アバター技術がもたらす人の進化 石黒浩氏ら専門家が意見を交わす――大阪・関西万博「テーマウィーク」

大阪市の夢洲(ゆめしま)で開催中の日本国際博覧会(大阪・関西万博)。ボストン コンサルティング グループ(BCG)は、地球的規模の課題解決に向けて対話を行う「テーマウィーク」に全体協賛として参画している。テーマウィークでは「未来への文化共創」「未来のコミュニティとモビリティ」「食と暮らしの未来」など8つのテーマを設定し、テーマに関連の深い参加者が解決策について議論するトークセッションが実施されている。

5月19日には2つ目のテーマ「未来のコミュニティとモビリティ」を議題とした3つのトークセッションが万博会場内のテーマウィークスタジオで行われた。

「人とアバターの共生社会」が目指すもの

リアルとデジタルが融合した社会のあり方」のセッションでは、大阪大学大学院基礎工学研究科教授の石黒 浩氏がモデレーターを務めた。パネリストとしては、国立研究開発法人情報通信研究機構監事などを務める土井 美和子氏、東京大学先端科学技術研究センター教授の稲見 昌彦氏、イタリア工科大学創設ディレクターのジュリオ・サンディーニ氏、シンガポール国立大学教授学部長のチェチリア・ラスキ氏が登壇。アバターは社会にどう受け入れられ、アバターによって社会はどう変わっていくかについて意見を交わした。

アバターとは、自分の分身として動かすことができるCG(コンピュータグラフィクス)キャラクター、またはロボットのことだ。現在、AIの発展によって、アバターは操作する人間の意図を汲み、半自律的な行動が可能な段階にある。万博パビリオンでも展示中の、人間に酷似したアンドロイド「ジェミノイド」は、操作をしなくても人との会話が可能だ。相手の表情などをカメラで読み取り、ジェスチャーを交えることもできる。

大阪大学大学院基礎工学研究科教授の石黒 浩氏の開発した人間酷似型アンドロイド「ジェミノイド」は生成AIで人との会話が可能。

アンドロイド・アバター研究で知られる石黒氏は、「人とアバターの共生社会」を作ることを目指していると語る。石黒氏が立ち上げたベンチャー企業AVITAでは、アバター提供をビジネスとして展開。保険選びのWebサービスでは、生身の人間を相談役とした場合よりも、生成AIを組み込んだアバターを相談役とした方が高い成果を上げた例もあるという。また今後、車椅子利用者がCGのアバターを使い、遠隔でコンビニの接客業務を行うような活用方法も想定されている。アバターを利用すれば複数店舗で働くことができ、賃金の向上も期待できる。こうしたアバターの浸透によって、今後の人口減による労働力不足の改善や、差別の解消、社会の包摂性向上にも資すると石黒氏は述べる。

ロボットの手・指がファッションに?

このように、現在アバターは労働力不足を補ったり、障害を克服したりする手段の一つとして見られることが多い。しかし、パネリストへの「今後、アバターの社会実装の担い手は誰になると思いますか?」という石黒氏の問いに対して、稲見氏からは「ファッション業界が市場をリードしていくのでは」という全く違った角度の意見が飛び出した。

東京大学先端科学技術研究センター教授の稲見 昌彦氏は、ロボット製の第六の指を装着して登壇した。

稲見氏は、人間の身体を拡張するロボットの身体を研究・開発している。セッションでは実際に「第6の指」を着けて登場した。これは筋肉で発生する微弱な電場を検出して動く人工の指で、小指の外に指を付け加える形で装着し、意志に合わせて動かすことができる。

稲見氏は、過去にブロック等で疑似的に「オリジナルの第6の指」をつくるワークショップを開催したところ、参加した子どもたちが第6の指をデコレーションする現象が起きたという。この事態は稲見氏にとっても予想外で、「もともと体の一部として機能するようにつくったものだったが、体の代替・拡張としての技術だけではない可能性を感じた」と語った。

石黒氏は「たしかに義手、人工の指と聞くとハンディキャップのある人が使うものだと決めつけがち。しかし、一般の人もこうした技術をファッションとして取り入れるかもしれない。アバターがファッション化して広く取り入れられれば、価格も下がっていくかも」と納得。稲見氏は2対のロボットアーム(自在肢)をつけたダンサーのパフォーマンスなども紹介し、新しい表現手法としてのアバターの可能性を示した。

一方サンディーニ氏は、こうした意見は興味深いとしながらも「単に指を増やすのが目新しい、ファッショナブルだ、というのではなく、機械を使った人の感情こそが重要だ」と指摘する。サンディーニ氏は、神経科学とエンジニアリング工学との融合や、ロボット制作を通した人間理解を研究テーマとしており、人間とロボットのやり取りから関係性が生まれることを重視している。そのバックグラウンドから、たとえば「指が増えたことで野球がうまくできた」など、アバターによってもたらされる刺激や体験が大切なのではないかとの見方を示した。

アバターは人になるのか? 未来の人間の進化とは

アバターに対して多様な意見が出されるなかで複数のパネリストが共通して懸念を示していたのは、人間がアバター技術に依存してしまう、または、人とアバターの主従関係が逆転してしまう状態だ。稲見氏は「人間が機械に使われているのではなく、自分が主人公だと考えることが必要」と語り、サンディーニ氏も「アバターとのやり取りによって、人同士のやり取りが減ることは避けなくてはいけない」と述べる。

一方、石黒氏は、将来的に人とアバターの間の境界線は消えていくだろうという見解を示した。これまでも最も進んだツールを使って能力の強化、つまり“進化”をしてきた人類にとっては、アバターやAIを受け入れることも進化だと石黒氏は語り、「人型のロボットやAIをパートナーとして使っていくようになることに、疑いの余地はないと思う。彼らを友人として見るかもしれない」と続ける。

これを受け、タコをヒントに柔らかい素材で作ったソフトロボットの研究者であるチェシリア・ラスキ氏は「自律性を持ち、何らかの知性を持ったロボットだとしても『人間性』を持っているわけではないと思う」と意見を述べた。

シンガポール国立大学教授学部長のチェシリア・ラスキ氏はソフトロボットの研究者。このロボットは、タコをヒントに柔らかい素材で作ったという。

知性あるロボットは社会の一部としては受け入れられるかもしれないが、ペットもしくは家電のような、人とは違う扱いになるのでは、と語る。対してサンディーニ氏は「人間性というのは関係性にあると思う」と述べ、今後もし人間のようなAIが出現した場合「やり取りの記憶を持っていて関係性が同定され、それを何か別の技術で確認できるのであれば、その関係性に嘘はないと思う」とロボットが人間性を持ちうる未来について考察を深めた。

さらにセッションでは、「AI時代において、ヒューマノイドの可能性は広がっていくか」「デジタルが融合した世界で都市とコミュニティはどのようになっていくか」といった質問が投げかけられ、これからの人間の在り方やその可能性を考えさせられる活発な議論が展開された。

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