【海の日】海運業界における脱炭素化の取り組みはどこまで進んだか BCG調査

今年は7月21日が海の日。世界の海運業界は米国による新たな貿易関税の発表で先行き不透明感が一層強まっているが、脱炭素化に向けては大きな変革期を迎えている。国際海事機関(IMO)は2025年4月、業界初となるCO2排出量に応じて経済的な負担を企業に求める「カーボンプライシング」制度を承認し、温室効果ガス(GHG)の排出削減に向けた歴史的な一歩を踏み出した。

ボストン コンサルティング グループ(BCG)と、海運の脱炭素化を推進するシンガポールの非営利団体Global Centre for Maritime Decarbonisation(GCMD)は、海運業界の脱炭素化の進捗状況を明らかにするため、2024年10月から2025年2月にかけて船主や運航事業者から収集したデータを基に、業界の現状と今後の課題を分析した調査報告書を公開した。

調査では114件の回答を分析。回答者は船種、規模、売上高の異なる船主と運航事業者で構成され、欧米、中東、アジア太平洋など世界各地で事業を展開する企業が含まれる。主要なバンカリング(船舶への燃料供給)拠点や、米国の主要港湾からも現場の声を集めた。

海運業界の目標と取り組み、直面する課題

今回の調査では、海運業界をめぐる状況が不確実な中でも脱炭素への意欲は依然として高いことが明らかになった。回答者のうち77%が「実質排出量ゼロ(ネットゼロ)」を重要視しており、ネットゼロ目標を掲げる企業も増加している。

こうした目標の高まりに伴い、バイオ混合燃料やメタノールの導入、風力補助推進システム、太陽光パネルといった脱炭素に向けた施策は進んでいる。一方、これらの取り組みは、船主が保有する船全体の中では、まだ一部にとどまっているのが実態だ。

技術面では多くの取り組みが実用段階か、その手前まで進んでいるものの、経済的な課題は依然として大きい。特に、低炭素燃料の採用に関しては、回答者の52%がバイオ混合燃料についてコストの高さを課題として挙げており、メタノールやアンモニアについてもそれぞれ44%、39%が同様の回答をしている。

実際にBCGのモデルでは、2030年時点でのメタノールの生産コストは1ギガジュール(GJ)あたり51~84ドル、アンモニアは46~72ドルになると予測している。これは2025年2月時点での低硫黄燃料の取引価格(1GJあたり13ドル)と比べても著しく高く、こうした燃料コストの高さや初期投資の負担が導入の大きなハードルとなっている。

脱炭素を今後推進していくためには、政策による義務化や財政支援、公平な競争環境の整備が不可欠だ。特に、GHG価格制度の導入など政策による後押しが、経済的障壁の緩和や施策の導入促進に寄与すると期待されている。

船主と運航事業者の3つの典型的なタイプ

船主と運航事業者は、脱炭素化に向けた施策の導入状況に応じて、3つのタイプに分類される。これらのタイプはそれぞれ異なるレベルの目標を掲げており、直面する課題も異なる。

①フロントランナー

脱炭素を最優先の課題として掲げ、専任チームを設置するなど積極的に取り組む層で、GHG価格制度においても業界をリードしている。新技術の導入にかかる初期コストの高さや低炭素燃料の供給、バンカリング拠点の不足など、主な課題は実行段階にある

②フォロワー

脱炭素化に意欲的だが、ネットゼロの優先度や専任チームの設置ではフロントランナーに遅れを取っている。新技術の性能や投資回収に関する知識不足など、評価段階の課題が中心だ。

③コンサバティブ

脱炭素化の取り組みはまだ初期段階で、専任のチームを持つ企業は全体の3分の1にとどまっている。現在は導入段階にあり、技術的運用手段(TOL)の認知不足や、低炭素燃料の経済的な実現可能性といった課題に直面している。

これらのタイプでは、いくつか注目すべき傾向がある。定期航路船を運航する企業の半数以上がフロントランナーに分類され、ルートの予測可能性やコスト転嫁のしやすさなどが、導入・実行を後押ししていると考えられる。コンテナ船会社でも半数以上がフロントランナーで、定期航路船を運航する企業と同様の傾向を示している。

船隊規模も脱炭素化の取り組みに影響を与えており、100隻以上の船舶を保有する企業の63%がフロントランナーに分類されている。こうした大規模企業は、脱炭素化ソリューションを導入するためのリソースや実行力を持ち、排出量に関して業界内でより厳しい目を向けられていることが背景にあると考えられる。

こうした傾向がある一方、例外もある。たとえば、コンサバティブやフォロワーの中にも大規模な船隊を保有する船主がいる一方、フロントランナーの中には小規模な船隊の船主もいる。また、コンサバティブやフォロワーはコンテナ船を保有する船主に多く、フロントランナーはその他の船種を保有する船主に多く見られる。

脱炭素化の推進におけるバンカリング湾の重要性と展望

船舶の脱炭素化を促進するうえで、港湾の支援は特に低炭素燃料の採用において重要な役割を担っている。米国と欧州、アジア太平洋の5つのバンカリング港を対象に調査したところ、ほとんどの港が脱炭素化を支援するためのロードマップや専任チームを設置しており、すべての港がインセンティブを提供していた。

ただ、低炭素燃料や船内でのCO2回収システム(OCCS)に対する船会社の需要の不確実性が懸念されている。岸壁側のインフラが整備されていない状況では、船舶が低炭素燃料エンジンやOCCSへの投資に踏み切れない。一方で、港湾側も船会社からの需要が確実でなければ、必要なインフラ整備に踏み切れず、「ニワトリが先か、卵が先か」のジレンマが生じている。こうした中、カーボンプライシング制度が低炭素燃料の需要増につながると期待されている。

高まる世界経済の逆風

過去10年間、海運業界では脱炭素化に向けた国際的な規制が大きく進展してきた。特に2023年以降は以前よりも厳しい規制が採用され、船主に脱炭素技術の導入や運航の効率化を促してきた。IMOは2050年ごろまでに国際海運からのGHG排出を実質ゼロとする目標を設定し、2025年4月には世界を航行する大型船を対象にした新たなGHG排出規制を採択した。目標の達成に向けたインセンティブや罰則制度も打ち出すなど、脱炭素化の流れは加速している。

一方で、広範なエコシステムには2024年後半から不透明感が広がり始めている。たとえば米国では、再生可能エネルギー支援策の一部が停止された影響で低炭素燃料の生産プロジェクトへの投資意欲が鈍る懸念がある。また、混乱が続く貿易関税の動きは、スタグフレーションを引き起こす恐れもあり、各国政府が気候対策よりも経済支援を優先する可能性もある。こうした中、世界各地では生活費が高騰しており、企業の先行き不安や市場心理の冷え込みにもつながっている。

今回の調査で、世界的に一貫した規制やデータ共有、バンカリング港の支援が、海運業界が掲げる脱炭素化の目標を実現する上で不可欠だと明らかになった。適切な投資や取り組みを行うことで、海運業界は持続可能な脱炭素化と商業的な成功を両立する未来への道筋を描くことができる。

調査レポート:「Achieving a Sea Change in Maritime Decarbonization」(2025年6月)

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