関税対策に悩む企業のための5つの行動指針

慎重さと優柔不断の違いは紙一重である。新たな関税の発表を受け、多くのCEOが大規模な資本配分やM&Aの意思決定を一時的に停止したのは、賢明な判断だった。関税の影響を大きく受ける企業にとってはなおさら合理的な判断である。だが、関税問題の見通しが立たないからといって、ただ状況を静観するだけでは、いずれ通用しなくなる。
優柔不断な状態が長引けば長引くほど、企業の成長が鈍化するリスクが高まる。新たな関税に備えて積み上げられた在庫も、すでに底をつき始めている。さらに留意すべきは、投資家の視線だ。業績予想を下方修正したり、発表自体を見送ったりしたとしても、成長を維持できないCEOに対して投資家が寛容である可能性は低い。
不確実性に直面しながらも、結果を出せないCEOに対して株主は容赦しないだろう。4月に米国による新たな関税措置が発表された直後に実施された投資家意識調査では、投資家の81%が「投資先企業が今年度の業績予想を達成または上回る」ことを期待しているのが明らかになった。この割合は、昨年11月に実施された同様の調査と比べても、わずか4%ポイントの減少にとどまっている。状況が変わったにもかかわらず高い期待値が維持されている点からも、たとえ不確実性が高まる局面であっても、成果を上げられないCEOに対する株主の評価は厳しいことがうかがえる。
今後しばらく不透明な状況が続く可能性は高いが、今後数か月にわたって行う意思決定について、CEOが参考にできる指針は存在する。
第一に、地政学的な環境の変化に鋭敏に対応することが、今後ますます競争力を左右する要因になっていく。社内に「関税指令センター」のような組織を設け、地政学や規制に精通した専門家を配置し、意思決定を後押しするための現実的で信頼性の高いシナリオや指標を備えておけば、CEOは貿易や関税の動向が自社の損益にどう影響するか、より明確に見通せるようになる。
こうした洞察を戦略に反映させることで、リスクの軽減や新たな機会の発見につながり、より的確な意思決定を行うことができる。
第二に、関税交渉において、ビジネス界の意見が影響を与える可能性があることを忘れてはならない。多国間の貿易機関やルールの影響力が弱まりつつある一方で、企業のリーダーが特定の製品に対する関税の適用除外を求め、その要請が認められた例もすでに出てきている。
第三に、いまやレジリエンス(回復力)はこれまで以上に重要であり、投資家もその点に注目している。BCGの最新の意識調査によれば、投資家の49%が「利益率の維持と向上」を経営リーダーの最優先事項とみなしていることが分かった。これは昨年11月から15%ポイント増加している。また、コストの上昇を伴う可能性のある「サプライチェーンの強化」についても19%ポイント上昇している。
第四に、関税は一度導入されると、簡単には撤廃されない。関税によって恩恵を受ける企業は、これを維持するよう働きかけてきた歴史がある。たとえば、1930年のスムート・ホーリー関税法における保護主義的措置は、完全に撤廃されるまで数十年かかった。また、第1次トランプ政権下で導入された関税の大半は、バイデン政権においても維持された。CEOは、今回の関税が何らかの形で今後も残り続けると想定し、頻繁に変動する可能性のある貿易ルールに対応しなければならない。
こうした状況では、顧客に提示する価格設定と仕入れコストの管理の両面で、戦略的な見直しと再調整が求められる。現在、米国が他国に課している実質的な関税率は18~20%程度だ。仮にこれが10%まで下がって安定したとしても、2025年初の水準の約5倍に相当し、企業によっては利益率がほとんど失われるほどの大打撃となる。
第五に、関税の動向にかかわらず、米国が世界最大の経済大国であり、大規模かつ活発な消費市場を有しているという事実は変わらない。つまり、多くのCEOにとって米国市場から撤退するという選択肢はないのだ。そのため、関税に対応しながら米国での事業を継続しつつ、グローバル・サウス(新興国)を中心とした他地域の市場に分散していく必要がある。
米国市場に注力している企業においては、米国向けのビジネスモデルと、それ以外の市場に対応する別モデルを併存させる体制の構築が求められる。
不透明な関税に対応するための5つの行動
関税をめぐる先行きは、しばらくの間は不透明なままだろう。それでもCEOは、重要なポイントを押さえ、次の5つの行動をとることで、この不透明な状況を乗り切ることができる。
1:在庫、発注サイクル、納期といった供給網の各所で余裕を持たせる
貿易協定の締結が進行中であっても、在庫や発注サイクル、納期といった各段階で、それぞれ十分な余裕を持たせておくことが重要だ。倉庫の在庫が減少する中、調達戦略を長期的な視点に転換することが喫緊の課題となっている。こうした戦略には、複数のサプライヤーとの複数年契約の締結、自社工場の建設、製造拠点の国を見直すといった選択肢が含まれる。
真の意味での分散化とは、特定の国への過度な依存を、別の国に移すだけではない点に留意すべきだ。関税指令センターを設置することで、どの調達オプションがコストと柔軟性の両面で最適なバランス持つのか、CEOが的確に見極めやすくなり、利益率を守るだけでなく、競争優位の獲得にもつながる。

2: 貿易コンプライアンス体制を構築する
輸出入に関する法規制への対応は、かつてないほど複雑化している。この難題を乗り越えた企業は、さらなる競争優位を手にすることができる。
強固な貿易コンプライアンス体制は、違反による罰金や行政処分や納品の遅延、売上の損失といった事態を回避する上で有効である。さらに、関税制度が突然見直されるような不測の事態においても、貨物の輸送ルートの変更や納期調整を柔軟に行うことが可能となる。
3: さまざまなシナリオに応じた価格を算出し、関税条項を追加する
シナリオ・プランニングとは、単に代替サプライヤーを探すだけではなく、交渉時に主導権を握るための情報を備えることである。企業は、サプライヤーや顧客との交渉に臨む前に、自社にとって適正な価格がいくらなのか、シナリオを通じて把握しなければならない。そして、いかなる契約を結ぶにしても、関税に変更があった場合は条件を変えられるといった内容の条項を盛り込むことが不可欠だ。
4: 関税変更がもたらす二次的、三次的、さらには四次的な影響を把握する
サプライヤーに10%の関税が課されたとしても、コストが10%上昇するとは限らない。そのサプライヤーの取引先や、さらに上流の供給元が関税の対象となっている場合、実質的なコスト増加率ははるかに高くなる可能性がある。また、報復関税やボイコットなどの対抗措置も、さらなる影響を及ぼす。
5: 交渉の場に積極的に関わる
従来の、あるいは新興の貿易圏では、多国間による合意形成が今後も進展する可能性があるが、米国との貿易においては個別交渉がすべてを左右する。新たな貿易体制が形成される過程で、CEOはその議論に積極的に関与し、自社および株主、さらには業界全体の利益が最大限反映されるよう努めなければならない。
まだ具体的な行動を起こしていないCEOは、関税が自社の業界にもたらす影響を政策立案者に伝え、関税措置の見直しや適用の延期、除外を働きかけることで、将来的に大きな利益につながる可能性がある。
各業界のCEOは、国際貿易の動向を見極めて適切な行動をとることで、現在の不確実な局面や、この先に待ち受けるいかなる不透明な状況をも乗り越え、企業の成長とレジリエンスを実現することができる。
調査レポート:「How Long Can CEOs Play Wait and See with Tariffs?」(2025年5月)