対応を迫られる生物多様性 解決策は循環型経済――『経営の論点2024』から

2024年に向け企業が新たに取り組みを迫られている地球規模のテーマが「生物多様性」である。直近の株主総会では、投資家から「御社は生物多様性の問題をどのように考えて取り組んでいるか」と問われ、対応に苦慮した企業も多く見られた。2023年9月には自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)による情報開示の枠組みの最終版が公表され、開示に向けた準備に悩んでいる企業もあるだろう。

気候変動の影響は大雨や洪水といった自然災害の激甚化により具体的に捉えられる一方、生物多様性の毀損が自分たちの生活や企業活動にどう影響するかはイメージしにくい。『BCGが読む経営の論点2024』(日本経済新聞出版)では、BCG消費財・流通グループの日本リーダー、森田 章と食料システム等におけるサステナビリティを専門とする佐野 徳彦が、企業が生物多様性というテーマとどう向き合えば良いかをひもといている。抜粋して紹介する。

  気候変動は「引き算」、生物多様性が加わると「複雑系」

気候変動対策に比べ、生物多様性は企業にとって取り組みの難易度は高い。脱炭素化は自社が排出している炭素量から何十%減らすという目標を掲げてアクションをとる「引き算」方式で解を導き出せるのに対し、生物多様性はそう簡単にはいかない。川の上流の生態系で問題が生じると、下流の生態系にも影響が及ぶように、さまざまな要素が相互に絡み合う「複雑系」だからだ。

気候変動と生物多様性が相互に関係し合うことも重要なポイントだ。たとえば、生物多様性が失われると、生態系による気候の調節機能や制御機能が低下し、気候変動が進んでしまう。同様に、気候変動によって海水温度が上昇し、サンゴ礁などが死滅することもある。

企業が行っている取り組みが、期せずして生物多様性に悪影響を及ぼすこともある。バイオエネルギーや太陽光、水力など再生可能エネルギーへのシフトは、温室効果ガスの削減効果が見込まれ、積極的に進めるべきだというイメージがある。しかし、バイオエネルギーは農業由来製品をより多く使用し土地利用の変化を起こしやすいし、太陽光発電設備を設置すれば周辺の生態系に影響が及ぶ。これらの取り組みが一概に悪影響を及ぼすわけではないが、資源を利用する際にバランスを考えないと、気候変動にはプラスでも生物多様性にはマイナスという状況になってしまう。

生物多様性の毀損の多くは、農業や林業など第一次産業で発生する。しかし、それを原材料として加工製造する企業もまた無関係ではいられない。特に、食品・飲料(約50%)とファッション(約25%)は対応が急務だ(図表1)。

 「複雑系」の解決策となるサーキュラーエコノミー

気候変動と生物多様性の取り組みを一体で推進するために、たとえばフードバリューチェーンの場合、資源採取・栽培では土地利用の転換制限、再生農業、栽培穀物の輪作などが行われている。製造加工では水の利用を減らすことや、温暖化ガス排出を押さえた製造や配送、消費段階ではプラスチック容器の廃棄物の削減が進んでいる。

このうち、私たちが特に注目しているのが再生農業だ。農産物を生産しながら、同時に土壌の質を高め、圃場(ほじょう)の生物多様性を回復させることで、圃場の生態系の中で窒素やリンなどの資源を循環させ、環境を再生しながら経済性を向上させるアプローチだ。農地を耕さずに栽培する不耕起栽培や堆肥の活用によって、有機物を含む豊かな土壌をつくったり、輪作で土の中の微生物の生態系を維持することによって土壌を修復したりする。それにより、多くの炭素が土壌に固定されると同時に、少ない肥料と水で健康な作物を栽培できる。

生物多様性に関する国際ビジネス連合OP2B(One planet Business for Biodiversity)とBCGが米国カンザス州の小麦農家を対象に行った分析では、小麦の栽培を再生農業に移行すると、長期的には農家に最大120%の利益増をもたらす可能性がある(図表2)。再生農業を取り入れた場合、移行期には導入に伴う新たなコストが発生するため一時的に従来型農業よりも利益が下がるものの、輪作に導入する大豆から新たな収入を得られたり、農薬などを投入するためのコストが減少したり、輪作にトウモロコシを取り入れるとさらに多くの作物を販売できるため、長期的には利益が増大するのだ。

再生農業をメーカーや小売企業が農家を支援しながら進めれば、大きなインパクトが望める。

再生農業は、気候変動、生物多様性、そして自社の競争優位性に好ましい「三方よし」の解決策になりうるサーキュラーエコノミー(循環型経済)の仕組みをつくるための取り組みでもある。

その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、時代の変化を読むうえでカギとなる4つの論点と、今後新たな事業機会を見つけ変革を促すために重要な4つの経営能力に着目する。第3章「サーキュラーエコノミー 気候変動の次は生物多様性が問われる」では、具体例として林業と水ビジネスにおける先進企業の取り組みを紹介しながら、企業がいま考えるべきことを解説している(詳しくはこちら)。