イグノーベル賞受賞者・武部貴則氏に学ぶ(前編)「尻呼吸」が生まれた発想の軌跡
近年「ビジネスには業務に直結するスキルだけではなく、幅広い教養や感性も重要だ」という考え方が広がりつつあり、企業もそれを後押しする例が増えている。BCGでも日々の業務から一歩離れて視野を広げる目的の研修「知的インプットセッション」が開かれた。第2回となる今回の講義では、哺乳類が腸から呼吸が可能であるという「尻呼吸」の研究でイグノーベル賞を受賞した大阪大学・東京科学大学教授の武部貴則氏を招いた。
尻呼吸は、これまでの常識を覆す発想だ。しかし一方で、人の命を救う可能性を秘めた研究でもある。武部氏はどのようにこの「ぶっ飛んだ」発想にたどり着いたのか。その背景には、医師として直面したある葛藤と、武部氏自身の体験があった。
「治せる人を選んでいる」医療への葛藤から研究の道へ
武部氏は医学部を卒業し、臓器移植を専門とする外科医を志していた。しかし、留学先の米国で臓器移植医療の現場に立ち会って目の当たりにしたのは、高額な治療費を支払い、脳死者からの臓器移植を待っている患者とその家族の現実だった。
臓器移植は、医療としては最も確実な「根治療法」の一つだ。その一方で、移植医療は必然的に治せる人が限られたものでもある。武部氏は「患者を救う仕事だと思っていた医療が、実は救える命を選んでいると気づいたとき、大きな違和感を覚えた」と語る。そして「治せない患者がいた時に治そうとする努力そのものが医療」という自身の理想をかなえるため、臨床医ではなく研究者としての道を選ぶこととなった。

武部氏の専門的な研究分野の一つが、臓器移植に関連する再生医療だ。失われた臓器をゼロから作り出して移植する「デノボ(De novo Replacement of Organ)」と呼ばれるアプローチは、医療の未来を大きく変えうる可能性を秘めている。武部氏の研究チームは、iPS細胞からいわゆる「ミニ肝臓」を作り出したことでも注目を集めた。
臓器を作る研究では「間に合わない」現実
一方で、デノボの研究の道のりは非常に長い。臓器移植の歴史をひもとけば、すでにある臓器を別の人に移植する治療でも、一般化するまでにおよそ90年を要している。ゼロから臓器を作り出す再生医療についても、実用化までには時間がかかるであろう。さらに武部氏には「この研究では “間に合わない”のではないか」と思わされる出来事があったという。

武部氏の父は、感染を繰り返す重い肺疾患を患っていた。胸に開けた穴に詰めたガーゼを毎日交換しなければ命を保てない状態で、家族が日常的に医療行為に近いケアを担わなければならない。さらに追い打ちをかけたのが、コロナ禍における重症肺炎のリスクである。重度の呼吸不全に対して、現代医療が提供できる手段は人工呼吸器やECMO(体外式膜型人工肺)だ。しかし、いずれも侵襲性が高い治療であり、命をつなぐ一方で臓器を破壊するという矛盾を抱えた手法でもあった。
大きなリスクを抱えている父は、新たな臓器が完成する未来は待てないかもしれない。その現実を前に、武部氏は自らが「第三の再生医療」と呼ぶアプローチを応用できないかと思い至った。疾患の治療にあたって既存の臓器を別の役割で使うリポジショニングという手法である。
子ども向けの図鑑から始まった新たな呼吸の形
肺以外の呼吸という前代未聞の課題に対して、武部氏がまず研究室のメンバーに持ってこさせたのは、専門書でも最新論文でもなく、子ども向けの動物図鑑だったという。図鑑をめくると、皮膚呼吸をするカエル、生殖器で呼吸をするカメなど、自然界には多様な呼吸の形が存在することがわかる。
中でも武部氏の目を引いたのが、ドジョウが腸で呼吸を行うという事実だった。水中の酸素が不足すると、ドジョウは腸から酸素を取り込み、生き延びる。さらに、腸は肺に比べて2~3倍ほど表面積が広い。こうして、人間の腸を呼吸器官として活用するという、従来の医療の枠を超えた発想が生まれた。
一方で人間の腸壁はドジョウより厚く、そのままでは呼吸に使うことは難しい。それでも「使えない理由」を並べる前に、「どうすれば使えるか」を考えることを選んだ。実験段階に進み、ガスではなく液体を用いることで、腸の壁の厚さという課題を乗り越える方法にたどり着いた。液体に高濃度の酸素を溶かし、腸から投与することで、血中の酸素濃度を改善できることが示されたのである。
腸での呼吸は、単に肺の代替手段にとどまらない可能性を持つ。腸に直接酸素を届けることで、これまで酸素供給が難しかった腸そのものや、腸を経由して血液が流れ込む肝臓の治療にも応用できる可能性が見えてきた。研究はすでに人での臨床試験段階に進み、安全性も確認されつつある。「尻呼吸」の軌跡は、武部氏の「ぶっ飛んだ発想」が持つ可能性を示しているといえるだろう。
セッションの責任者でBCGのマネージング・ディレクター&パートナーの中村 健は「最も印象に残ったのは、専門に閉じこもらず、あえて原点に戻って世界を広く見る姿勢だった。子どもの図鑑に立ち返り、自然界を広く見渡すという常識外の着想は、才能というより、ものの見方の選択から生まれるのだろう。専門性の中で最適解を探しがちな私たちに大きなヒントを頂いた」と話している。次回は、このような発想をいかに生み出すか、武部氏の組織づくりについて紹介する。