気候変動に対し「今、一人ひとりに何ができるか」――大阪・関西万博「テーマウィーク」講演レポート

2025年4月13日から10月13日まで開催された大阪・関西万博で、ボストン コンサルティング グループ(BCG)は「テーマウィーク」を協賛した。「平和と人権」「食と暮らしの未来」など地球規模の8つのテーマについて有識者が対話し、解決策を探る試みだ。第7弾「地球の未来と生物多様性」のなかから、9月18日に行われた「気候変動への対応」についてのセッションの様子をレポートする。

大阪が猛暑日を記録したこの日、大阪・夢洲(ゆめしま)の会場に多様な分野の気候変動の専門家が集った。国際協力機構 (JICA)から現在2027年国際園芸博覧会協会に出向中の見宮美早氏、三菱UFJフィナンシャル・グループのChief Regulatory Engagement Officer、石川知弘氏、サリー・ビューティー・ホールディングス取締役のレイチェル・ビショップ氏、ポスト石油戦略研究所所長の大場紀章氏、そしてハーバード・ケネディスクールの国際政治経済学実践教授 リカルド・ハウスマン氏(オンライン)が参加した。モデレーターはBCG シドニー・オフィスのパートナー&アソシエイト・ディレクター、ゲイツ・モスが務めた。

「一石二鳥」を狙える多彩な解決策

気候変動への対応は、いうまでもなく地球規模の巨大で複雑な課題だ。だが、モスはここではその脅威ではなく、パネリスト一人ひとりが自身の専門分野の視点で貢献できる実際的で手頃な「解決策」について話そうと投げかけた。気候変動対策ではスピードとコストが重要であり、優先的に進めるべきは炭素削減の効果に対して低コストで実行できる施策である。

モスが紹介したのは自然が持つCO2吸収源としての力を活用する「自然ベースのソリューション」。続いて、交通や都市開発などの開発課題を解決するプロジェクトに気候変動への対応策を盛り込むJICAの「コベネフィット・アプローチ」(見宮氏)、堆肥化可能なプラスチックを使った低価格な消費者向け製品(ビショップ氏)、顧客企業のエネルギートランジション(脱炭素移行)を財務面を含め支援する銀行の活動(石川氏)が次々と紹介された。オンラインで参加したハウスマン教授は途上国が希少資源を活用してエネルギートランジションを新たな産業化の機会に変えるというアイデアを発表した。いずれも気候変動への対応を現実的に進めながら、それを自国や地域社会、人々にとっての利益につなげる一石二鳥、三鳥が狙える国家レベルでのアプローチだ。

左から、三菱UFJフィナンシャル・グループ 石川知弘氏、サリー・ビューティー・ホールディングス取締役 レイチェル・ビショップ氏、ポスト石油戦略研究所 所長 大場紀章氏。画面はハーバード・ケネディスクール リカルド・ハウスマン教授。

身近な活動を変えることで成果が得られるソリューションとして会場の注目を集めたのが、エネルギー関連の技術に詳しい大場氏が紹介した米作における「間断かん水」だった。間断かん水は「田んぼを時々乾かす」水管理方法で、日本では「中干し(なかぼし)」と呼ばれる。土に酸素が入ることでメタンを生成する菌が減り、メタン排出をおよそ半減させられる。水の使用量も半分にできるうえ、稲の収量には影響がないという。この手法を活用したメタンクレジットの創出に、いま日本のエネルギー事業者が取り組んでいる。

「ベトナムやフィリピンなど東南アジアの水田でこの方法を広げれば、水田由来のメタン削減だけで日本の石油産業全体の排出量に匹敵する効果が期待できる」と大場氏は語る。実際、現地ではすでにプロジェクトが始まり、日本のセンサー技術が導入されている。「田んぼの水位は目視での確認が難しい。センサーで状況を測定し、現地の農家にデータを共有する仕組みを構築している。日本の技術とマネジメントが、現場での実践を支えている」と大場氏。地味に見える取り組みだが、確実に成果を上げ、国境を越えて温室効果ガス削減に貢献している例だ。

鍵を握るのは消費者一人ひとり

経済性を備えた「手頃な」施策が数多くある一方、気候変動対策には巨額の資金が必要とされている。2021年の国連の報告書で温暖化対策に必要な年間投資額として8兆ドルという額が示された。世界の人口で割ると一人当たり1000ドル(約15万円)となる。パリ協定では資金の流れを排出削減に向けた流れと整合させることが合意されたが[1]「誰がコストを負担するのか、誰が支払うのかはそこには書かれていない」と石川氏は指摘する。

民間金融はその一翼を担うことを求められているが、石川氏は「問題は資金供給能力ではない。需要が先に生まれなければならない」と語った。技術を持つ企業はいつ大規模投資に踏み切るべきかを考えている。しかし、グリーンスチールやグリーンセメントなどの技術があっても、消費者の需要が確実でない限り、数十億ドル規模の投資はできないという。先の8兆ドルという金額に対し、世界の預金総額は100兆ドルだ。消費者のグリーン需要がグリーンな設備投資を生み、その設備投資が融資需要を生むことで、銀行は融資できるようになる。

左から 消費者業界での経験を語るビショップ氏、BCG ゲイツ・モス、2027年国際園芸博覧会協会 見宮美早氏、石川氏

しかし、消費者を動かすのは容易ではない。消費者向け産業で長くビジネスリーダーを務めてきたレイチェル・ビショップ氏は、気まぐれな消費者とうまく付き合い、どう協働できるかを考えることが、気候変動目標の達成に向けて極めて重要だと語る。

「消費者が望む商品は、グリーンでエコフレンドリー、リサイクル可能で、できれば堆肥化できるもの。しかし条件を満たした商品に多くの消費者が支払ってもいいと思う上乗せ金額はせいぜい10%増まで。それをどうやって実現するかを考えなければならない」と同氏は訴えた。

一方、大場氏は「気候変動に関心を持ってもらうには『おもしろさ』も必要。専門的な話だけでは一般の人はついてこられない。『やってみたい』『おもしろそう』と思えるきっかけづくりも大事だ」と消費者の好奇心や興味を引くことの重要さに触れた。


[1] パリ協定 2条第1項(c) Making finance flows consistent with a pathway towards low greenhouse gas emissions and climate-resilient development.(「資金の流れを、温室効果ガスの排出の少ない及び気候に強靱な開発への道筋と整合的なものとする」外務省「パリ協定(仮訳)」/環境省『パリ協定に関する資料』)

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