【アースデー】自然の力を活かしたインフラの環境・社会・経済的価値 英国の事例から

インフラの開発や運用は、生物多様性の人為的な損失のうち25%以上に関与し、自然資源の枯渇や生態系の汚染を引き起こしていることがBCGの調査で明らかになっている。自然は人間のウェルビーイング(心身の健康と幸福)と生存に不可欠であるものの、それを支える生態系の劣化は深刻だ。スイス再保険研究所の調査によると、世界の国々の5分の1が生態系崩壊のリスクに直面しているという。世界経済フォーラム(WEF)は2024年、生物多様性の損失を今後10年間で人類が直面する脅威のうち3番目に深刻なものとして位置付けた。
生態系・人間の利益の両方に資する「ネイチャー・ベースド・ソリューション」
BCGが環境関連コンサルティングを専門とする自社のビジネスユニットQuantis(クアンティス)と共同でまとめたレポート「A Value-Driven Approach to Nature-Based Infrastructure」では、インフラ産業が生態系への影響を低減するためにとれるアプローチの1つとして、「ネイチャー・ベースド・ソリューション」(NbS: 自然を基盤とした解決策)を提唱している。
ネイチャー・ベースド・ソリューションとは、自然界に本来備わっている機能を活用することで資源を管理し、気候変動に対するレジリエンス(回復力)を構築する解決策で、生態系と人間の両方に利益をもたらす。自然環境のもつ機能を防災・減災や環境保全などの課題解決に活かす「グリーンインフラ」と類似の考えだが、このレポートでは特に「自然のプロセスを人工的に置き換えるのではなく促進する形で、生態系の働きを補完するよう設計されている」場合にネイチャー・ベースド・ソリューションとみなすとしている。
ネイチャー・ベースド・ソリューションはコスト効率に優れ、多面的な利点がある。たとえば、ミツバチや蝶など食料生産に不可欠な花粉媒介者を支える在来植物は、そうした生き物が暮らしやすい環境を整えることで花粉が運ばれやすくなり、回復が期待できる。また、都市の緑地や「ポケットフォレスト(小規模な森)」を整備すれば、生き物が暮らしやすくなり生物多様性が保全され、木々による炭素の吸収や水質の改善にもつながる。こうした取り組みは時間をかけて、気候変動に強い持続可能な都市環境を育んでいく。

統合的人工湿地による排水処理の事例
ここで、レポートで紹介されている英国のプロジェクトをもとに、ネイチャー・ベースド・ソリューションが実際にどのような効果を持つのか、環境・経済・社会の3つの側面からみてみよう。
英国のある農村地域では、新たな排水処理目標を実現するため、従来のエネルギー集約型の排水処理(下水処理施設など)に代わる手法として統合的人工湿地(ICW)の開発を決めた。ICWとは、その土地の環境や生態系、景観に統合するように設計された湿地だ。この湿地は民間の水供給・処理会社によって運営され、非都心部において持続可能で低エネルギーな排水管理を実現するモデルの1つとなっている。
このICWは2021年から稼働しており、180人の住民にサービスを提供している。面積は3,000平方メートルを超え、漏水しないよう底や側面を粘土で塗り固めた5つの池と、汚染物質の吸収能力に基づいて選ばれた25種、2万4,000本以上の植物で構成されている。
環境的価値
このICWは自然のろ過作用、沈殿、微生物による吸収によって処理水の水質を改善しているため化学薬品を投入する必要がなく、生態系のバランスを保ちながら運用されている。また、花粉媒介者、鳥類、両生類、爬虫類が集まることで、生物多様性に対してネット・ポジティブ・インパクト1をもたらす。さらに、表土を再利用して造成した草地には多くの花が生い茂り、周辺の生態系を豊かにしている。

運用時の二酸化炭素排出量についても、土地の自然な傾斜を活用して揚水機の稼働を減らすことで79%を削減。加えて、コンクリートなど環境負荷の高い資材の使用を最小限に抑え、近隣で調達した粘土を利用することで、運用以外で排出されるエンボディードカーボン2を50%削減した。さらに、湿地が水位の変化に対応する緩衝帯の役割を果たすことで洪水リスクが軽減されており、気候変動に対するレジリエンス(回復力)の向上にも寄与している。
投資収益率は従来の2倍以上 経済的価値にも注目
経済的価値
この統合的人工湿地(ICW)プロジェクトは長期的に大きな経済的価値を生み出すと見込まれており、投資収益率(ROI)は約320%に達するとされている。「グレーインフラ」(従来の下水処理施設や排水ネットワーク)による下水処理で想定されるROIは約150%のため、その2倍以上に相当し、自然を基盤としたアプローチにはビジネス上の利点があることを裏付けている。このプロジェクトは、主にコスト削減と収益の2つの面で価値を生み出している。
- コスト削減効果は顕著である。自然由来の素材を活用することで大規模なインフラ建設が不要となったため、開発コストは従来のプロジェクトと比較して35%削減された。さらに、地形や重力を利用したパッシブデザイン(自然や環境が持つ力を上手く利用する設計手法)のおかげで、揚水機を稼働させたり、水質改善のために化学薬品を使用したりする必要性が減り、運用コストも40%削減された。
- 収益面については、ICWは従来のグレーインフラと同程度の下水処理事業による収益に加え、カーボンクレジット3や生物多様性クレジット4の取引を通じて増収を図れる。先に述べたROIの試算には、このモデルを展開していくことで得られるビジネスチャンスについては考慮されていない。プロジェクトに関与した運営会社はノウハウを活かして、他社向けに自然再生コンサルティング、技術支援、プロジェクト開発などのサービスを提供し、収益化することも可能だ。
社会的価値
このプロジェクトは、教育現場での課外学習や植栽活動、一般公開ツアーを実施するなどして地域住民の積極的な参加を促しており、住民のICWに対する認知を高めるとともに、長期的な支援と共同管理意識の醸成につなげている。
ICWは災害リスクを低減し、水質や大気なども改善していることから、住民の生活環境に良い影響をもたらしている。従来の下水処理システムが低エネルギーで調和型のソリューションに置き換わったことで、人々の健康と地域全体のウェルビーイングの向上につながっていると言える。
BCGがインフラ企業45社以上に実施した調査によると、すでにネイチャー・ベースド・ソリューションに取り組んでいる企業は全体の30%にとどまっているものの、回答企業の80%以上が「ネイチャー・ベースド・ソリューションを採用することで競争優位性が得られる」と認識していた。その潜在的な付加価値は理解されつつあるようだ(図表)。

インフラ企業は自然を基盤とした解決策に取り組むうえで、「可能性」と「責任」の両方を担う主導的な立場にある。ネイチャー・ベースド・ソリューションは生態系の劣化に対処するだけでなく、経済的な持続可能性と社会的なウェルビーイングの向上にも寄与するものだ。インフラ企業はその多面的な利点を理解して導入を推進することで、気候変動に伴うリスクを軽減し、価値を創出しながら、持続可能な未来に貢献できるだろう。
調査レポート: A Value-Driven Approach to Nature-Based Infrastructure(2025年3月)