調達をめぐる「トリレンマ」とは ――『BCG流 調達戦略 経営アジェンダとしての改革手法』より

第1の要素がコストだ。物価高やインフレ圧力は近年の大きなトレンドとなっているが、それだけでなく、モノの価格の変動率はより大きくなり、急激に変化するようになっている。背景には、パンデミックや地政学リスクの顕在化、人件費の高騰、大幅な為替変動などがある。パンデミック下では、電子部品産業や航空宇宙産業はレアメタルやチタンなどの資源不足に苦しめられた。また、ロシアによるウクライナ侵攻を機に、小麦をはじめとする食品原料や製造部品などロシアやウクライナへの依存度の高い原材料の調達懸念が強まったほか、自動車産業で重要な鉄鋼製品や鉄鉱石も高騰した。

これらの要因が調達価格を押し上げていることは、関連マクロ経済指標から見ても明らかだ。総務省の統計によれば、2020年比で消費者物価指数は約7%、国内企業物価指数は約20%、輸入物価指数(円ベース)に至っては60%超の上昇を記録している 。

第2が安定調達。安定調達を難しくするのは、国境を越えて広がる複雑なサプライチェーンだ。生産・消費の両面で相互依存関係が生じ、他国への依存度が高まっているため、サプライチェーンにどこか1箇所でもほころびが出ると調達網全体に思わぬ、重大な影響が生じることとなる。

下図は安定調達を脅かすリスクを、縦軸に影響範囲、横軸に時間軸を置いて整理したものだ。それぞれのリスクが何をきっかけに、どのように顕在化する可能性があり、自社の調達にどれほどの影響が生じるか。企業はあらかじめ評価し、それぞれに対応を定めておく必要がある。これらのリスクの中には、以前から認識されていたものもあるが、最近になって顕在化したり、懸念が色濃くなったりしたものも少なくない。全体としてリスクの範囲は広がっているといえよう。

調達をめぐるリスクを整理した図。縦軸はリスク要因の影響範囲、横軸は時間軸。パンデミック、経済対立、保護主義、地震・洪水、為替変動は直近3年で影響大の要素。

近年の新たな課題が、第3の要素であるESG(環境・Environment、社会・Social、企業統治・Governance)への対応だ。資本市場を起点としたESG重視の流れは、揺り戻しや調整はありつつも、長期的に進展していく大きなトレンドだ。

環境に関してはCO2排出量を低減した原材料調達が主なトピックとなる。企業は今スコープ1(自社の排出量)、スコープ2(電力などエネルギー利用による間接排出量)への取り組みを始めており、先進的な企業は既に一定の結果を出しつつある。一方、スコープ3(原材料や販売した製品の利用などサプライチェーン全体の排出量)についてはほとんどの日本企業は未着手の状態だ。対象となるサプライヤー、内容、管理の粒度、データ取得の仕組みなどをどの程度まで詰めれば必要十分なのか、程度や基準が不透明であり、発注元の追加コスト・リソースの負担が大きいためだ。社会関連ではサプライヤー従業員の人権への配慮、統治では品質不正の問題や、サプライヤー管理などが特に重要だ。

いずれについても、困難なのが2次、3次サプライヤーの実態把握だ。1次サプライヤーまでは発注元企業が管理できても、2次以降のサプライヤーは管理しきれないことが多い。しかも、問題発覚時は実質的に発注元の責任となるため、どこまで管理するべきかは調達部門の悩みの種となる。

こうした課題は別の角度からは、経営における全般的なリスク範囲の拡大やステークホルダーの拡大が、調達部門の業務上の課題という形で表れているとも考えられる。調達機能が企業のバリューチェーンにおいて数少ない外に「開かれた」機能であるために、事業環境の変化の影響を真正面から受けているのだ。

先進企業のアプローチとは

先進企業はこれらの課題にどうアプローチしているのか。ESG対応では次のような取り組みが見られる。