地政学が変える世界貿易の流れ 域内貿易へのシフトが進む

ボストン コンサルティング グループ(BCG)の推計では、2032年までの世界の財貿易の予想成長率は年平均2.8%と、同期間のGDPの予想成長率、3.1%を下回る。これは、冷戦の終結以降、世界が享受してきた貿易主導のグローバリズムの流れが転換期を迎えていることを意味する。

地域貿易圏の拡大

「BCGグローバルトレードモデル」は膨大なマクロ経済データを基に、AIを用いて今後10年間の財の貿易の行方を予測するものだ。今年の調査・分析からは、今後10年で地域内の貿易圏がより大きな役割を果たすようになることが浮き彫りになった。これにより中国-米国間、中国-EU間のような伝統的な貿易ルートに陰りが見えてくると予想される(図表1)。

2032年にかけての世界の各地域間の財貿易の変化を図解

この調査を担当したBCGマネージング・ディレクター&シニア・パートナーのニコラス・ラングは、「見慣れた貿易地図は塗り替えられつつある。サプライチェーンのバランスが見直され、各国が地域内の貿易を強化するにつれ、世界中のモノの流れに恒久的な変化が見られるようになるだろう」とコメントしている。

地政学リスクで米中貿易は年平均3.9%減

世界貿易の形を変える触媒となるのは地政学的要素だ。これからの世界貿易に影響を与えると考えられる、5つのドライバーを以下に紹介したい(図表2)。

  • 要塞化する北米 まず注目すべきは北米地域だ。USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)の後押しにより、域内の貿易額は次の10年、年平均成長率(CAGR)3.1%のペースで、総額4,660億ドル増加すると見込まれる。
  • 中国の貿易力学 貿易摩擦は収束を見せず、管理貿易の増大も伴って西側諸国と中国の貿易は減速している。なかでも、米中貿易の減少は今後の世界貿易地図の最も重要な要素のひとつだ。2032年の貿易額は2022年の水準から1,970億ドル減少する(年平均3.9%減)と予測されている。中国の対EU貿易は成長を続けるが、世界平均に比べて伸びは鈍い。
  • ASEAN 貿易の成長  東南アジア諸国は、新たな世界貿易秩序における最大の勝者のひとつと目されている。今後10年の貿易増加額は1兆2,000億ドルに上り、図1に示した貿易コリドーのうち、ASEANを起点とするコリドーの年平均成長率は4.7%と推計される。これは、製造および調達における中国への依存度を抑制しようとする企業にとって、ASEANが世界への輸出プラットフォームとして浮上しているためである。ASEAN地域自体の堅調なファンダメンタルズも、投資と貿易の活発化を後押ししている。
  • インドの躍進 インドは低コスト構造、労働者の能力向上、そして改善されつつある物流インフラの恩恵を受け、主要な市場のひとつとして、またグローバル製造業企業の「チャイナ+1」戦略の要としての地位を確立しつつある。インドは世界平均の2倍に上る、年平均6.3%の貿易成長を達成すると予測されている。国内外の投資家からの注目も集まり、国際貿易においてますます重要な役割を担うようになるだろう。
  • ロシアの貿易相手国の変化 ロシアの貿易の大きな部分がBRICS諸国(ブラジル、中国、インド、南アフリカ)にシフトしている。2032年にロシアの対中国貿易が1,340億ドル(年平均7.3%増)、対インド貿易が260億ドル(同12.2%増)増加する一方、対EU貿易は2,220億ドル減少(同22.2%減)する。
2032年にかけて世界の貿易に影響を与える5つのドライバー。要塞化する北米、中国の貿易力学、ASEAN貿易の成長、インドの躍進、ロシアの貿易相手国の変化

選挙イヤーと呼ばれる2024年。世界各地で重要な選挙が数多く行われ、世界人口の半数近くが投票することになるという。産業政策では引き続き国家経済の安全保障、雇用創出、グリーンエネルギーに焦点が当てられ、特に北米、EU、ASEANを中心とした地域内貿易の強化が進むと考えられる。

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ASEANをめぐる貿易は活発化する

中国は現在世界有数の輸出国だが、相対的なコスト競争力は低下し、国内経済も減速している。国外企業がサプライチェーンを見直す中で、中国と欧米間の財のやり取りがなくなるケースもある。貿易フローが世界の他地域に移転するケースも多いだろう。多くの企業がグローバルサプライチェーンのリスクを軽減し新たな市場にアクセスしようと、製造拠点を移すためだ。これらの影響により、ASEAN-中国間の貿易額は今後10年間で6,160億ドル(年平均6.1%増)という目覚ましい成長を遂げ、ASEAN-米国間、およびASEAN-日本・韓国間の貿易額も2,000億ドル以上増加すると見込まれる。

企業はこの国際貿易のうねりにどう備えるべきか。BCGで貿易・投資を担当するパートナー&ディレクター、マイケル・マカドゥーは「この貿易パターンの変化は一過性のものではなく、世界経済を再構築する潮流だ。企業は思慮深く、果断に行動する必要がある。そうでなければ、自社のコントロールの及ばないところで目まぐるしい変化に巻き込まれる危険性がある。先行する企業は、すでにサプライチェーンの強靭性(レジリエンス)を強化するための投資を行い、変化に対応し、リスクとサイバーセキュリティに関する適切な組織能力を構築している」と指摘している。

調査レポート : 雇用、安全保障、貿易の未来――「BCGグローバルトレードモデル」より(2024年1月)

BCGグローバルトレードモデルの詳細についてはレポートをご覧ください。