人間の発想を超える生成AIのインパクト――『BCGが読む経営の論点2024』から

2023年は生成AIが急速に社会現象化した1年だった。インターネットの誕生後、デジタル資産として蓄積されてきた膨大なデータを自己学習させることで誕生したAIモデルの能力には目を見張るものがあり、AIのさらなる進化に対し警鐘が鳴らされるほどである。人類が新たに手にしたこの強力なツールは、私たちの働き方とビジネスのあり方を一変させる破壊力を持つ。

『BCGが読む経営の論点2024』(日本経済新聞出版)では、デジタル領域に特化した専門家集団「BCG X」の北東アジア地区共同リーダーを務める豊島 一清と、BCGで生成AIトピックの日本リーダーを務める中川 正洋が、企業がこの技術を有効活用するためのポイントや、日本にとってのチャンスについて解説している。そのなかから、生成AIの活用が進む業界の具体的な取り組みについて、一部を紹介する。

金融では業務の効率化や営業力の強化が焦点に

メディアで「司法試験に合格できるレベル」などと報じられる生成AIは、実際にはまだAGI(汎用人工知能)へと進化する途中段階ではあるが、その過程において大きく歩を進めた。経営者はこの進化を競争優位性構築の機会と捉え、すぐにでもビジネスプロセスやビジネスモデルの変革に取り組まなければならない(図表1)。

それでは、生成AIの活用が進んでいる業界・領域ではどのような取り組みが始まっているのだろうか。少し具体的に見てみよう。

金融業界は他の業界に先駆けてAIの導入に取り組んできた。フィンテック企業やテクノロジー企業も金融サービスを提供するようになり、金融機関はデジタルを活用して競争力を強化する必要性が生じている。同時に、各種規制や不正への対応といった内部管理を効率的に強化することも強く求められている。管理業務の増加に人員増で対応すれば「本部の肥大化」を招いてしまうが、それを避ける意味でも、情報収集、処理、判断といった人に依存する業務の効率化へのニーズが高い。

生成AIによって経営関連指標の解析や、経営に必要とされる情報の収集・整理などの業務の代替が進めば、現在より相当少ない人数で経営の意思決定に必要な本部機能を構築することが可能になるだろう。

先進的な銀行や生命保険会社では、営業の提案力を強化することを目的とした生成AIの利用が注目されている。顧客が情報を味方につけて賢くなり、単なる商品性だけでは他社との差別化が難しくなるなか、営業の提案能力とスピードを高めていくことがこれまで以上に求められている。

AIでデータを分析して「どの顧客に、どのような商品を、どのようなタイミングで提案すればよいか」を営業担当者に示すことは従来も行われてきたが、生成AIに期待されているのは、顧客に提案する商品設計や訴求のためのトーク内容自体を提案することである。複雑なメニューの中から顧客に最適な商品を導き出すことで、人間では気づかなかった商品提案の機会や顧客のニーズを捉えて、顧客満足度をさらに高められる可能性がある。

ソフトウェア開発の生産性が30~50%向上

研究・開発の領域における機会の探索や設計への活用は、すでにさまざまな業界で取り組まれている。

たとえば、製薬業界における創薬だ。創薬のプロセスは、治療したい疾患の発症や進行にかかわる分子を薬の標的として特定する工程と、その働きを抑える物質を探し出し、新薬の候補として設計する工程とに大きく分けられる。新薬候補の探索ではAIでデータベースを解析して効率化を図りつつ、設計には生成AIを活用することで、候補物質をより速く、最適に設計できるようになり、治験の成功率を高めることも期待されている。

この観点で、半導体大手のエヌビディアは創薬向けの生成AIプラットフォームを提供している。製薬の研究者はこれを独自のデータで微調整でき、新たな分子構造の生成や予測などに活用することで、時間とコストのかかる医薬品候補の開発を大幅に短縮できる可能性がある。恩恵は、効率化だけではない。人間の発想を超えた思いがけない構造を生成AIが提案する可能性も高い。

テクノロジー業界でも活用が進んでいる。ソフトウェア開発はタイム・トゥ・マーケット(製品を市場に投入するまでの時間)の面で常に厳しい競争下にあり、開発エンジニアのコストも大きな負担となっている。そこで、生成AIにプログラムを書かせて、ソフトウェアの品質を上げたり、生産性を高めたりする取り組みが始まっている。生成AIでソフトウェア開発を支援するサービスは数多く誕生しており、“エンジニアいらず”の開発ができるノーコードサービスが提供されている。

BCGの分析では、生成AIによるプログラミング支援ツールを活用することで、ソフトウェア開発の生産性は30~50%向上する見込みだ。業界のコスト構造を大きく変えるインパクトがあり、同時にベンダーとの関係性にも影響を及ぼすことになるだろう。

その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、時代の変化を読むうえでカギとなる4つの論点と、今後新たな事業機会を見つけ変革を促すために重要な4つの経営能力に着目する。第2章「生成AI――日本の“勝ち筋”と導入の5つのポイント」では、生成AIに注目が集まる背景、働き方への影響、企業が検討すべきポイントなどを、BCG独自の調査も交えながら解説している(詳しくはこちら)。