米国の医療業界が航空業界から学べること コスト削減と多角化で病院経営を強くする

米国の医療機関は現在、深刻な経済的逆風に晒されている。医療費の高騰など長年の課題に加え、新型コロナウイルスの影響で収益の減少やコストの増加に苦しみ、多くの病院が閉鎖や破産に追い込まれている。医療機関全体に革新的なアプローチが必要とされる中、意外なところから生き残るためのヒントを得られる。それは航空業界だ。

一見結びつかないように見える2つの業界だが、実は類似点も多い。航空業界と医療業界は、どちらも厳しい規制の下に運営されており、極めて高度なスキルを持つ人材が必要な点や安全性を重視する点で似通っている。また、固定費が高い中で安定した収益を確保するため、航空会社が旅客数やビジネスクラスからの収益に頼ってきたのと同様に、医療機関も手術や入院患者の数、民間の健康保険プランからの高い収益に依存している。航空業界がこれまでどのように逆風を乗り越え、収益を多角化して安定性を保っているのかを学ぶことで、医療機関は今後の戦略における多くのヒントを得られる。

医療機関の赤字は2027年までに2000億ドル超まで膨らむ

2000年代初め、航空業界は燃料価格の急騰と旅客需要の減少により供給過剰に陥り、航空会社の破綻や統合が相次いだ。しかしその後、収益の多角化や革新的な投資を通じてビジネスモデルを大きく変えたことで業界は安定し、経済の不確実性に直面しても利益を上げて成長することが可能になった。

医療業界も近年、統合やコスト削減を進め、一定の成果を上げているが、業界が財政的に持続可能な未来を実現するには十分でない。成長を続けるためには、医療機関も航空業界と同様にビジネスモデルを根本的に転換し、新たな投資方法を取り入れて収益を多角化する必要がある。

米国では医療費の高騰に伴い、医療機関の運営コストが押し上げられる中、2000年代には医療の制度改革が行われ、高齢者や低所得者層向けの医療保険プログラムで病院側が受けとる報酬額が減るなど、医療機関の収益の悪化につながった。新型コロナウイルス感染拡大はこうした長年の経済的課題を一層深刻化させた。2022年、急性期医療セクターでは毎月赤字が続き、19の病院が閉鎖または破産を発表した。

民間の医療保険やメディケア(米国の公的医療保険制度)の料金引き上げも、コスト、特に人件費の上昇を補うには不十分だ。現在の傾向が続いた場合、一般的な医療機関が2027年に損益分岐点に達するためには、過去10年間の年間診療報酬改定率の2倍に相当する、年間5%から8%の大幅な料金引き上げが必要になる。

一部の病院では手術件数が徐々にコロナ前の水準に戻りつつあるが、整形外科や心臓外科といった高利益率の手術を受ける患者が、日帰りの手術や処置に特化した外来手術センターなど、医療機関に属さない施設に移行し続けているため、医療機関の財政的安定性が脅かされている。BCGは昨年、特段の対策が取られなければ、米国の医療機関の年間財政赤字は2027年までに2000億ドルを超えると予測した。

病院の統合とコスト削減は短期的な安定をもたらす

2000年代初め、経済的課題に直面した航空業界では、大規模な統合が行われた。2000年には、10社の航空会社が米国で利用可能な座席数の90%以上を占めていたが、2012年初までに10社が5社に統合され、その5社が市場の85%を支配するようになった。統合は2012年以降も続いたが、そのペースは大幅に減速した。

航空会社は財務基盤を強化するため、エンジンの燃料効率を高め、軽量の材料を使って燃料の消費を最小限に抑えるなど、効率化とコスト削減にも注力した。さらに、航空交通管理や滑走路の設計を改善して待機時間を最小化し、天候の変化に対応して最適なルートを飛行できるようにした。

医療機関も同様のアプローチを試みてきた。2000年代初めには病院や診療所の買収をはじめ、複数の病院を抱えるシステムに統合した。その結果、どことも提携していない独立した病院の割合は1990年の62%から2023年には32%へとほぼ半減した。ほかにも、効率化とコスト削減のため、入院期間の短縮、手術室の回転率の改善など、さまざまな対策を講じているが、取り組みやすいコスト削減策が尽きた後は、新たな手段を考える必要が出てくる。

航空会社の新規事業への多角化が手本に

航空会社は、財政的な持続可能性を高めるため、中核事業を根本から転換し、輸送関連事業以外の分野に収益の多角化を図るという大胆な措置を取った。具体的には、顧客を引き付け維持するため、ロイヤルティ・プログラムやクレジットカード・プログラムに多額の投資を行い、金融サービスの提供を始めた。これらのプログラムは、当初の期待をはるかに超え、2023年には航空会社の上位3社(デルタ航空、アメリカン航空、ユナイテッド航空)のロイヤルティ・プログラムの評価額が、航空会社の中核事業の時価総額を上回る結果となった(図表1)。

これにより、中核事業が低迷する時期があっても、ロイヤルティ・プログラムによって損失を軽減し、収益性を維持できるようになった。また、航空会社はパックツアーの提供やデータの収益化など、新たなビジネスモデルを積極的に取り入れた。

米国の大手航空会社の中核事業とロイヤルティ・プログラムの評価額を示した図。多くの航空会社でロイヤルティ・プログラムが中核事業を超えている

医療機関が収益多角化を実現するためのアプローチ

航空業界の成功例にならい、医療機関も次に挙げるアプローチで収益の多角化を検討できる。

●リスクを分散した多様な投資:プライベートエクイティファンドと共同で専門診療や在宅医療などに投資し、これらのグループの株式を保有することで投資の基盤を多様化できる。これにより、リスクを分散しながら収益の安定を図ることが可能になる。

●新たなパートナーシップの追求:アマゾンやウォルマートなど医療業界に新たに参入している小売業者や、テクノロジーを活用したパーソナルヘルスケアを提供する非臨床サービスの企業と連携するなど、従来とは異なるパートナーシップを追求する。これらの組織との協働により、食料不安や社会的孤立といった社会的な健康要因にも対処できる。

●研究資産のスピンオフ:研究機能を有する多くの医療機関、特に学術医療センターは、新しいバイオテクノロジー企業のスピンオフ(分離・独立)に成功している。例えば、米国オハイオ州にあるクリーブランド・クリニックが心血管疾患(CVD)診断の事業をスピンオフし、その後ニュージャージー州の診断検査サービス大手クエスト・ダイアグノスティクスが2017年に9400万ドルで買収した。

医療機関の学術研究を営利団体にスピンオフし、商業化することで収益を分散させることができる。これにより、一流の医師・科学者や患者を引き付け、医療技術の開発と収益化が促進されるといった好循環も生まれる。

医療機関は、航空業界の成功事例を参考に、収益の多角化やビジネスモデルの革新を通じて安定した経済基盤を築くことができるだろう。医療機関が強い経済的圧力に屈さず、進化を遂げるためには、現在の課題を超えて、次なるレベルのパフォーマンスを促進できるリーダーが必要である。