CO2削減を実現する「再生農業」 長期では従来型の利益を上回る

植物を扱う農業は、自然と共生する営みにみえるが、実は世界の温室効果ガス排出量の20%以上を占める。大量の炭素を貯蔵している土壌を耕すことで、枯れた植物や微生物がためこんでいた炭素が空気中に放出されてしまうことが主な原因だ。また、化学肥料からは温室効果ガスの1種である一酸化窒素が発生してしまう。このように気候変動の一因となっている従来型農業に対し、排出量削減に資する農業システムである「再生農業」の仕組みと可能性を解説する。

生物多様性を損なう原因でもある農業

農業は、地球温暖化の要因であるだけでなく、世界の生物多様性を損なう最大の原因でもある。農地開発のための森林伐採は野生動物のすみかを奪い、農業用水のための行き過ぎた取水は川や湖の環境を変える。食用作物の種類は数えきれないほどあるが、そのうちのわずか9種類で世界の作物総生産量の66%を占めているというデータもある。

企業が脱炭素化を実現するための要素としても、農業はエネルギーとならんで重要といえる。特に食品やファッション、それらを扱う小売業界では、企業のCO2排出量を大きく左右するのはサプライチェーンの川上である一次生産である。

農業による排出量を削減し、生物多様性の保全にもつながる取り組みが、再生農業だ。再生農業は農産物を生産しながら同時に土壌の質を高め、農地の生物多様性を回復させることで、生態系の中で窒素やリンなどの資源を循環させ、環境を再生しながら経済性を向上させるアプローチである。農地を耕さずに作物を栽培する不耕起栽培や堆肥の活用によって、有機物を含む豊かな土壌をつくったり、輪作で土の中の微生物の生態系を維持することによって土壌を修復したりする(図表1)。農家の生計支援も含む包括的な取り組みといえる。

図表1 再生農業のさまざまな取り組み

出所: OP2B、WBCSD、BCGの共同レポート「再生農業:より持続可能で高収益な一次生産の構築に向けて(2023年8月)」
© Boston Consulting Group

農家にもたらす経済的な利益も明らかになっている。生物多様性に関する国際ビジネス連合OP2BとBCGが米国カンザス州の小麦農家を対象に行った分析では、小麦の栽培を再生農業に移行すると、長期的には従来型農業の利益を大幅に上回ることが分かった。

再生農業は産地・作物ごとに適したやり方があるが、その仕組みを紹介するために、この調査・分析について簡単に解説したい。

懸念は巨額のコスト、技術面の準備不足、社会的な同調圧力

まず、米国で100人以上の農家を対象に行ったアンケート調査と数名に対するインタビューの結果を見ていく。農家は再生農業の利点(土壌の健康状態の改善、投入コストの削減、肥料流出による厄介な問題の減少、生物多様性の保全・回復、極端な気象条件に対する強靭性の向上など)を理解しているものの、懸念も抱いていることがわかった。

ひとつめはコストの問題で、実に45%が、導入時の最大の懸念として巨額の初期費用や移行時に収穫量が減少する可能性を挙げている。次が技術面で、多くの農家はまだ十分な準備ができておらず、再生農業を導入するのに必要な知識や資源が不足しているとの声が挙がった。農家は、新たな手法を時間をかけて洗練させ、自然という制御不能な環境に適応していかねばならないため、この不安は当然といえるかもしれない。

聞き取り調査では、社会的な同調圧力について語った人もいた。「近隣農家や地主などから受けるいろいろな反対意見から自分を守る方法を見つけなくてはならない」「数世代にわたって受け継いできた農地について、『自分の代でこれをすべて失うことになるのでは』という不安が、いつも心の奥底にある」との声があがった。

初期には利益が減る可能性、移行後は従来型農業より利益増

農家の懸念の一方で、再生農業が長期的に農家にもたらす経済的利益は大きい。前述の通り、米国カンザス州で小麦を栽培する農家を対象に行った分析によると、再生農業導入の初期段階では利益は減る可能性があるものの、3~5年の移行期間を過ぎれば、農家の利益は従来型農業を続ける場合の予想利益よりも大幅に高くなる可能性がある(図表2)。これは、収益源の多様化や投入資源の使用効率などの要因による。

図表2 再生農業は長期的には大幅な利益増をもたらす

出所: OP2B、WBCSD、BCGの共同レポート「再生農業:より持続可能で高収益な一次生産の構築に向けて(2023年8月)」
© Boston Consulting Group

農家が再生農業の手法のうち基本~中程度の取り組みを導入し、比較的安定した状態に到達すれば、その利益は従来の農家より平均70%高くなる可能性が見込まれる。これは主に、輪作に大豆を導入することによる新たな収入と、農薬などの投入コストの減少によるものである。ただし、3~5年の移行期間には、従来型から新しい農法への切り替えに伴い、利益が平均30~60%強程度減少する恐れがある。この移行期に損失が発生するのは、土壌の生態系がまだ再生農業に見合うものになっておらず、再生農業導入に伴う新たなコスト(種子、大豆の投入コスト、収穫コスト)を相殺できないためだ。

土壌中の水分が、大豆等の新たに栽培される作物を支えられる状態になっていない可能性もあり、移行期の輪作における大豆の収穫高は、安定期に予想される収穫高より最大35%少なくなると試算される。

農家が基本~中程度の取り組みに慣れてくれば、さらに高度な再生農業の取り組みを開始できる。それによって得られる利益は、従来型農業で想定される利益を120%以上も上回る可能性がある。この利益は、輪作にトウモロコシを導入し、全体の生産量が増えることで生まれるものだ。再生農業を持続的に取り入れることで、農家は3年間に3種類の作物を販売できる。これに対して、従来型農業は3年間に2種類しか販売できない。より高度な方法を利用すれば、さらに利益は増大する。例として、牛や羊などの動物の輪換放牧(農地を区画で区切り、一定時間ごとに移動させる放牧)による土地の活性化が挙げられる。

このように、再生農業には大幅な利益増加の機会がある一方で、移行期間における利益減は、1エーカー(約4047㎡)あたり年間15~45ドル以上にもなりえる。このリスクは、最終製品メーカー(食品・飲料企業)とサプライヤー企業が協力して農家からの買い取り価格を上乗せしたり、金融機関が移行期間の初期に農家に有利な条件でローンを提供したり、政府の補助金プログラムを活用したりすることで軽減できる。またそれらを組み合わせた包括的で総合的な資金支援の仕組み(図表3)を実現できれば、再生農業への移行の強力な支援となるだろう。

図表3 移行期間中の包括的な資金支援の仕組み

出所: OP2B、WBCSD、BCGの共同レポート「再生農業:より持続可能で高収益な一次生産の構築に向けて(2023年8月)」
© Boston Consulting Group

また資金面の支援だけでなく、教育、技術、栽培に関する支援も重要だ。

日本ならではの再生農業の手法・定義が必要

これらの支援を、川下のメーカーや小売企業が川上である農家に対して行い、再生農業を持続可能な形で実現できれば、脱炭素化や生物多様性の保全に対して大きなインパクトが望める。再生農業によってつくられた農地の生態系は、熱波や豪雨などの影響を和らげることもできるため、メーカーや小売の立場から見ると、今後異常気象が増える中で調達リスクの低減につながることも大きな魅力だ。農家が経済性を担保できるようになれば、長期的な調達コストの低下にもつながり、これが川下の企業にとってのインセンティブになる。

再生農業は担い手にとっても魅力が高く、欧米では労働集約的な従来型農業から環境によい農業にシフトすることで、若手の就農が進み、農業の労働力不足にも一役買っている。農業が抱える課題を一挙に解決できる可能性を秘める、将来性のあるシステムといえるだろう。

ただし、畑一つひとつを考えると、企業としては規模の経済が成り立たない。ある程度の規模をまとめて考え、一企業だけでなく複数の企業が協力して進めることで、規模の経済が成り立ち、農家と企業がお互いに利益を得ることができる。

前述のように、再生農業は地域によって効果のある手法が違うという注意点もある。BCGで再生農業や食料システムを専門とする佐野 徳彦は次のように述べている。「日本では欧米で研究が進む手法をそのまま適用するのではなく、日本ならではの再生農業の手法・定義が必要だ。例えば、アジアモンスーン気候には不耕起栽培は必ずしも適さない。また日本には、人の手が適切に入ることによって生態系が維持される里山文化のような、2000年以上の農業の歴史で培ってきた知恵があり、それを生かす試みも重要だろう」

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