関係が左側のコストが低い位置にある

 海外では、需要家も含めて各企業でこういったものを作成しながら投資判断しているが、現在の日本だと、エネルギー会社は活用している一方、需要家側はまだこれからという状態だ。限界削減コストカーブの良さは、経済性とCO2の環境性を両方見たうえで戦略議論ができるところ。たとえば、コストが低い左側の技術からやろうとすると、どの会社もできるので競争優位性の源泉にならない。逆に右側はコストが高くて損失が出てしまう懸念がある一方、コストを下げる活動を先駆けて進めることで競争優位の源泉を作れるので狙いにいく、という考え方もできる。このように、一律に同じ考え方で使うというより、各社がそれぞれの経営判断上、何を求めるのかという論点をあぶりだすことができる。

シュノッツ コストが低く、足元ですぐに効果が出るものは取り組むと良い。ただ、高いものは後回し、という考え方だと開発が遅れてしまう。高いコストの脱炭素手段に対しては技術革新やコスト削減が必要で、どちらも時間がかかるので、国を挙げて戦略的にR&D(研究開発)投資を行う必要がある。これは、日本としての競争力を高め、グローバルで市場獲得を目指すことにもつながる。現時点でコストが高いと想定される施策を諦めるのではなく、政府と民間企業が連携し、イノベーションに大きく投資することが重要だ。

シュノッツ・ダニエル・慎偉

BCGアソシエイト・ディレクター

マンハイム大学経営学部卒業。東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻修了。
BCGエネルギーグループのコアメンバー。エネルギートランジションや脱炭素領域を専門とする。
共著書に『BCGが読む経営の論点2025』(日本経済新聞出版)。

次世代エネルギーインフラの再構築で地域経済を活性化

シュノッツ 脱炭素の手段として水素を大規模に活用している国は世界でもまだあまりなく、日本は出遅れているわけではない。日本は技術的に強く、水素の海上輸送技術や水素燃焼技術など複数の分野で国際的にリードできる可能性がある。現時点では水素の製造や輸送にかかるコストが割高なので、効率を上げるため生産を商業規模に拡大することが必要だ。発電所や製鉄所、化学工場などの集積地に、まとまった量の水素を受け入れられる産業インフラを整備することが鍵となる。

 洋上風力も同様に、インフラをつくり直す必要がある。東北や北海道、九州などで開発プロジェクトが進んでいるが、洋上風力設備を単独でつくるのではなく、産業振興と合わせて開発が行われている点に注目したい。このように次世代エネルギーのインフラの作り直しは日本にとって経済発展への大きな道筋となる。

水素の「つくる」「はこぶ」「つかう」サプライチェーンを表した図

 たとえば、北海道千歳市に半導体企業のラピダスが工場を建設することが話題になった。こうした精密デバイス製造には大量の水や電力が必要となるほか、AIの活用場面が増えるため、さまざまな企業が北海道でのデータセンター構築を検討している。こうした電力需要の大きい産業とセットで洋上風力など再エネ設備の導入を進めることが、コストの壁に挑むうえでも重要だ。ほかにも、次世代エネルギーのインフラをつくりながら地域の経済活性化を図っていける可能性は日本各地にある。それぞれの土地の特性や既存産業の強みを生かしながら、最適な組み合わせで地域経済の活性化と脱炭素の実現へとつながっていく。

日本の地域別にインフラの将来の方向性を示した図

 自社の事業に限らず、広い視野で将来のシナリオを検討する支援をしている。たとえば、電力会社であれば、エネルギー業界だけでなく、鉄鋼や化学産業、データセンターの動向なども見る必要がある。こうした多角的な分析を通じて、戦略的な判断をサポートしている。また、その将来のシナリオを基に、中期の戦略を策定することにも注力している。

シュノッツ 技術面も含め、新たにどのような取り組みを進めるべきかを考えることは、BCGの得意分野であり、価値があるところだと思う。