BCGエキスパートが語る 生成AIで日本企業が成果を出す鍵

生成AIは急激な進化と広まりを見せ、世界の企業の活用も「実装段階」に進んでいる。特別な専門知識がない人でも一定程度活用できるからこそ、この技術を本質的に使いこなすことができるかが、企業にとっても、個人にとっても競争力の分かれ目といっても過言ではない。DXでの後れを引きずる日本企業は、逆転を図れるのか。ボストン コンサルティング グループ(BCG)で生成AI領域の日本リーダーを務める中川 正洋と、生成AI関連の先進プロジェクトを多く手掛ける金融グループのアジア太平洋地区リーダー、陳 昭蓉に聞いた。

日本の従業員の生成AI利用率は他国に比べてまだ低

中川 日本企業でも期待値は高まっており、さまざまな企業が取り組みを進めている。すでに実際の効果を出している企業もあるが、現状では大きなインパクトを出すにはいたっていない企業が多いのではないか。従業員にアカウントを配布して環境を整備し、全員使えるようにするという「試行実験」はしているものの、一気に効率化を進めたり、新しい価値を創造したりするところまでは十分に達していない。まだまだ活用の余地はあるし、その必要があると考えている。

中川 正洋

BCGマネージング・ディレクター&パートナー

早稲田大学理工学部卒業。同大学大学院理工学研究科修了。グローバルコンサルティングファームなどを経て現在に至る。
デジタル専門組織BCG X 、BCGテクノロジー&デジタルアドバンテッジグループ、パブリックセクターグループのコアメンバー。日本における生成AIトピックのリーダー。
共著書に『BCGが読む経営の論点2024』(日本経済新聞出版)など。

 生成AIは新しい技術で、日々変わり続けている。たとえば、金融・保険業界のような、リスク回避を重要視し、確信を持って進めることに慣れてきている企業は、技術に関する前提が変わり続けることで何が正解なのかの答えも大きく変わってしまうことに不安を持っているのではないか。

もうひとつの悩みは、全社と部署や個人では最適の答えが異なることだ。生成AIに取り組もうとすると、部署横断の動きが多くなる。たとえば、サービス向上を目指すにはこうしたほうがいいが、裏側のリスクマネジメントはどうするのか。システムはどう変えるのか、データの蓄積方法はどう見直すのか、どの程度のクオリティならお客さんに出してよいのか、などさまざまな部署に関わる検討事項が生まれる。各部署からは、自分たちの責任範囲だけで考えるとリスクがあるとか、自分の範囲ではメリットがないなどの不満が出てきてしまい、全体の温度感が下がっていってしまう。

中川 日本の従業員の利用率が上がっていないという結果には驚きを感じた。生成AIを業務で使用する人の割合は管理職・従業員ともに15カ国中日本が最低だった。

生成AIを日常的に使う人の割合を示したグラフ 世界と日本の差

効果を確信している人が少なく、不安を感じている人の割合は多い傾向もあり、これらは利用している人の少なさと相関している。使うからこそ効果を確信する、それで不安も解消されていく、そのことによりさらに利用も増える、という正のサイクルが回るのが理想だ。

AIに対して効果を確信している人と不安を感じている人の割合を国別に示したグラフ

中川 生成AIの登場でDX遅れの空気感が変わった面もあり、「生成AIによって大きなインパクトが出るんじゃないか」「遅れたDXを取り戻せるのではないか」という期待もとても大きいと感じる。

ただし、DXに乗り遅れた過去20年の課題を引きずっているのもまた事実だ。生成AIの導入による、バックオフィスから顧客接点までの根本的な変革を考えると、DXが進んでいないことがボトルネックになっている部分は少なからずある。たとえば、生成AIの活用を支えるデータやシステムがないこと、デジタル人材の不足も顕著であることなどだ。従業員から理解を得られていない場合も多く、私たちが支援する生成AIの活用プロジェクトでも、従業員から「AIは信じられるのか」「人間の方がいいんじゃないか」といった意見が出てくる。従業員の見方をどう変えていくかは非常に重要だと考えている。

生成AIは一貫した改革のためのツール

 進んでいる企業は生成AIありきでその部分だけで考えるのではなく、あくまでもビジネスモデルや業務全体を大きく変えるための有効なツールとして捉えている。生成AIも使いながら経営課題をどう解決していくかという視点で、従来型AIやRPA(ロボットによる業務自動化)などの技術や基幹システムと組み合わせ、一貫した業務改革を進めている。

陳 昭蓉

BCGマネージング・ディレクター&シニア・パートナー

台湾師範大学理学部数学学科卒業。東京工業大学経営工学専攻博士課程修了(Ph.D)。台湾松下電器を経て現在に至る。
BCG金融グループのアジア・パシフィック地区リーダー。保険グループ、コーポレートファイナンス&ストラテジーグループのコアメンバー。
共著書に『BCGが読む経営の論点2022』(日本経済新聞出版)、『デジタル革命時代における銀行経営』(金融財政事情研究会)など。

たとえば米ウォルマートは、従来型のAIに強みがある需要予測や在庫管理、パーソナライゼーションに関する分析に、生成AIが得意な領域である顧客とのコミュニケーションを組み合わせ、業務改革と顧客体験の高度化を行っている。

日本企業でもトライアルだけでなく実際に成果をあげている企業もあり、アフラック生命保険は、社内情報の検索や資料の要約などの業務アシストだけでなく、プロモーション資料の作成や提案話法を支援する営業活動アシスト、コールセンターのオペレーター業務を支援する商品・事務問い合わせアシストの3つの領域で生成AIを導入している。資料作成時間は3割から4割、コールセンターのオペレーターが応答時に資料を検索する時間は約3割も短縮している。これはまだ途中段階なので、今後大きな成果が出てくると予想される。

中川 生成AIの基盤モデルは基本的に規模を拡大して性能の向上を図ってきた。正確な結果を出すために必要な変数、パラメータの数をひたすら大きくした結果、急に性能が上がったという歴史もある。ただし信頼できるデータや、計算資源と電力が不足してしまうという事情から、今後パラメータ数の拡大は難しくなってくる。

このような中、日本としては領域特化の小型モデルに活路を見出せるかもしれない。小型だが性能を出せるモデルは、これまで日本企業が得意としてきた技術に近い。その領域専門のデータを追加で学習させ、金融の特定用途であれば非常に性能が高かったり、コールセンターに特化していたりという形だ。最近はロボット専用モデルも話題になっている。

AIに関する取り組みリソースの70%は「人とプロセス」に

 まず、高い目標を掲げること。生成AIを少し使って業務を改善しようとしてもなかなかインパクトが出ない。海外の先進企業は、たとえばコールセンターを無人化する、営業を無人化すると決め、さかのぼって考えて進めている。この技術は変わり続けるので、何ができるかも変わり続ける。「何ができるか試してみよう」と言っている限りは明確な成果が出ないので、「これがしたい」という目標が従来よりもさらに大事になっている。「大玉案件」への注力が鍵だ。

そのうえで、必要なデータを蓄積すること。データは競争力の源泉だ。今いろいろな企業がデータを集めようとしているが、継続的にデータを集めそれらをアップデートして、最新の状態にできている企業は少ない。必要に駆られないとデータは集まらないので、目的に合わせて必要なデータをまず集め、実際に進める中で追加で必要なデータを把握して拡充していくサイクルを回すのがポイントだ。

AIの取り組みで重要な「10:20:70」の法則を示した図

中川 最後に、実行段階では従業員の巻き込みが重要だ。私たちは、「10:20:70」の法則を提唱している。この法則はAIに関する取り組みのリソース配分を示したもので、BCGのこれまでのプロジェクト経験から導き出された、いわば“黄金比”。10%をアルゴリズムに、20%を基盤となるデータとテクノロジーに、70%を人とプロセスに振り分けるという考え方だ。つまり、人とプロセスにいかに注力するかがカギとなる。従業員の納得感を醸成しつつ、ある意味トップダウンのガバナンスを利かせること、「全体ではやったほうがよくても個人で見ると損をする」という障壁をいかに取り除くかを重視するべきだ。

中川 生成AIの導入はあくまで手段でしかない。それによっていかにインパクトを出すか、企業の価値を高めるかというところが主眼だ。その観点だとAIのモデルをつくることが主ではなく、データやオペレーションまで踏み込んで実行して成果を出す必要があるので、それらを重視している。

 生成AI変革は、戦略だけでなく組織の変化も伴う。それを全体的にサポートしているのがBCGの特色だ。組織の変化は、ある日突然大きく変わったと感じることもあれば、徐々に変化して気が付いたらだいぶ変わってきた、という場合もあると思うが、一番こだわっているのは、変わったという実感を皆さんに持ってもらうこと。その変化を感じ合うためには、技術、組織の動き、ビジネスのあり方そのものを理解し、伴走することが必要だと思っている。

BCGはクライアント企業に常駐し、一体化したチームをつくる。「コンサルはここまでしかやらない」という決まりはつくらず、共同チームの中で誰が何をやれば一番成果が大きくなるのかを考えて運営している。クライアントとBCGの人材を出し合い、状況に応じ最適配置を変えていく。

生成AIの導入は難しい取り組みなので、「こうすれば100%大丈夫」と言って支援することはできない。誰もチャレンジしたことのない困難な課題に対し、覚悟を持って一緒に取り組みたい。