和菓子ひとつ1万円で売ることはできる? BCGのプライシングの枠組みで考える

和菓子1個の価格は、相場で考えると高くても1個500~600円。しかし、思い込みにとらわれず「価値ベース」や「差別化戦略」で考えれば、1000円、1万円の価格設定も不可能ではない――。BCGでプライシングに関する研修が社員向けに行われた。

「和菓子の価値は食べ物としての機能ではなく、世界観にある」

この研修のために、和菓子デザイナーの藤原夕貴さんに協力してもらった。オリジナル和菓子を作ってもらい、出来上がりまでの過程で考えたことや、価格設定時の悩みなどを説明してもらった。

BCGオリジナルの和菓子を考えた過程について説明する藤原さんの写真
BCGオリジナルの和菓子を考えた過程について説明する藤原さん

和菓子をつくるプロセスは、テーマの設定から始まりアイデア出し、コンセプト抽出へと進み、和菓子の見た目をスケッチし、原材料の選定、 試作品づくり、そこから検討を重ねて完成だ。全体の中では、構想を練る前半の段階に多くの労力と時間を割いていると話した。

今回のBCGオリジナル和菓子は、BCGのパーパス「Unlocking the potential of those who advance the world」から、「可能性が広がる様子を、花が開くさまに見立てて表現した」という。

今回の和菓子のコンセプトを説明した図
今回の和菓子のコンセプト。藤原さん提供

価格設定については、「和菓子の価値は、単なる食べ物としての機能ではなく、ブランドが持つ世界観にある。そのため、価格は、ブランドの世界観や和菓子の未来といった付加価値を継続的に創造し続けるための研究開発費として考えたい」と話す。しかし、和菓子の価格幅は相場だと高くても500~600円という中、そこから大きく外れた価格設定は難しいことが課題だそうだ。

これらの話を基に、受講生は5~6人のグループごとにそれぞれ決められた7つのプライシングアプローチの考え方で、和菓子の価格を設定した。

藤原さん作成のBCGオリジナル和菓子の写真
藤原さん作成のBCGオリジナル和菓子

コストベースから、バリューベースプライシングや差別化戦略へ

プライシングアプローチは以下の通り。

①コストプラス:原材料や人件費などすべてのコスト(原価)に利益を上乗せする形で価格を決定する。これまで多くの企業がこのフレームワークで価格設定を行ってきたが、「コモディティ化された市場で、非常に大きな買い手がいる事業」など限られた特性を持つ場合のみ有効である。

②バリューベース:顧客が感じる価値、支払い意思額(Willing to Pay)を軸に価格を設定する。顧客への調査を基にする。高品質・高機能である、代替できないブランド価値があるなど、他社商品よりも圧倒的に高い価値を持つ場合に有効。

③競合ベース:顧客価値や生産コストは深く考慮せず、競合他社の価格のみに焦点を当てる。迅速に顧客を獲得したい場合は他社平均よりも低い価格を設定する。特に値下げの管理が肝になる。

④価格弾力性:価格が変動した際に需要がどれだけ変化するかを考慮して価格を設定。「5%値上げしたら何が起きるか?」「10%売り上げを伸ばすためには何%値下げすればいいか?」といった問いを考える。

⑤差別化戦略:一般的には、同じ商品を別の顧客に売る際、それぞれの顧客に対し別の価格で売ること。BCGはこの定義は限定的過ぎると考え、もう少し幅広い意味、つまり価格のバリエーションだけでなく商品のバリエーションも差別化戦略に入ると定義した。要は「松竹梅」のメニューをそろえることであり、顧客にとっての選択肢を増やす実績のあるアプローチである。

⑥ゲーム理論:競合他社の商品と自社の商品に大きな差異がない場合、コストを考慮しつつ他社の価格にならって設定する方法。「囚人のジレンマ」のように、結果的にすべての企業の利益が減り、安く買った消費者だけが得をする場合もある。

⑦需要と供給:自社商品のコストと性能、競合他社の価格に基づく供給曲線と、顧客が感じる価値と支払い意思額に基づく需要曲線の交点で価格を決める。利用したい人が多い曜日や時間帯に価格が高くなるダイナミックプライシングが代表例。

7つのプライシングアプローチについての図

その企業のためだけを考えてつくられた和菓子、ひとつ1万円?

研修では、BCGのプライシング領域のグローバルリーダー、ジャン・マヌエル・イザレットが参加者と対話しながら議論を進めた。

まず、コストベースのグループは、原材料費やその他のコストを考えて価格を設定。しかし、藤原さんのオリジナル和菓子の場合、原材料費は特定できるものの、藤原さんがテーマやそれに沿った構想を練る時間をコスト換算するのは難しいと感想を述べた。

一方、価値ベースのグループは、限られた人しか参加できないイベントでしか買えない、その人のためだけを考えてつくられた、などの希少価値をつくれば、1000円や2000円でも買う人は多いのではないかという考えを話した。

差別化戦略のグループからは、「それを買っていくことがステータスになる、たとえばタワーマンションで行われる女子会に持っていきたくなるような、通常の商品とは一味違う高級感のある商品」であれば相場の倍でも売れるかもしれないという意見が出た。イザレットは、「重要なクライアントを訪問する際の手土産として想定したその企業オリジナルの和菓子は、通常の商品とはかけ離れた価格にしてもよいかもしれない」とコメントした。

参加者に質問を投げかけるBCGのプライシング領域のグローバルリーダー、ジャン・マヌエル・イザレットらの写真
参加者に質問を投げかけるBCGのプライシング領域のグローバルリーダー、ジャン・マヌエル・イザレット(左)とBCGのマーケティング・営業・プライシンググループの日本共同リーダー、梅田 由記

ほかにも、「例えば外国人観光客に対してはどう考えるか」「1000円という意見があったが、1万円、10万円ではダメなのか?」といったさまざま声があがった。

それぞれのグループからの意見を聞いた藤原さんは、「価値を見つめ直せば、価格についてかなり広く捉えてもいいことが分かり、自分の商品についても改めて考えてみたいと思った。また、教わったいろいろなセオリーの中から、たとえば和菓子のダイナミックプライシングも可能かもしれない。これまでと違うフレームワークを使って売ってみたら、新しい売り方ができそう」と感想を話した。

今回の研修を担当したBCGのマーケティング・営業・プライシンググループの日本共同リーダー、梅田 由記は「価格設定は、コストに一定の利益率を乗せる形など昔からのやり方で決めてしまっていることも多いが、『市場が価格を決定する』『唯一の正しい価格が存在する』といった前提は間違った思い込みといえる。プライシングは戦略的なゲームであり、経営に直結する要素だ。和菓子という具体的な商品を使った今回の研修で、受講者にそれを理解してもらえたと思う」と話している。