アニメにおけるAI活用 「動画での実用化はまだ先」KADOKAWAアニメプロデューサー×BCG X高柳(前編)

(右からKADOKAWAの田村 淳一郎氏、田中 翔氏、BCG Xの高柳 慎一)
アニメ制作におけるAI活用の議論は、生成AIの登場でさらに活発化している。制作現場を取り仕切るプロフェッショナルはどう見ているのか。KADOKAWAのアニメ事業局を率いる田中 翔氏とグループ内スタジオの運営を統括する田村 淳一郎氏に、アニメの仕事におけるAIの向き不向きや導入に向けた課題を、BCG XのAIエキスパート高柳 慎一が聞いた。
生成AIに任せるべきは「止まった絵」
高柳 KADOKAWAグループのアニメ事業といえば、直近では『推しの子』『メダリスト』など話題作を多数手掛けています。アニメ制作においてAIの活用は進んでいるのでしょうか?
田村 検討自体は2年ほど前から進めていて、今は実験段階です。しかし、すぐにAIを実用化させるのは難しい印象です。アニメの制作プロセスでいうと作画を修正して統一する作画監督が最も人手不足なので、その仕事を助ける観点でAIを活用するニーズは大いにあるものの、アニメーションとして使える絵を描くという意味ではまだ人間が描いた方が速い。
アニメーションは、原画と原画の間に少しずつ部分を変えた中間の絵を描き、1秒間24コマで動かします。この中間の絵を描く「中割」という作業は、アニメをつくったことがない人が見ると「間の絵だけなら簡単にAIで作れそうだな」という発想になるのですが、実はそうじゃない。うまく動画にするためには間の絵こそ、センスと経験が必要になります。
また、生成AIは繰り返し同じことをするのが苦手。同じ絵を出力させるのが難しいのです。1回目と2回目で勝手に線が足されていたり、少し変えて出してきたりするので手直しが必要になり、かえって手間がかかります。現状、動画(原画と中間の絵で構成される、動きを表現する素材)はAIにとって一番難易度が高い。
反対に、線の細かい絵、静止した絵を描く方がはるかに得意なので、人間が監督しつつ背景や静止画の補助に使うのは現実的だと思います。あとは、たとえば煙が立ちのぼるシーンのように法則性のある動きも学習しやすいので、得意なようです。まずは止まった絵を描かせたうえで、その絵を使えるところに人間が当てはめていくのが適切なフローだろうと考えています。いろいろなAIツール会社から営業が来るのですが、だいたいが動画の補助をしようとしていて「そっちじゃないんだよな……」となります(苦笑)。
田村 淳一郎
KADOKAWA スタジオ事業局
スタジオ制作Division General Manager
漫画雑誌『ガンダムエース』などの編集者を経て、アニメ企画・制作部門に異動。アニメのプロデュースに携わり、現在はグループ内スタジオの運営をとりまとめる。手掛けた作品に『盾の勇者の成り上がり』『文豪ストレイドッグス』などがある。

田中 ショート動画やティックトック用のアニメを作るならかなり使えるものはあると思うのですが、テレビシリーズは1話あたり20分強、最低12本のアニメを作らないといけない。それに耐えうるAI技術はまだ確立されていないなという印象です。
高柳 なるほど。絵を動かすところにAIが使えるのだと思っていましたが、違うのですね。補助ツールとしての活用余地はあると。
巧妙な“ウソ”を作るには莫大なデータが必要
田村 ですが、「AIを使ってアニメを作っている」と大声で言いにくい風潮があります。業界全体として、生成AIの「生成」機能を単純に制作に取り入れることにはナーバスです。著作権の問題が大きく、不特定多数のデータは使えないためです。また、権利面に配慮した使い方や、画像生成ではない使い方をしていても、「AI・生成AIを使用した」という点で権利侵害やクリエイティビティへの疑問が想起されてしまい、視聴者からも批判が起きかねない。
田中 アニメーションはある意味、不正確なものを正確に見せる“ウソの技術”。筋力や重力を無視した動きも出てくる。これを可能にするために、人間ならではの創造力が使われています。この巧妙な“ウソ”をAIで作るためには莫大なデータが必要で、それはイコール著作権の集合体になります。国がアニメ産業を支援してくれるのであれば、極端なことを言うとすべての著作権に対してお金を払ってフリーにしてくれたらいいのに、なんて思いますね(笑)。
高柳 国に期待することはやはり、幅広いデータ活用を可能にするための支援ですか?
田中 そうではありますが、データについては各社の利害関係があるので、なかなか実現は遠いのではないかとも感じています。KADOKAWAグループは傘下のスタジオ同士で、可能な範囲でアセット(資産)を共有していこうというビジョンを打ち立てていますし、他の企業も同様だと思いますが、権利面で自由がきく自社のアセットを学習させて、どれほどのAIモデルができるかを試行錯誤しているフェーズにあります。

田中 翔
KADOKAWA
メディアミックス事業グループ担当執行役員
アニメ事業局 局長
新卒入社した企業で、洋画やアニメ製作を経験。2011年、メディアファクトリー(現KADOKAWA)に中途入社し、アニメのプロデュースに関わる。手掛けた作品は『Re:ゼロから始める異世界生活』『オーバーロード』『幼女戦記』『ノーゲーム・ノーライフ』『月刊少女野崎くん』『宇宙よりも遠い場所』など。
田村 あとは日本のアニメ産業を成長させる視点で、家賃など固定費の補助があると助かります。韓国ではデジタル産業団地が造成され、ゲーム、アニメーションといった業種の企業にも格安で貸し出している。そのようなイメージです。
加えて、急務なのは人材育成への補助・投資ですね。アニメーターから演出家まで、アニメ産業にかかわる人が全てのジャンルで足りていない。
田中 たとえば、中国では人間国宝レベルのアニメーターがどんどん登場していますし、短尺のアニメでいえば純粋な作画クオリティでは歯が立たないんじゃないかと感じることさえあります。さらに3Dアニメにおいても、中国のアニメ映画『ナタ2』は今年1月に公開されてから、わずかな期間でアニメ映画の興行世界歴代1位を記録するにいたりました。
田村 人口が多い分、アニメーターの数も桁違いですからね。日本も意図的に人材を増やしていかないと、10年後、20年後にはアニメビジネスで生き残っていけないかもしれない。
高柳 まさしく同じことがAI分野でも起きていて、中国が優れた人材を輩出しながら非常に性能の高い生成AIを開発しています。重なるところがありますね。
高柳 慎一
ボストン コンサルティング グループ(BCG)
BCG X プリンシパル
北海道大学理学部卒業。同大学大学院理学研究科修了。総合研究大学院大学複合科学研究科統計科学専攻博士課程修了(統計科学)。リクルートコミュニケーションズ、LINEなどを経て現在に至る。デジタル専門組織BCG Xにおける、生成AIを含むAIと統計科学のエキスパート。

作業の“良し悪し”の理解は必須
高柳 生成AIではないAIの話になりますが、フィギュアスケートを題材にした話題作『メダリスト』は、3DCGを活用したアニメーション技術でも注目を集めています。スケーティングのシーンは、モーションキャプチャ(現実の人やモノの動きを3次元のデジタルデータで記録する技術)で撮影した実際のアスリートの滑りをベースに描かれていて、動画データの補正にAIを使用したそうですね。「本物の人が滑っている」と錯覚するほどの衝撃を受けました。
田村 実写の撮影データはアングルを変更することができませんが、CGの仮想カメラはカメラワークを自在に操れるという利点があります。ブレード(スケート靴の刃)が着氷する瞬間のアップなど、テレビでは映せない場面を撮ることが今回のチャレンジであり、今までのスケートアニメと違う点とも言えますね。
モーションキャプチャで撮影したデータは、そのまま使えないことがよくあります。今回はスケートリンク上で撮影を行うにあたり、「慣性式モーションキャプチャ」を選択しました。これは対象に取り付けた慣性センサーの変位と姿勢を計測する方式なのですが、移動値の精度が低い。この欠点を補うために、俯瞰カメラで撮った実写映像からAIで位置情報を拾い、モーションキャプチャデータの移動情報を補強しました。AIと言っても、いわゆる生成AIとは違う利用法です。
高柳 不十分なデータを補い、品質を高めるところに使ったわけですね。AIを活用していく方向性としては、主にコスト削減とクオリティ向上があると思うのですが、どちらを意識していますか?
田村 アニメにおける一番のコストは人件費で、かつ「時間=クオリティ」という業界なので、両方を追求していくことになると思います。たとえば、制作過程で色の塗り間違えはよく起きるのですが、それを指摘してくれるAIツールがあるといい。検査する人に取って代わるのではなく、人力だけではしんどい仕事をサポートすることで作業効率を上げるイメージです。
田中 色はある程度のルールを決めた上で運用していくので、AIにとって一番わかりやすい領域かもしれません。ルールが決まっているなかで決められた行動をするというプロセスに、積極的に導入していきたいですね。

高柳 BCGではAIの導入には「2つのA」、拡張(Augmentation)と自動化(Automation)があると説明しています。前者は一人ひとりの能力を底上げして生産性を何倍にも高めること、後者は完全に人間を代替することを指します。アニメ業界は前者と言えそうです。
田村 ただ、中割も着彩もそうですが、そもそもその作業自体の“良し悪し”を理解している人間でなければ正しくAIを使えないという問題があります。「1秒間24コマのどこに重きを置くのか」「人間の感覚として自然な色使いはどれなのか」といったことがわかっていないと、AIが出したものの良い悪いを判断できないのです。
人の感性に訴えかけるものを作っているのだから、最終的なジャッジは人間が行うべきです。KADOKAWAとしてはそれができる人材を育成したいし、そうした人材がAIを使うことでクオリティが向上しコストも削減されていく世界をめざしたいと思っています。