イグノーベル賞受賞者・武部貴則氏に学ぶ(後編)「インベンション」につながるチームのつくり方

BCGで開かれた研修「知的インプットセッション」の前半では、「尻呼吸」でイグノーベル賞を受賞した大阪大学・東京科学大学教授、武部貴則氏の発想の軌跡を追った(前回記事)。セッション後半では、武部氏が自身の経験を踏まえて、「インベンション(発明)」と「イノベーション(革新)」はまったく異なる能力と条件によって生まれるものだと語る。日本が独自の発想を生み続け、飛躍するためのヒントを探る。

インベンションとイノベーションの区別が画期的な発見を生む

武部氏は再生医療研究の第一線で活動を続ける研究者であると同時に、米国と日本の複数拠点で研究チームを率いるリーダーでもある。基礎研究から臨床応用、さらにはスタートアップの立ち上げに至るまで、多様なフェーズを横断してきた経験から、画期的な発見を生み続けるためには「インベンションとイノベーションの区別が重要だ」と述べる。

武部氏は、米国で研究に従事していた際、優秀な人材がインベンションを生み出すさまを目の当たりにしたと語る

その考え方を説明する際、武部氏がよく引用するのが、連続起業家・久能祐子氏の「跳ぶように発想し、這うように証明する(Leap to Invent, Crawl to Innovate)」という言葉だ。インベンションとは、まだ誰も立てたことのない問いを生み出す行為であり、そこではロジックの整合性よりも直感や違和感が重視される。荒唐無稽に見える発想であっても、まずは思い切って「跳ぶ」ことが必要だ。一方で、その発想を実際の社会に届けるためには、データを積み上げ、再現性を示し、第三者を納得させなければならない。そのプロセスは、一歩一歩慎重に進む「這うような証明」に近い。

問題は、この二つを同時にやろうとすることだと武部氏は指摘する。跳ぶ前から証明を求めれば、発想は萎縮し、誰も跳べなくなる。だからこそ、インベンションとイノベーションは、思考のフェーズとしても組織の設計としても、切り分ける必要があるという。

インベンションを生むには2~3人の小さなチームが最適

インベンションのフェーズにおいては、チームの規模そのものが成果を左右する。既存の枠組みを壊すような発想は、多人数の組織からは生まれにくい。人数が増えるほど知識や経験は蓄積される一方で、「それは難しい」「前例がない」「実現性が低い」といった判断が先に共有され、思考が引き戻されてしまうからだ。

この考え方を象徴するのが、iPS細胞の発見と社会実装に関する論文である。iPS細胞という再生医療の歴史を塗り替えた発見を報告した論文の著者は、山中伸弥教授と高橋和利教授のわずか2人だった。一方で、その後、iPS細胞から網膜をつくり患者に届ける段階に進んだ研究論文では、著者数は30人超に上る。

既存の分野を塗り替える破壊的(ディスラプティブ)な成果は2~3人のチームから生まれる傾向があり、社会実装を進めるフェーズでは、9人以上のチームの方が成果を上げやすいという研究もある1

この感覚は、武部氏自身が幹細胞研究を通じた疾患治療の加速を使命とする米国の非営利団体「New York Stem Cell Foundation」で研究に携わっていた際の経験とも重なる。この組織では研究者たちが分野や肩書を超えて自由に議論し、その中から2~3人単位の極めて小さなチームで挑戦的な取り組みを次々に立ち上げる文化が根付いていた。武部氏は、この学びを生かして「飛ぶフェーズ」と「這うフェーズ」の切り分けを、日本での研究運営にも意識的に取り入れている。

イグノーベル賞受賞者を生み続ける、日本の「ズレ」という強み

一見すると、同調圧力が強く、前例を重んじるイメージのある日本は、「跳ぶ」ような発想が生まれにくい環境に思えるかもしれない。しかし武部氏は、イグノーベル賞を例に挙げ、むしろ逆ではないかと指摘する。

イグノーベル賞は毎年、世界中から数万件規模の研究がノミネートされると言われている。その中から選ばれるのは、わずか10件前後。それほど競争が激しいにもかかわらず、日本人研究者は20年近く連続で受賞を続けている。武部氏はその背景として、鎖国を経て独自の文化や価値観を保ってきた日本の歴史や、グローバルな基準から少し距離を置いた研究環境が、結果として独創的な発想を温存してきた可能性を示す。

「日本の研究者は必ずしも英語が得意なわけではない。学会などもグローバルの基準とズレている。しかしグローバルなトレンドから見て、それが変だということには気づいていない」と語る武部氏は、しかし、そのズレこそが、実は強みなのではないかと指摘する。世界標準に合わせる前に、ズレたまま跳ぶこと――グローバリゼーションの中でもその勇気を持ち続けることが、日本の次の飛躍につながるのかもしれない。

  1. Nature 566, 378–382 (2019) ↩︎
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