調達をめぐる「トリレンマ」とは ――『BCG流 調達戦略 経営アジェンダとしての改革手法』より

「調達」と聞くと、どちらかといえば地味で大きな変化やイノベーションとは無縁の、縁の下の力持ちのような部門と考える人が多いのではないか。ところが今、調達部門は大きく変化する事業環境への対応の最前線に立っている。物価高や資源価格の乱高下、地政学リスクの増大により、これまでのような調達が難しくなっているうえに、ESG対応という新たな課題が加わり、「売る」より「買う」方が難しい時代になっているのだ。

6月に刊行された『BCG流 調達戦略 経営アジェンダとしての改革手法』 (日本経済新聞出版)で、執筆者らは調達部門を悩ませている現状を「トリレンマ」と呼ぶ。この背景について考えてみたい。

調達部門を悩ませる、コスト、安定調達、ESGの三つどもえのトレードオフ

長きにわたるデフレ環境下では、調達部門は発注部門の求める品質を担保したうえで、コスト最適化など限られた要素を念頭に、主に1次サプライヤーからどう買うかに対応していれば一定の役割を果たせていた。それを覆すきっかけになったのが新型コロナウイルスによるパンデミックだ。世界各地でサプライチェーンの寸断が生じたことで、買いたいものが買えない状況となり、広域にわたる長く複雑なサプライチェーンのリスクが明らかになった。

それに続いたのが、ロシアによるウクライナ侵攻やチャイナリスクの顕在化など、国際情勢の急変だ。資源価格のボラティリティ(変動率)は、これまでとはかけ離れた水準へと高まり、インフレ圧力も高まっている。さらに、数年前からESG対応に関するステークホルダーからの要請も厳しくなってきた。企業はこれらすべてに対応する必要があるが、この3つの要素は、3つのことを同時に達成するのが難しい、ジレンマならぬ「トリレンマ」の関係にある。

衣料品メーカーが繊維素材を調達する例でいえば、安定調達とESG対応を考えれば国内の複数の企業から、リサイクル素材や人権対応配慮済み素材などを調達するのが望ましい。しかしその場合、コストが上昇する。コストを抑えながら安定調達を叶えようとすると、ESG対応がおろそかになる。ESGに十分対応しながらコストを抑えようとすると安定的に調達できるサプライヤーを探すのが難しい、というトリレンマに陥る。さらに、トリレンマの要因は図表1のように相互に関連しあっており、実態はさらに複雑だ。

調達をめぐる環境変化を引き起こす要素が多様に、複雑になっている。パンデミック、国際情勢、為替変動、人件費高騰、物流、ESG対応など。

3つの要素: コスト、安定調達、ESG

ここからは、トリレンマの3つの要素について、マクロ視点で考えてみよう。