日本企業のR&D能力を向上させる10の要諦――『BCGが読む経営の論点2025』から

日本企業の多くで、イノベーションの根幹となるR&D(研究開発)力が低下していると言われて久しい。企業にとってイノベーションの創出は必須命題だが、日本企業は世界のR&Dの進化トレンドから取り残されているように見える。

BCGが読む経営の論点2025』(日本経済新聞出版)では、BCGコーポレートファイナンス&ストラテジーグループの平谷 悠美中村 健が、日本企業のR&Dの4つの課題とグローバル競争力再生への10の要諦を提示している。その一部を紹介する。

世界のR&Dトレンドから取り残される日本企業

高齢化を背景に国内市場が縮小するなか、成長を持続するにはグローバル競争で勝ち抜いていく必要がある。しかし、日本企業は過去の勝ちパターンから脱却できず、苦戦を強いられているようだ。

その大きな要因のひとつは、技術の焦点の変化だ。以前はハードウェアが中心だったのに対し、現在の研究開発ではソフトウェアやデジタルの活用が肝となっている。デジタルの世界では、“カイゼン”に代表される持続的な技術改良よりも、指数関数的に飛躍する技術革新が求められる。情報通信技術が発達し、海外拠点間や企業間で共同開発がしやすくなり、欧米のみならず、韓国・中国勢もオープンでグローバル型の開発スタイルへと大きくシフトしている。

研究開発力の高いグローバル先進企業と、日本企業の差分を分析すると、4つの領域に日本企業の課題が見られる。

顧客から遠い研究開発体制

新興市場では、先進国向け製品の廉価版をそのまま持っていっても売れない。しかし日本では、これまでは国内市場がそれなりに大きかった経緯もあって、まず国内に目を向け、そこで成功したらアジアなど海外に展開しようと考える傾向がある。対照的に、中国や韓国の企業は最初からアフリカや東南アジアなどに照準を定めて、現地ユーザーのニーズや利用方法を理解した上で、現地の課題解決に向けたものづくりを行う。その結果、製品の仕様もコスト構造も先進国向けとはかけ離れたものができる。

海外の先進企業の間では最近、中央研究所を廃止する動きが見られる。R&D組織がサイロ化し、自社事業からもユーザーからも遠くなってしまうのを避けるためだ。現地に拠点があれば、規制要件を深く理解したり、ユーザーの実態や真のニーズをつかんだりしやすい。ただし、海外に拠点を置けばよいという話でもない。効果的なR&D体制の実現に向けて、R&Dの機能の全体像を整理し、どの拠点に何を置くかを明確化し、さらに時差、物理的な距離、言語を考慮したWays of working(働き方)を定義する必要がある。

設計やプロセスの遅さ

日本企業にありがちなサイロ化したR&D組織は、要件定義に沿って予め設定した工程通りに進めていくウォーターフォール型の開発モデルに適している。一方、クロスファンクショナル(機能横断)チームが顧客ニーズを起点に素早くプロトタイプ(試作品)をつくり、フィードバックを踏まえて高度化させるアジャイル型は苦手としてきた。その結果、開発スピードだけでなく、品質やコストの面でもグローバル競争力を失いつつある。

さらに、日本企業の多くはこれまで、職人技や高度な擦り合わせによるインテグラル型製品をつくることを強みとしてきたが、ここでも逆風が吹いている。従来は精密な職人技が必要だった領域でも、AIの活用により、職人技に頼らずとも、短時間に同等のアウトプットが出せるようになりつつある。

R&Dに限った話ではないが、生産性の問題もある。日本生産性本部によると、日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟38カ国中30位(2022年)。また、労働人口の減少に加えて、1人当たり労働時間は過去30年間で25%短くなっている。テクノロジーやデジタルの活用によりこれらをカバーすべきだが、雇用法制・慣行が足かせになっている面もある。

不適切な資源配分やガバナンス

日本企業のR&D活動では、新規の大きな技術革新と、既存事業の範囲での漸進的な技術進化の2つの間でバランスが取れていないケースが散見される。成長している企業は、既存と新規の両領域で成果を出している場合が多いことがわかっている。

既存・新規のバランスをとるには、R&Dポートフォリオを俯瞰し、各テーマの利益貢献度を明らかにする必要がある。しかし、技術に明るくない経営者にとって、R&Dプロジェクトの価値や優先順位はブラックボックスとなりがちで、資源配分やガバナンスが適切に行われていない例が多く見られる。

根強い自前主義

NIH(Not Invented Here)症候群は、自国や自社内で発明されたものではないという理由で、第三者の技術やアイデアを拒んでしまう状況を指し、日本企業はその傾向が強いとされてきた。自前主義にこだわっていては、新しい領域の組織能力を迅速かつ柔軟に取り込むことはできない。

オープンイノベーションや企業連携では、ファイアーウォールの設定やIP(知的財産)など煩雑な問題が絡んでくるので、役割分担を明確にし、仕組み化することが重要だ。しかし、既存の人事制度や組織構造、カルチャーが障壁となることも多い。

R&D能力向上への10の要諦

これら4つの課題を念頭に置いて、グローバル先進企業と平均的な日本企業の差分を分析した結果、日本企業が最初に着手すべきこととして図に示す10の要諦が抽出された。

日本企業の研究開発能力向上への10の要諦

企業により各項目の重要度や着手すべき順序は異なるだろうが、10項目すべてに手を打つことが肝要だ。従業員の高いコミットメントなど、日本企業ならではの強みを活かしつつ、トランスフォーメーションを行うことが必要となる。担当部門に任せきりにせず、企業全体のアジェンダととらえて経営陣が自ら推進していくことが求められる。

その年のビジネスを考えるうえで経営者が押さえておきたいトピックを、BCGのエキスパートが解説する『BCGが読む経営の論点』。最新刊では、日本企業が今後10年超にわたって持続的な成長を実現していくうえで経営者が優先的に考えるべき10の重要論点を提示する。第8章「R&D(研究開発)能力の向上――グローバル競争力再生への10の要諦」では、日本企業のR&D能力向上への打ち手について解説している(詳しくはこちら)。