戦略にこそ「戦略」が必要だ――事業環境でアプローチを使い分ける【BCGクラシックス・シリーズ】

事業環境の変動の激しさとスピードが増し、不確実性が高まり続けると同時に、企業はますます多様な環境にわたって事業を営むようになっている。そのため、それぞれのビジネスや市場、事業の発展段階などに応じて適切な戦略アプローチを選択し、組み合わせ、さらに変化に応じてその構成を見直していくことが求められている。しかし、適切な戦略アプローチの選択は、より難しくなっている。膨大な数の戦略フレームワークや戦略ツールが開発されてきたが、どんな時にどの手法を適用すべきか(あるいは適用すべきでないか)、また、これらの手法が相互にどう関係しているかは、明らかとはいえない。

こうした問題意識の下、BCGのマーティン・リーブスらは数々の企業トップへのインタビューや事例研究を基に、2010年代前半に「戦略パレット」というコンセプトを開発した。2015年には一連の研究結果をまとめた書籍 Your Strategy Needs a Strategy(邦訳:『戦略にこそ「戦略」が必要だ』日本経済新聞出版)が刊行され、今日に至るまで世界の多くの経営幹部やビジネスパーソン、経営学の研究者らに読まれてきた。本稿では、そのエッセンスを紹介する。

予測可能性、改変可能性、苛酷さの3軸で事業環境を評価

「戦略パレット」は、リーダーが自社の事業環境に適した戦略アプローチを選択し、組み合わせ、効果的に実行して、さらに環境の変化に応じてダイナミックに調整していくのを助けるフレームワークだ。

まず、事業環境を、「予測可能性」「改変可能性」「苛酷さ」という3つの特質で評価する。

  • 予測可能性:将来の変化を予測できるか?
  • 改変可能性:自社単独で、あるいは他社と協働して、環境をつくり変えることができるか?
  • 苛酷さ:環境の厳しさが、どれくらい企業・事業の存続可能性や成長の妨げとなるか? 要は、生き残れるか?
事業環境に適した戦略アプローチを選択する枠組み

そして、この3つを軸とするマトリクスにより、事業環境を5つの型に分類する。

  • クラシカル(伝統)型:予測できるが、つくり変えることはできない
  • アダプティブ(適応)型:予測できず、つくり変えることもできない
  • ビジョナリー(ビジョン牽引)型:ある程度予測でき、つくり変えることができる
  • シェーピング(協創)型:予測できないが、つくり変えることができる
  • リニューアル(再生)型:リソースの制約が厳しい
レモネード売りの少女のアニメ動画で「戦略パレット」をシンプルに解説します。

それぞれのタイプの事業環境には、それに適した特有の戦略・実行アプローチがある。

  • クラシカル型:規模や差別化、組織能力により持続的優位性を築き、最も良いポジションにつけることが基本となる。そのための戦略は、徹底的な分析やプランニングにより可能となる。
  • アダプティブ型:「一時的な優位性の連続」という考え方が基本となる。急速に変化し、予測しがたい環境では計画が機能しないため、継続的な実験が有効である。
  • ビジョナリー型:新市場を創り出すか既存市場を破壊する最初の企業になることにより勝利がもたらされる。機会は多くはないかもしれないが、有望な機会をとらえられれば非常に効果的な戦略である。
  • シェーピング型:さまざまな関係プレーヤーの活動をうまく編成して協働することで、自社に有利な方向に業界を新たに形作ったり再形成したりする。
  • リニューアル型:苛酷な環境で、まず経営資源を確保して存続可能性を高める必要がある。その上で成長軌道に戻して長期的成功に向け他の4つのアプローチのいずれかを選ぶ。

複数の戦略アプローチを組み合わせる「両利き」の能力

多くの企業が同時に複数のタイプの環境で事業を営むようになるなかで、複数の戦略アプローチを、同時に、あるいは連続的に組み合わせて使いこなす「両利き」の能力がますます重要になっている。両利きには、環境の多様性とダイナミズムに応じて次の4つの手法がある。

  • 分離:事業部門・地域・機能などのユニットごとに異なる戦略アプローチをトップダウンで適用し、それぞれ独立した形で運営する。
  • 切り替え:全社のリソースを一つのプールとして管理し、状況により戦略アプローチを切り替える。
  • 自己最適化:各ユニットが、最適な戦略アプローチを選択する。
  • 外部エコシステム:さまざまな戦略アプローチを外部に求め、必要な戦略アプローチに精通したパートナーとエコシステムを編成する。

複雑かつダイナミックな環境でリーダーに求められること

多様で変動が激しい環境で成功する企業は、適切な戦略アプローチを選択し、組み合わせ、効果的に実行して、さらに環境の変化に応じて調整している。こうした難しい課題にうまく対応するために、リーダーには8つの重要な役割が求められる。外向きの視点で事業環境を評価し、環境に適した戦略アプローチを検討すること(「診断する」)。組織の硬直化を防ぎ、必要に応じ戦略アプローチの調整や変更を行うこと(「自己破壊する」)。投資家や従業員など内外のステークホルダーに対して戦略的選択の全体像を明快でわかりやすいストーリーで説明すること(「売り込む」)。継続的に外の環境を観察し、重要なシグナルを発見し大きく取り上げること(「アンテナをはる」)、などだ。

『戦略にこそ「戦略」が必要だ』特集サイトでは、「戦略パレット」について詳しく解説するとともに、5つの事業環境を体験できるゲームアプリ(iOS用)、1950年代以降に発表された主な戦略フレームワークを一覧できるインフォグラフィックなどを掲載している。

BCGの書籍『戦略にこそ「戦略」が必要だ』(マーティン・リーブス 、クヌート・ハーネス 、ジャンメジャヤ・シンハ 著、御立 尚資、木村 亮示 監訳、須川 綾子 訳、日本経済新聞出版)では、さらに詳細な解説に加え、企業事例や企業トップのコメントも数多く紹介している。