ウェルビーイングは企業活動の一部になる――大阪・関西万博「テーマウィーク」講演レポート

大阪市の夢洲(ゆめしま)で開催中の大阪・関西万博で、ボストン コンサルティング グループ(BCG)は、世界共通の課題について話し合うイベント「テーマウィーク」に協賛している。「地球の未来と生物多様性」「平和と人権」など8つのテーマについて、有識者が対話し、解決策を探る試みだ。

第4弾のテーマは「健康とウェルビーイング(Well-being)」。6月28日には「Well-being経営・教育」を議題にパネルディスカッションが開催され、BCGのシンクタンク、BCGヘンダーソン研究所(BHI)の日本リーダー、苅田 修をモデレーターに、日本マイクロソフト社長の津坂美樹氏、米ボストン大学クエストロム経営大学院の研究准教授、コンスタンス・ヌーナン・ハドレー氏、ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング社長のエド・ブリオラ氏、ミネルバ大学の学生でサステナビリティの観点から着物のリメイクブランド「u縁me」を運営する山口笑愛氏の計5人が話し合った。

ウェルビーイングは、身体的な健康にとどまらず、精神的、社会的にも良い状態にあることをいい、多様な個人がそれぞれ生きがいや幸せを感じられる社会を目指すなかで用いられる概念だ。企業でも、社員が心身共に健康で、やりがいや喜びを見出しながら日々の仕事に従事できる職場環境が求められている。

時間の使い方がウェルビーイングに影響

パネルディスカッションでは、最初に各人が自らのウェルビーイングに関する研究内容や企業での取り組みについて話した後、BCGの苅田が「組織へのエンゲージメント(貢献意欲、帰属意識)やウェルビーイングと、企業の業績をどう両立させるか。課題は何か」と問いかけた。

ビジネススクールで教鞭をとるハドレー氏は、「ウェルビーイングを促進するのは簡単ではない」と切り出した。特に時間の使い方について、企業を対象とした研究を基に「リモートワークが可能になり、24時間いつでもどこでも仕事ができてしまう。仕事の量やペースをどう調整するか。ミーティングをどうスケジュールするか。それが大きな影響を与える」と指摘した。

米ボストン大学クエストロム経営大学院研究准教授のコンスタンス・ヌーナン・ハドレー氏(左)と日本マイクロソフト社長の津坂美樹氏

時間については、マイクロソフトの津坂氏も「ROI(Return on Investment、投資収益率)ではなく、ROT(Return on Time)、つまりかけた時間に対するリターンを意識している」と述べた。
「この会場にいる人で、時間があり過ぎて困るという人はいないと思う。多くの人が過密なスケジュールでストレスを抱えてしまうのが現状だろう」と話し、ROTの改善の例として、ソフトウェアのエンジニアがAIを使ってコード(プログラム)を速く書けるようになり、空いた時間でよりよい仕事ができるので満足度が75~80%も上がっていることを紹介した。

ユニリーバのブリオラ氏は「小さな取り組みでも大きな効果を挙げられる」と話した。例えば日本のユニリーバで金曜はミーティングをやめようという取り組みをしたが、それぞれの部署の事情などがあってなかなかうまくいかなかった。そこで、上司は金曜にミーティングを設定してはいけないが、部下は上司に対してミーティングを求めてもいい、というやり方にしたところ、うまくいくようになったという。「こうした小さな改善の積み重ねが大切」と強調した。

山口氏は学生の立場から「座学が多い日本の学校と違って、ミネルバ大学はディスカッションが中心。学生一人一人の意見が重要だ言われる。たとえ自分が何を言ったとしても受け入れてもらえる。それぞれの発言には意味があり、お互いに何かを学べると考えることで帰属意識が生まれ自信がついた」と語った。

企業業績とウェルビーイングの両立に向けて

一方で、ウェルビーイングが高いパフォーマンスにつながらない場合とはどういうものか。

ハドレー氏は「心理的安全性を単に気楽でプレッシャーがない環境だと誤解する人がいる。企業のウェルビーイングの目的は、組織全体が繁栄することにある。つまり社員がやる気を出すのを後押しする取り組みなので、ウェルビーイングだから気楽でいいと思う人がいれば、それは間違いだ」と説明した。

津坂氏は「日本では、子供がいる女性の仕事を一方的に減らしたり、標語を壁に貼ってコミットメントを示したりと、多様性やワークライフバランスに対する取り組みがうまくいかなかった過去がある。女性に聞くと期待しているのはそんなことでなく、リモートワークを認めるなど柔軟な対応を望んでいる。ウェルビーイングも全員が同じことを求めていると考えてはいけない。上の人間が思い込みで勝手に決めるのではなく本人たちにニーズを聞くことが大切だ」と述べた。

さらに、世界的に少子高齢化が進む現状を踏まえ、苅田が「年齢が高い社員が増える一方、Z世代のような若い人もいる。すべての世代が高いエンゲージメントを持って共に働くことはできるか」と問題提起した。

これに対してブリオラ氏は「ジェンダーなどに比べて、世代の多様性は見逃されがちだ。世代ごとに、人生において何が大切かやコミュニケーションの仕方も違う。その違いを受け入れ、ギャップを超えて協働することが必要だ。年齢や経験の違う人たちが一緒に働くことでより豊かなことを達成できる」と期待を述べた。

ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング社長のエド・ブリオラ氏(左)とミネルバ大学学生の山口笑愛氏

ハドレー氏は「人口動態が変化し、キャリアパスとは何かを考え直す必要がある。すでに退職した人の中にも、仕事の量を減らしたいが、仕事自体は続けたいという人もいる。パートタイム、副業などさまざまな働き方がある。何歳になってもいろいろな可能性があり、キャリアパスをカスタマイズするべきだが、私たち研究者もまだそのためのよい仕組みを提示できていない」と、時代に追い付いていない現状を説明した。

AI時代の働き方と人間の役割

ディスカッション後半では、急速に普及が進むAIについて意見を交わした。生成AIの登場に続き、自立型AIであるAIエージェントが注目を集めている。人間に代わってAIが仕事をこなすようになると、人間はどのような価値を提供できるのか。苅田は、個人も企業もAIエージェントを使うと、AI同士が直接やり取りして、人間には分からない言語(機械語)で話すこともありえるとして、米AIスタートアップのElevenLabsが公開している動画(What happens when two AI voice assistants have a conversation?)を紹介した。

動画を見たハドレー氏は「怖いと感じた。AI同士が会話していても人間には何を話しているか分からない。何をAIに任せるべきかを考える必要がある。社員の指導をどれだけAIができるかという研究があるが、人間が入らないとうまくいかないという結果だった。AIを使うのはいいが、人間が関与しない世界にはなってほしくない」と意見を述べた。

ブリオラ氏は「AIを利用することで、これまで100かかっていた仕事が70になる。その空いた時間をどう使うか。知的活動に使えば、イノベーションが生まれて社会が進化する。企業であれば、空いた時間を社員の教育や勉強など価値を高めることに使えばよい」と話した。

モデレーターを務めたBCGヘンダーソン研究所の苅田修

ディスカッションのまとめでは、ハドレー氏が「ウェルビーイングは仕事の外にあるのではなく、企業の事業の一部になっていく。社員のウェルビーイングを考えない人は昇進できないような世の中が望ましい」と期待を述べ、津坂氏も「ウェルビーイングは必要なのか、なぜ大切なのか、という次元ではもはやなく、やるしかない時代だ」と力説した。
最後に苅田が「ウェルビーイングと企業業績はつながっている。それを実現するためには、従業員への十分なケアが必要であり、テクノロジーを活用して成長へのマインドセットを育むことが大切だ」と締めくくった。

セッションの様子は、テーマウィーク公式ウェブサイトでアーカイブ配信を予定している。

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