気候や生物多様性への影響を可視化 環境コンサルティング「クアンティス」の事例

事業活動が気候や自然資本に与える影響を減らすためには、環境負荷の正確な評価が不可欠だ。しかし、計算や評価の方法の複雑さや、サプライチェーン上流でのデータ収集の難しさなどから難航している企業が多い。ボストン コンサルティング グループ(BCG)内のビジネスユニットで環境関連コンサルティングを専門とするクアンティスは、独自のツールやデータベースを駆使し、具体的な解決策を提供する。

気候変動、生物多様性や自然資本を含めた包括的な環境戦略

2006年の設立以来、環境負荷の定量化と計測について数多くの取り組みを行ってきたクアンティスは、2022年にBCGが買収した後も独立したビジネスユニットとして運営を続けてきた。200人以上の環境サイエンティストやコンサルタントが、科学に基づく体系的なアプローチを、気候変動や生物多様性、自然資本を含めた包括的な環境戦略に取り入れるための支援をしている。

クアンティスはこれまで、食品メーカーや化粧品、ファッション、金融、ICT(情報通信技術)など、さまざまな業界の企業のフットプリントの算定や削減を支援してきた。事例の一部を紹介する。

ゼネラル・ミルズ:衛星画像と機械学習を活用し再生農業による土壌への炭素固定量を算定

アイスクリームの「ハーゲンダッツ」やシリアルで有名な米食品大手、ゼネラル・ミルズは、2030年までにサプライチェーン全体を通じて温室効果ガス排出量を30%削減し、2050年までに排出量ネットゼロを達成するという目標を掲げている。それに向け、自社の排出量をスコープ3(取引先などサプライチェーン全体の温室効果ガス排出量)まで把握するために、クアンティスと、最先端の農業科学技術を持つ米国のテック企業、リグローと提携した。

このパートナーシップは、ゼネラル・ミルズが原材料を調達する地域で行われている農業の環境への影響を測り、持続可能な農業に関する現場でのデータを集め、モデリングの方法論を開発することを目的としている。

トラクターで稲を刈るイメージ図

同社は、小麦、オーツ麦、乳製品など主要原材料の生産地域の農業による排出量を測定した。これまで、農業生産における排出量の一次データを取得することは難しかった。従来の方法だと土壌サンプルを毎回摂取せねばならず、大きなコストがかかっていたからだ。このプロジェクトで重要な役割を果たしたのがリグローのプラットフォームで、衛星画像と機械学習、土壌中の炭素循環を推定するDNDC(De-Nitrification and Decomposition model)を組み合わせることで、安価に土壌炭素量を測定できるようになった。

このプラットフォームで地域内のエーカーごとの作付け比率、耕作傾向、肥料の散布量、収量などを確認したうえで、これらの情報をクアンティスが持つ温室効果ガス排出量に関する広範なデータセットと統合した。これにより、排出量を算定・報告する際の国際的な基準であるGHGプロトコルに準拠した報告につなげられる。

このプロジェクトにより、リグローとクアンティスは、国際的な基準で報告を行うための十分な規模を持つ効果的な評価方法を確立した。さらに、サプライチェーン全体で排出量を削減することに注力したことで、自社単独では行えなかったより良い意思決定を可能にする新しいツールと方法論を開拓できた。

テトラパック:水使用量をサプライチェーン全体で可視化

スイスの紙容器大手、テトラパックは、クアンティスと協力して容器包装や加工段階における水のフットプリント(製品の生産、加工、流通などのライフサイクルを通じて消費・汚染された水の量)と水関連のリスクを把握した。このプロジェクトは、「サプライチェーン全体の水の使用量を定量化」「サプライヤーの地域別に流域や操業上の水リスクをマッピング」「バリューチェーン上で優先分野を3つ特定し、ロードマップを作成」という3段階で行われた。

分析の結果、テトラパックが製造拠点で直接水を消費しているのは、全体の使用量の1%に過ぎないことが明らかになった。同社の水使用の大部分は、板紙、化石ポリマー、アルミニウムなど、サプライヤーからの調達品が製造される段階で発生したもの(55%)で、次いで顧客による直接的・間接的な水の使用(36%、顧客企業が工場でテトラパックの容器を使って食品を包装する際に使う水など)だった。この分析により、テトラパックは製造現場における水の利用可能性や水の衛生に関するリスクを定量化することができた。

水の噴射にかかる力で掃除をするイメージ図

この結果から、クアンティスとテトラパックは、持続可能な水管理への取り組みを反映した水に関する目標と枠組みを共同で作成した。また、サプライヤーや顧客と関わることで、水の使用とリスクに対する理解が深まり、各ステークホルダーが明確なオーナーシップを持つ目標やKPIを設定できた。この水戦略は、現在改訂中のテトラパックの包括的な自然戦略に反映される予定だ。

レノボ:サプライチェーンが長く複雑なICT製品のカーボンフットプリントを算定

ICT(情報通信)製品のサプライチェーンは長く複雑で、さまざまな地域にまたがっている。企業の製品ポートフォリオも、多様で急速に変化する傾向がある。そのためICT製品の環境フットプリントの計算には時間とコストがかかる。この課題を解決するため、クアンティスとマサチューセッツ工科大学(MIT)は、ICT(情報通信技術)業界全体で利用できるプラットフォーム、Product Attribute to Impact Algorithm(PAIA)を開発した。PAIAは、ICT製品のカーボンフットプリント(CFP、原材料の調達から廃棄までに出る温室効果ガスの総量を数値化したもの)を計算するための合理的な方法論や、簡素化されたオンラインツール一式を提供し、複数のICT企業が知見を共有し合えるという特徴を持っている。

パソコン大手のレノボは、製品のCFPを算定するために、PAIAに参加した。同社は、デスクトップパソコン、ノートパソコン、ディスプレイ、サーバーなどさまざまな製品のフットプリントを計算。得られたデータにより、レノボは信頼性の高い報告書を作成できる。また、PAIAに参加することにより、レノボは自社が恩恵を受けるだけでなく、ICT企業が持続可能なビジネスへと変革するための業界全体にかかわる方法論の向上に貢献することにもなる。

店内にモニターが並ぶ図

レノボの地球環境問題担当アドバイザリー・エンジニアであるソナ・ステンクローバ氏は、「レノボは、毎年、モニター、ノートパソコン、デスクトップ、その他のIT製品を多数発売している。PAIAのツールは、幅広い製品のCFPをより効率的に計算するのに役立った。計算の精度が保たれているため、自信を持って顧客や関係者に伝えることができる」とコメントしている。

BCG Japanでもクアンティスのサービスを提供

クアンティスの支援は、「算定」「計画」「変革」の3段階でのアプローチで行う。

  • 算定: 環境リスクやフットプリント(地球環境に与える影響を定量的に示したもの)を、気候変動・生物多様性・水・土地・プラスチックに関して算定。データベースを開発し、管理する。社内外のインサイトを収集し、優先トピックを特定する
  • 計画: 事業戦略とサステナビリティ目標を統合させる。科学的根拠に基づく目標を設定し、ロードマップを策定。ビジネスモデルを設計する
  • 変革: 社内の意識改革やサプライヤーの啓蒙。製品ポートフォリオを変革し、顧客・消費者に対するコミュニケーションを改善。NGOなど外部との関係構築により、エコシステムを形成する

BCG はこのほど、欧州や米国に拠点を置いていたクアンティスのサービスについて、日本でも提供を開始した。生物多様性・自然資本、食料システム、サーキュラーエコノミーなどの専門家がチームを組み、気候変動と生物多様性を統合した戦略の立案、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)などによる規制対応、再生農業や再生林業などの自然を基盤とした解決策、循環型システムの構築といった支援を提供する。

その一環として、排出係数管理のためのクアンティス独自のデジタルプラットフォーム、eQosphereサービスの提供を開始する。このサービスは、農産物・食料やアパレル製品の環境フットプリントに関する膨大なデータや、バリューチェーンの詳細なステップを分解して推計するモデルを活用し、一次データまで遡った排出係数を提供する。eQosphere は、データの透明性を確保し、削減努力を可視化して環境負荷を評価することで、企業の意思決定と取り組みの持続性をサポートする。

クアンティスの日本におけるサービスの責任者を務めるBCG消費財・流通グループの日本リーダー、森田 章は次のようにコメントしている。「すでに世界の先進企業で活用されているeQosphereの提供により、日本でも、『温室効果ガス排出量を算定する際の精度に不安がある』『温室効果ガス以外の、例えば水などの環境フットプリントが算定できていない』『削減努力はしているが、それが数値にどう反映されているのか実感できない』といった企業の悩みを、エキスパートの知見と日本語による支援で解決していきたい」