従順なAIは人間にとって善か――シニア・パートナー森田の眼
「AI(人工知能)はうそをつく」とよく言われるが、悪意はない。信頼できる情報源を参照するよう指示しても、複数の目的を同時に満たそうとした結果、整合性が崩れてしまうことが大きな原因だ。こうした振る舞いを監視するため、AIに「指示に従えたか」を自己申告させる仕組みを導入する構想もある。それはAIの従順さを測る一つの物差しにはなるだろう。
しかし、人間社会では事情が少し違う。本音と建前、社交辞令、相手を傷つけないための沈黙――。私たちは日々、小さな「うそ」と共に生きている。真実をそのままぶつけることが、必ずしも思いやりではないと知っているからだ。もしAIが常に正確さと従順さを優先する「忠実なしもべ」になったとしたら、それは人間にとって本当に心地良い存在なのだろうか。
問題はAIそのものより、それを手にした人間の側にある。例えば次の米国大統領選では、AIチャットボットを使って有権者に語りかけ、支持を動かす可能性が報じられている。誰がどのような目的でAIを活用するのかが、民主主義という人間にとって根源的な意思決定を左右してしまう。
だからこそ、「AIにうそをつかせないこと」だけに注目するのは危うい。必要なのは、AIの透明性や説明責任を高めると同時に、それを運用する側の倫理規範を定めることだ。AIがどれだけ賢く正直になっても、目的設定を誤れば人間を容易に傷つけてしまうだろう。吟味すべきなのは、AIのうそよりも、どんな使い方を社会として許容するかという考え方である。
※本記事は、2026年1月2日付の物流ニッポン新聞に掲載されたコラム「ちょっといっぷく」に掲載されたものです。物流ニッポン新聞社の許可を得て転載しています。