国際標準戦略で市場を創る 国と企業の成長に必要なルール形成力
今回の戦略では戦略領域と重点領域の計17分野別に「取組の方向性」が示され、「取組の対象となり得る個別分野」として、詳細な技術や製品がリストアップされている。特に上記の戦略領域や重要領域に関わるビジネスに携わる人は、ぜひ内容を確認してほしい。

2:「司令塔機能」の導入
第2のポイントは、こうした分野の標準戦略を推進するため、官民一体の「司令塔機能」を設けるとした点だ。
かつては「国際標準への対応は企業の経営課題であり、基本的には個別の企業が行うもの」と考えられていた。たとえば、2011年、政府が7つの「国際標準化特定戦略分野」を選定した後にも、業界内での協調や官民の連携が大きく広がったとは言い難かった。しかし、範囲や規模が広がったルールの形成や標準化が求められる現在の状況では、すべてを企業任せにする考え方は実態に合わない。実際、たとえばサステナビリティをめぐる欧州のルール形成では、官(欧州委員会)・民(企業)に加え、学(アカデミア)、金(金融機関)、さらにはNPOなど多様なプレイヤーが連携している。
新たな国際標準戦略で示された官民一体の「司令塔」には、こうしたルール形成や標準化の動きをすくい上げ、個別企業だけでは対応が難しい課題を戦略的に進めていくことが期待される。標準戦略に関心のある企業は、この司令塔の動向に注意を払うことが重要だ。
3:「標準エコシステム」への注目
3点目は、「標準エコシステム」への注目である。新たな戦略における「標準エコシステム」とは、先に触れた司令塔機能(産官学金など多様なプレイヤーの連携)を中心に、標準戦略を担う人材の育成や、標準戦略に取り組む企業や組織への支援といった機能までを指している。
特に、支援機能への言及は、今回の戦略の特徴だと考えられる。欧州の企業が主導する標準化では、認証機関や専門のコンサルティング組織が企業を支え、規格の検討・策定や国際機関での標準化活動を二人三脚で進める例が多く見られる。こうした専門サービスが標準戦略の推進を支える重要な役割を果たし、ひとつの市場として機能しているのだ。
今後、新たな国際標準戦略が実行段階へと移るにつれ、標準戦略に精通した人材や、専門の支援サービスの需要が拡大すると見込まれる。国境を越えてこうした人材やサービスへのアクセスが拡大するとともに、日本国内の人材やサービスについても質と量の向上が求められるだろう。政府の施策展開に引き続き注目しておく必要がある。
標準戦略の実装に向けて企業が政策から得られるヒント
政府による「新たな国際標準戦略」が策定されれば、今後国内でも戦略領域をはじめ、さまざまな分野や業界で、標準戦略の実装に注目する企業が増えていくと考えられる。その際には、次のような点を意識しながら、実装を進めてほしい。

・経営との一体化
上記のように、標準戦略は技術戦略であると同時に事業戦略でもある。少なくとも「事業全体」、あるいは、限られた領域で事業を展開する中小企業であれば「企業全体」を見渡せる立場から、広い視野で俯瞰し、各機能を連携させながら推進することが必要になる。
言い換えると、経営者自身が「標準戦略は経営戦略である」という認識を持つことが重要だ。その認識がなければ、技術部門だけに任せたり、マーケティングや営業などのビジネス部門にゆだねたりしても、本当の意味で標準戦略を動かすことはできない。経営者自身、あるいは経営企画などの企業全体を横断する機能が、標準戦略に関する感覚や知見を自ら磨いていくことが、成果を左右する。
・自社エコシステムの構築
技術への理解、顧客のニーズや競合の動向といった自社の事業環境への感度、そしてルール形成や標準化に関する実務経験など、標準戦略を検討するうえで求められる基礎的な知見は多岐にわたる。さらに、これらを土台に、事業戦略から知財戦略や標準戦略へとつなげるための独自のノウハウも必要になる。
もちろん、こうした知見やスキルをすべて備えた人材を見つけるのは容易ではない。だからこそ、複数の人材が連携してチームを組み、社内で小さな「標準エコシステム」を構築することが、個社レベルの取り組みにおいて重要となる。
この際、チームの輪を社内だけに閉じないでほしい。特に、ルール形成の実務経験や標準戦略を検討するノウハウは、社内に十分に蓄積されているケースはむしろ稀だ。海外も含めた社外に目を向け、専門家に積極的にアクセスすることをためらってはいけない。まずは社外から知見を吸収し、その上で次のステップとして、自社での人材獲得や育成に取り組むべきだ。
・官民対話の加速
政府は、新たな国際標準戦略で、官民一体の司令塔機能を設け、前述の17分野で戦略を策定・推進する構えだ。もし自社に有利な標準戦略のアイデアがあれば、ぜひ政府と議論してみてほしい。もちろん、すべてのアイデアが、国としての国際標準戦略にすぐに採用されるわけではない。しかし、先述の通り、「標準化は個別企業の営み」という時代はすでに終わっている。チームの輪を政府まで広げる挑戦には価値がある。
標準戦略は長い時間を要する。それでも、市場形成に成功したときの果実は大きい。読者の皆さんは、市場を創り、技術でも事業でも勝つ準備ができているだろうか。